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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
6.シーン203

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1

 たったったった。

 軽い足音をたてて、1人の男が垣のアパートを目指して走っていた。

 片手には咲き綻び始めた見事なサーモンピンクの薔薇の花束、春にはまだ間があるこの季節にはかなりの出費だっただろうと思われるのに、本人は至って気軽くその花束を振り回しつつ駆けている。

 とても機嫌がよさそうだ。もう少しで空へと舞い上がれそうなぐらいだ。足取りを変えずにアパートの階段を駆け上がり、垣の部屋に辿り着くとおもむろにドアを開けようとしたが、さすがに鍵がかかっている。

 けれど男は動じない。にやりと笑ってポケットから1本の鍵を取り出すと、平然と鍵穴に差し込み、にこやかにドアを開け放った。

 部屋の間取りは熟知している。あちらこちらと探すほどの広さでもない。大きく息を吸って、爆睡しているであろう相手の心安らかな眠りを気持ち良く踏みにじろうとして大声を出す。

「おっはよおおお! 垣くぅん、元気……か……な……」

 声はもごもごと尻すぼまりに口の中に含まれていった。

 目の前の光景を凝視する。

 瞬きして、一瞬、ああ青い空だなあ的に上を見上げ、気を取り直してもう一度視線を降ろしたが、状況は変わらない。

 薄暗い部屋の中にはせんべい布団が一組敷かれていた。

 大の字になって寝転がっているのは見慣れた垣の姿だが、その腕の下、伸びやかに手足を伸ばして眠っている別の姿があった。

「……女なら良かったのに」

 ぼそりと呟く男、宮田の目が冷ややかに温度を下げる。毛布にくるまり、まさにここが安心の場所、そう言いたげに、乱れた髪で安らかな寝息をたてている相手を見間違えるものか。

 宮田はぐるりと部屋の中を見回した。ぴたりと止まったのはゴミ袋の上、ぐっしょり濡れたまま脱ぎ捨ててある衣類一切合切、おそらくは眠る美少年のものだろう。下着まである。

「ふーん」

 ぱたりと静かに後ろ手にドアを閉めた。

「ふーん」

 花束を衣類の側にそっと置く。乱暴に扱ったから、多少花弁が散り落ちた。それに余計にかちんと来る。部屋に上がって、勝手知ったる他人の部屋、部屋の隅の洗濯物干し用の紐を拾う。

 びんびんびん。びん。

 両手に巻き付け、強度を試した。問題ない。

「ふーーん」

 相変わらず、これと言った感情を含まない鼻声で唸り、そろそろと垣の上に屈み込んでいく。くーかーくーかーと、漫画じみたいびきを立てている相手の首を、そろりと紐で巻いた。まだ起きない。考えて、もう一回巻き付ける。

「ふーーーん」

 何も何が何でも殺したいわけでもない、が、誤って殺してしまうぐらいの程度は意図している。ただ二重に巻いていることを検事がどう判断するかだが。

 腰を安定させて、次の瞬間全くためらいなしに両手を左右に引いた。

「ふーーーっっん!」

「ぐあっっ!!」

 かっと目を見開いた垣がもがいて跳ね起き、すぐに飛び離れた宮田の前で首に絡んだ紐を取ろうと大暴れする。

 取れないんだよね、意外に。

 ぐあああとかごごおおとか言いつつ暴れた垣が、ようやく首の紐を取り、部屋の隅で見物していた宮田めがけて突進してきた。

「おのれはなっ!!」

「何なんだ、この状況?」


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