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(おかあさんは僕を捨ててった)
修一の頭の中を、ことばが繰り返し通り過ぎていく。居ても居なくても変わらない母親、物心ついた時から修一のことよりも芝居や演技のことしか頭にない母親、それでも修一と血の繋がった親だったのに、彼女は今度もまた自分のことを優先させた。
わかりきっていたことだったけれど、自分の立つ位置が周囲から、がらがらと崩れさっていくような感覚の今、改めて1人だと思い知る。
(おとうさんは…)
考えかけて首を振る。
さっき垣が受け取った電話は、きっと父の愛人、若子からのものだろう。事故に怯えていた昨夜、どうしても駆けつけられなかった父親がどこに居たのか、薄々見当はつく。
(誰もいない)
そんなことは今更だ、それでも。
(誰もいないんだ)
「修一さん!」
呼ばれて瞳を上げた。目の前に出されていた遅いロケ弁は修一用特製だったが、ろくろく喉を通っていない。ただ、空腹は感じなかった。
「2時からイベントやるそうです。客も集まってますし」
高野の声に頷いて立ち上がった。
イベント、とは、周一郎シリーズの広報の一つで、一定間隔ごとに、長いレンガ塀に囲まれた豪奢で広大な屋敷のセット内で、周一郎シリーズのワンシーンを公開するというものだ。
客は映画で見知ったセット内に入って興奮するし、目の前で動く役者に新たな興味をそそられる。もちろん、セットを壊されたり小道具を持ち去られたり、別の場面を展開させている役者に撮り終えた場面を繰り返させるばかりか、即興のアドリブも要求する、いろいろと過酷なものでもあったのだが、佐野の提案は効果的で、動員数は日ごとに増しており、PCでのフォローも今度はどのイベント見た、あのイベントはまだ見ていない、などと盛り上がっているらしい。
「今日はどこ?」
「『猫たちの時間』の119シーン。ほら、周一郎が美華にやられて、滝の部屋に転がり込んでくるところですよ」
「わかってるよ」
「ホン、見ておきますか?」
「うん」
高野から受け取った脚本に、修一は加熱した頭と同様、視界が定まらない感覚の目を向けた。
見なくても覚えている、隅から隅まで、それこそエキストラの動きでさえも。初めて、父親の付属物としてではない『友樹修一』を映画界に認めさせるきっかけとなった映画なのだ。
(僕と周一郎は似てると思った)
環境にも経済的にも恵まれていること、そしてある一方で、いつも置き去りにされていること。共通点を探すのは簡単で、違和感のある描写を見つける方が難しかった。だから、今まで役作りに苦労したことなどないし、これから予定されているシリーズにも不安を感じたことなどない、今までは。
(でも、僕は、周一郎ほど平静になれない)
自分の回りで起きる裏切りや絶望を、人間関係にはよくあることだ、で済ませられない。自分を傷つけるそれらの動きから、身を竦め眼を背け、どうにかしてそこから逃れたいと思ってしまう。両親のことだって、諦めたつもりなのに、やっぱり自分の危機にも何一つ反応してくれないことに、傷ついている。
(でも、そんなこと、あたりまえだろ)
誰だって痛かったり苦しかったり哀しかったりするのは嫌だ。
(嫌だと思わずに居るなんて、それを見つめたままで居るなんて)
顔を背け背中を向けて立ち去らずに、じっと傷ついた自分が地面に転がっているのを眺めているなんて、できやしない。
「友樹君!」
伊勢の声が修一を現実に引き戻した。
「早く! 始めるぞ、ぐずぐずするな!」
「はいっ」
答えてそちらへ走り寄る。
芝居の中へ逃げ込んでしまえばいい、いつものように。
そうすれば、修一はもう1人ではない。




