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「…………」
目を閉じる。眠気が来ない。静まり返った部屋の中、じっと考え込み続けて、頭が煮えそうになった時、ふと部屋の中に違うものを感じ取った。
(別のリズムがある)
吸って吐いて。吸って吐いて。
今自分が繰り返している呼吸とは違うリズムで、もう一つの呼吸が響いている。
吸って……吐いて。吸って……吐いて。吸って…吸って、吐いて。
(違うリズムだ)
意識すると体の隣に、ストーブとは違った温もりが感じ取れた。布団を通じ毛布を伝わって、ゆっくり拍動しながら温もりが広がってくる。
(温かいな)
そういや、猫も湯たんぽがわりになるんだった。
滝はそんなことを考えただろうか。あいつも1人で生きてきたはずだから、1人とか孤独とか温かいとか寒いとか、特別な感覚で受け止めてきたんじゃないだろうか。
(脚本には、そんな表現、あんまりなかったな…)
ああ、けどそうか、滝ってのは1人なようで1人じゃないんだっけな、いつも。回りに誰か彼かが必ず居て、けなしたり笑ったり心配したり怒ったりしつつ、あいつと一緒に生きているんだ。
(けれど、周一郎は違う…)
たくさんの人間に囲まれて、たくさんの物を与えられて、けれど、そのどれもが周一郎の心に届くこともなく。
(ああ……そうか……)
だから、滝は周一郎を放っておけなくなる。
そんなことしてちゃ駄目だ、そう手を伸ばしてしまう。その支えがないときの孤独に想像がつくから。
脳裏に雨に濡れていた修一が浮かぶ。
(滝は、知ってるんだな)
本当に1人であること、を。
身動きできない孤独というものを。
それがどんなに苦しいかも。
(だから、皆が滝に近づいてくるのか……)
きっと誰もが抱えている、本当の孤独の理解者であると、本能的にわかるから。その孤独を打ち明けても、滝なら嗤わずに聞いてくれると知っているから。
滝の側なら、どんな自分でも、安心して曝け出せるから。
笑ったり泣いたり怒ったり、惨めだったりいじけていたり虚しかったり、ひょっとして何の価値もないかも知れない自分でも、滝はいつもみたいに何事もなかったように、当たり前に接してくれるから。
(そうか……そういうことか……)
「う…ん…」
修一が身動きして、少し垣の側にすり寄った。そろそろと手を伸ばし、垣がいるのを確かめるように探って、小さく安堵の溜め息をついて寝息を立て始める。
「…無邪気な顔もできるんじゃねえか」
くす、と思わず笑った。
なるほど、違う顔を見つけるのは楽しいものだ。それが自分にだけ見えているなら、なおさら。
(そうか……そうか……そういうことか)
胸の中で何度も頷き、何に頷いているのかも次第にわからなくなりながら、垣は大欠伸した。それから、ゆっくり静かに眠りに落ちていった。
(緩んでしまった)
こころが。
からだが。
(垣さんに声をかけられた途端、何かが切れてしまった)
夢現に修一は考えている。強張った心がほろほろとほぐされていくのを感じる。
(温かい…)
本音を晒したという失敗感を感じないのを、不思議に思った。ふわふわと自分を包む柔らかな熱。心の隅々まで、温められほぐされて、寛いでいく、今まで味わったことのない開放感に。
(もっと……もっと温かさが欲しい…)
修一は心の中で、凍えた心と周囲の温かさを秤にかけた。温かな気配に見る見る浮かび上がった凍えた心は、すぐさま再び下降していく、自分の居場所を取り戻そうとでもするように。そしてまた、温かな気配が天秤を揺り動かし、秤は不安げに腕をゆらゆらと揺らした。
(もっと温かさ……欲しいよ)
心の奥底に、自分を見つけて駆け寄って来てくれた垣の姿が浮かんだ。ほんわりと温かさが増す。しがみついた彼をよろけながらも受け止めてくれた垣。ふわっと湧き上がる温かさ。頭に載せられた垣の手。ぽうっと小さな灯のように点った温かさを引き寄せ、抱き締め、抱え込む、
(ああ……あったかい……)
修一はほっと息を吐き、より深い眠りへと引き込まれていった。




