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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
1.シーン201
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4

「さすが、というところですね。ところで、垣さん」

「はっはいっはいっはいっ」

 ふいに矛先を向けられてうろたえたのか、垣はどもって返答した。納屋が笑みを噛み殺しながら、

「垣さんは確か一般公募で選ばれたんですね?」

「はいっ、そうですっ!」

「役者志望で…」

「はいっ」

「選ばれた時のお気持ちは?」

「嬉しかったです!」

(あー、上がってる)

 修一は小さく溜め息をついた。真正面を向いて答える垣は、納屋が求める会話になっていないことに気づいていない。もちろん、カメラの位置にも気づいていない。今のままでは画面の彼方を眺めながら選手宣誓をしているスポーツマンのような状態に映っているはずだ。ぴいいいんと伸ばした背筋、口以外は動かそうともしない。

「一般公募というのは、どなたが」

 これでは話にならないと踏んだのだろう、納屋は早々に垣への質問を切り上げた。顔を紅潮させた垣は、番組の視点が自分から移動したことにも気づかないまま、不動の姿勢を取り続けている。

「僕です」

「友樹さんが?」

 驚いた納屋の顔。もちろん、手元の資料には、その詳細は書かれているわけだが。

「はい。はじめ、脚本ほんをもらった時、周一郎シリーズの要が『滝志郎』だなと思ったんです」

 それは本当だ。今でも考えは変わっていない。

「やっていることや自分の可能性がわかっているようでわかっていないというキャラクターにぴったり合う人を見つけたくて、それで監督に一般公募をお願いしました」

 事情通ならば、今修一が口にしたことがどれほどあり得ないことなのか、よくわかるだろう。映画は監督のものだ。役者が、それもどれほど有名であろうと一子役にしか過ぎないような子どもが、配役に采配を指示することはない。

 だからすぐにわかるだろう、この映画は監督が撮りたかったものではなく、修一を売るためのものだった、と。そして、その背後に巨額のカネが動いたと。

 どれほど隠しても明らかになる『構造』、だからこそ、修一は『ただの映画』としても楽しんでもらいたかったし、正当な評価が欲しかった。

「確か…1000人ほど、と聞きましたが」

 やっぱり少ないよね、のニュアンスは、この場でしか響かない。修一は微笑みを保つ。

「それについては、私から」

 さっきまで1人でニヤついていた伊勢は、のっそりと口を挟んだ。

「始めの公募で1000人に絞りました。これは、友樹君の相手役というので、様々な年齢、男女を問わずの応募がありまして…いや、もちろん、滝、は大学生の男なんですが、一目友樹君を見ようというのか、一瞬でもエキストラでも参加したいと言うのか、とにかく役柄の枠を越えた応募がありました。それを書類と写真審査で1000人に絞ったわけです。ところがまあ、そこからが大変でしてねえ」

 伊勢はニヤニヤ笑いを顔全体に広げた。脂ぎったチェシャ猫だ。

「その1000人の中で1人、これをどうやって決めようと思案していたら、友樹君が実に面白い方法を考えてくれたんです」

「面白い方法、ですか」

 納屋が興味深そうに頷く。

「このシリーズ、脚本ほんを見てもらえばわかりますが、滝志郎という男は本当にもうひたすらドジな男でしてね、実によくこけるんです」

「は、あ」

 納屋はわけがわからないと言った表情で頷く。

「それで、友樹君がね、役者としての演技はさておき」

 垣が情けない顔をしてくれるとよかったのだが、相変わらず垣は不動の姿勢で固まっている。

「いっそ、すぐにこけられる人の方が良くはないか、と。要するに『こけ方』で300人かな、絞ったんですな」

「これはまた…」

 納屋は微妙な表情で垣を見た。そこでようやく視線が集まったのに気づいたのだろう、少しきょとんとしていた垣は、助けを求めるように修一を見る。

「そうですよね、あの時、垣さんも『こけ方』審査受けましたよね」

 番組進行どころか、今何を話していたのかさえ、ぴんと来ていなかったらしい垣が、友樹の振りに少し考え、ふいにはっとした顔になった。見る見る赤くなりうなだれてしまう。次に続く話を予想したらしい。

「しかし、それで300人でしょう?」

「次が名案でしてね」

 伊勢は嬉しそうに揉み手をした。機嫌がいい時、特によからぬことを企んでいて、それがとんでもなくうまくいきそうな時によく見せる仕草、垣がさすがに警戒した顔になる。それを気にも止めず、伊勢はあっけらかんとした口調で続けた。

「スタジオの入り口にロープを張っておいたんです。で、何も説明せず、次々に候補者を呼び入れた。もちろん、大抵の者は何だこれ、と言う顔でひょいと跨ぎ越していく。少しわかっているのは、一瞬立ち止まり、スタジオの中を覗き込んで、えいやっと飛んでみせたり、大仰な振りで驚いて引っ掛かる真似をしてみたり、いろいろ工夫して入ってきましたね。真っ暗な中に張られたロープじゃない、どう見たってそこにあるのがあからさまにわかるロープだから、誰も本気では引っ掛からない。すると…」

 さあ聞いてみろと言いたげに口を噤むから、仕方なしに納屋が尋ねた。

「すると?」

「なんと、それに引っ掛かる男がいたんですよ、300人の中で、たった1人」

「は?」

「垣さんだけが、ね」

 つい思い出して笑ってしまったというふうで、くすくす笑って修一が付け加えた。見せ場を奪われた伊勢がじろりと見やったが、修一は軽く微笑んでスルーし、楽しそうに続ける。

「目の前にあるロープに引っ掛かってこけたんです。それで、僕、凄く気に入っちゃって」

「これはこれは…」

 ADがカメラの外で大きく腕を回し、どっとセットの中で笑い声が満ちる。

「それも、垣にしてみれば、跨ぐつもりだったと言うんですな、けれどちょいと足の上げ方が足りなかったらしいと…」

 ほんとですか、ほんとにそんな冗談みたいなやりとりを、と突っ込む声が響き渡る笑い声に紛れる。伊勢の解説に本気で笑い出したスタッフもいる。

「そ、それではここで一息入れて…」

 美華が爆笑したいのを堪えた顔で促し、モニター画面がCMに切り替わった。


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