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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
5.シーン305

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8

「…………」

 目を閉じる。眠気が来ない。静まり返った部屋の中、じっと考え込み続けて、頭が煮えそうになった時、ふと部屋の中に違うものを感じ取った。

(別のリズムがある)

 吸って吐いて。吸って吐いて。

 今自分が繰り返している呼吸とは違うリズムで、もう一つの呼吸が響いている。

 吸って……吐いて。吸って……吐いて。吸って…吸って、吐いて。

(違うリズムだ)

 意識すると体の隣に、ストーブとは違った温もりが感じ取れた。布団を通じ毛布を伝わって、ゆっくり拍動しながら温もりが広がってくる。

(温かいな)

 そういや、猫も湯たんぽがわりになるんだった。

 滝はそんなことを考えただろうか。あいつも1人で生きてきたはずだから、1人とか孤独とか温かいとか寒いとか、特別な感覚で受け止めてきたんじゃないだろうか。

(脚本には、そんな表現、あんまりなかったな…)

 ああ、けどそうか、滝ってのは1人なようで1人じゃないんだっけな、いつも。回りに誰か彼かが必ず居て、けなしたり笑ったり心配したり怒ったりしつつ、あいつと一緒に生きているんだ。

(けれど、周一郎は違う…)

 たくさんの人間に囲まれて、たくさんの物を与えられて、けれど、そのどれもが周一郎の心に届くこともなく。

(ああ……そうか……)

 だから、滝は周一郎を放っておけなくなる。

 そんなことしてちゃ駄目だ、そう手を伸ばしてしまう。その支えがないときの孤独に想像がつくから。

 脳裏に雨に濡れていた修一が浮かぶ。

(滝は、知ってるんだな)

 本当に1人であること、を。

 身動きできない孤独というものを。

 それがどんなに苦しいかも。

(だから、皆が滝に近づいてくるのか……)

 きっと誰もが抱えている、本当の孤独の理解者であると、本能的にわかるから。その孤独を打ち明けても、滝なら嗤わずに聞いてくれると知っているから。

 滝の側なら、どんな自分でも、安心して曝け出せるから。

 笑ったり泣いたり怒ったり、惨めだったりいじけていたり虚しかったり、ひょっとして何の価値もないかも知れない自分でも、滝はいつもみたいに何事もなかったように、当たり前に接してくれるから。

(そうか……そういうことか……)

「う…ん…」

 修一が身動きして、少し垣の側にすり寄った。そろそろと手を伸ばし、垣がいるのを確かめるように探って、小さく安堵の溜め息をついて寝息を立て始める。

「…無邪気な顔もできるんじゃねえか」

 くす、と思わず笑った。

 なるほど、違う顔を見つけるのは楽しいものだ。それが自分にだけ見えているなら、なおさら。

(そうか……そうか……そういうことか)

 胸の中で何度も頷き、何に頷いているのかも次第にわからなくなりながら、垣は大欠伸した。それから、ゆっくり静かに眠りに落ちていった。



(緩んでしまった)

 こころが。

 からだが。

(垣さんに声をかけられた途端、何かが切れてしまった)

 夢現に修一は考えている。強張った心がほろほろとほぐされていくのを感じる。

(温かい…)

 本音を晒したという失敗感を感じないのを、不思議に思った。ふわふわと自分を包む柔らかな熱。心の隅々まで、温められほぐされて、寛いでいく、今まで味わったことのない開放感に。

(もっと……もっと温かさが欲しい…)

 修一は心の中で、凍えた心と周囲の温かさを秤にかけた。温かな気配に見る見る浮かび上がった凍えた心は、すぐさま再び下降していく、自分の居場所を取り戻そうとでもするように。そしてまた、温かな気配が天秤を揺り動かし、秤は不安げに腕をゆらゆらと揺らした。

(もっと温かさ……欲しいよ)

 心の奥底に、自分を見つけて駆け寄って来てくれた垣の姿が浮かんだ。ほんわりと温かさが増す。しがみついた彼をよろけながらも受け止めてくれた垣。ふわっと湧き上がる温かさ。頭に載せられた垣の手。ぽうっと小さな灯のように点った温かさを引き寄せ、抱き締め、抱え込む、

(ああ……あったかい……)

 修一はほっと息を吐き、より深い眠りへと引き込まれていった。


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