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「カーットカットカット!」
伊勢は膨れっ面で喚いた。
「違うって言うのに! 友樹君、それじゃ、直樹と同じだろう!!」
「珍しいな…」
ひそっと山本が高野に囁いた。
「ええ。NG3回目、修一さんにしては新記録ですよ」
高野が溜め息まじりに返す。
「やっぱり、あの件が響いているのかな」
「友樹さんのことですか?」
「そ。あの雅子さんが行方不明、おまけに麻薬常習者の疑いもある、なんて派手にすっぱ抜いたからな、旭日が」
「3日前でしたっけ……でも、どこから漏れたんだろう」
「え?」
「そういうことのガードは佐野さんが完璧なはずなんだけど」
「あの人も人間だ、ミスる時もあるさ」
「あれから新聞がその件を書かない日はないですもんね。また芸能界の麻薬乱用に話が飛びそうだし」
「友樹雅子っていうのは、派手は派手だが、そういう事に関しちゃ、ご清潔だったからな」
「……佐野さんがブレインでしたしね」
高野は意味ありげに嗤った。
「いろいろとあったことはあったらしいけど、彼女が超一流に処理してたんです」
「ふん」
「友樹君! 違うと言ってるだろう!」
伊勢の声が、演技を止めて振り向いた修一に叩き付けられる。
「それじゃ直樹でしかない! そこは、周一郎なんだ!」
「でも、周一郎の気持ちは」
「確かに周一郎の気持ちは高ぶっているし揺れているさ! 唯一信頼している滝に殺されそうなんだからな! だが、周一郎の自制心は天下一品なんだ! かてて加えて、自分がこのまま生きてていいのかわからないんだ、言わば自暴自棄になっているんだ!」
伊勢はパンパンと脚本を平手で打った。
「そんな生気のある演技をするな! 激しい感情の揺れを見せるな! 何かの衝撃があれば、支え一つなく崩れる虚ろさを出せ! 自分の存在理由を、息を詰めて見守っているんだぞ、周一郎は! そんな人間が、そんなふうに喚くか!」
一息に言い放って、首を強く振った。
「駄目だ駄目だ、そのシーンは後だ。直樹のシーンをしよう。セット! メイク!」
人々が一斉に動き出す。伊勢は不満そうに唇を曲げて椅子に体を落とす。
立ち竦んだ修一にメイクが駆け寄り、服を整えるべく、彼を移動させていく。
「やっぱり母親の醜聞が堪えてるのかな」
「みたいだな」
山本はむっつりと腕を組んで続けた。
「所詮は子どもだ。身内の醜聞に一々ショックを受けてちゃ、芸能界じゃやってけねえよ。その醜聞を、どう自分に有利にするかを考えるのが当然だろ」
「修一さんは14ですよ」
「14でも10年近く芸能界にいるんだろうが。甘いこと言うなよ」
「きついね、山本さん」
「当たり前だよ、ここじゃ。今まで恵まれ過ぎていたんだよ、あいつは」
くい、と顎をしゃくった山本の前で、再び修一が演技を始める。今度は直樹としての周一郎と滝の絡みだ。だが、数言会話が進んだとたん、伊勢が再び大声で詰った。
「いい加減にしろ、修一! それは誰だ?! 周一郎か? 直樹か?」
「え…僕、今、直樹を…」
「直樹がそういう感情の出し方をするか? 直樹だから何でも出してしまえばいいってもんじゃないぞ! 直樹が出すのは、あくまで直樹としての感情だ、周一郎の滝への思い入れなんかじゃない!」
「……」
唇を噛んだ修一が強張った顔で拳を握る。
「いいか? この『月下魔術師』では、周一郎と直樹の1人2役が呼び物なんだぞ、同じ人間だが同じ人間であってはならないんだ! 君がそんなんじゃ、この映画は撮らない方がましだな!」
伊勢は冷ややかに吐き捨てた。




