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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
4.シーン119

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1

 車が突っ込んでいった一瞬、頭の中が痺れたようになって、垣はその場から一歩も動けなかった、いや動こうとも考えなかった。が、その瞬間、立ち竦んだ垣の背中を嫌というほど突き飛ばした者があった。

「ふえ!」

 声を上げ、つんのめるまいと脚を踏み出したのに走り出す。強張った脚がゼンマイ仕掛けのおもちゃよろしく、カタカタと勝手に体を前へ運んでいってしまう。

「ちょ、ちょ…」

 ちょっと待て、人も急には止まれない。考えた垣の目に、見る見るクローズ・アップされてくる車とその前に倒れ込んでいく修一の姿が映った。

(おい待て何をやってるんだお前)

 恐怖で顔を引き攣らせた修一とほんの一瞬目が合った時には全力疾走中、両手を前へ突き出したのはドラマの見よう見まねだったか、フットボール選手さながらのタックルが決まる。

「うっ…」

 小さな声と同時に相手の体重が肩にかかった。次には2人の体は車の進路を僅かに離れた路上に叩きつけられる。

「ぎゃ!」「つっ!」

 アスファルトに体を打ちつけて悲鳴を上げる、急ブレーキの音猛々しく、タイヤをしきらせ進路をねじ曲げ、転がった垣の爪先から数㎝も離れていない所を車が駆け抜ける、や否や、逆立ちしそうな勢いで止まった車から、うろたえた顔で運転手が飛び出してきた。

「大丈夫かっ?!」

「は…」

 垣は詰めていた息を吐き出した。わあっと人が騒ぎながら駆け寄ってくる。

(俺ってすげえ大人気)

 ちがうちがう。まあそうだったら言うことなかったのだが。

 ぼんやりしつつ、垣に吹っ飛ばされて転がっている修一に目をやる。

(生きてら…)

 修一は真っ青になっていた。見開いた目は焦点が微妙だ。垣を見つめながら微かに体を震わせている。

「あー……怪我は?」

 修一は唇を開いた。ことばにはならず、そのままのろのろと首を横に振る。体は起こしているが座り込んだまま、立つこともできない様子だ。

(そりゃショックだろうさ)

「オレもショックだ…」

 のたのたと四つん這いになり、けれどもこちらも立つことができず、べたりと腰を落として背後へ喚いた。

「みやたああっ!!」

「ああ、ちょっと待て、今事情聴取中…」

「事情聴取もくそもあるかぁっ!」

 垣はあわやあの世行きだった反動に、声を限りに喚き続けた。

「てめえの目の前で起こった事だろがぁ!」

「いや、それでも職務上、な。俺は刑事だから」

「どこの世界に友人を『突き飛ばす』刑事がいるっっ!!」

「あ、知ってたの」

 のうのうと言い返されて頭が煮えた。振り返りたかったがまだ頭がくらくらする。

「お前しかおらんわいっ!」

「いやあ」

 のんびりとした口調で笑いながら、宮田は座り込んでいる垣の元へやってくる。

「お前が助けに行かないかなあ、と思って」

「てめえがいきゃいいだろうが!」

「俺? そういうタイプじゃないもん」

 しゃらっと流されて相手を見上げる。

「は?」

「そういうハードボイルドってしんどいでしょうが。怪我すりゃ痛いし。俺は頭で勝負するから」

「あ…」

 残っていた気力が尽きた。

 そうだそうだよなあこいつはずっとそういうやつだったよなああ。

 めまいを堪えつつ泣きたいのか怒りたいのかわからなくなる。

「おいおい、そういうところで果ててると、こっちがまいるぞー」

 能天気な声にもう一度気力を奮い起こして目を上げる。と、宮田はいつの間にか側を離れ、へたり込んでいる修一に屈み込んでいた。深々と修一の顔を覗き込む、その距離が異常に近い。眺めていた垣の脳裏に、宮田の超特大ピンナップと一緒に浮かんだ台詞がある。

『うん、俺の好みでもある』

 宮田は修一の腰近くを探っている、と、何かを拾い上げた。街の灯にきらりと光ったそれは、小さな瓶のようだ。ちらりとそれを見やった後、そのまま未練げに修一の体に手を伸ばす。

「み、みやっみやっ宮田ぁっっ!!」

 やばい。こいつに節操という日本語はなかった。

「うん?」

 今もくい、と指先で修一の顎を押し上げて、宮田は垣を振り向いた。修一は為すがままだ。

「どうした?」

「おまっおまっおまえっ」

「噛むなよ」

「噛みたくもなるっ! 衆人環視の中で何やってるんだ!」

 跳ね起き慌てて修一の側に駆け寄った。2人の間に割って入る。

「何って…友樹君の顔色を見てるんじゃないか。……お前、何考えたんだ?」

「まぎらわしいことすなっ!」

「へえ、何と紛らわしいんだ」

「あのなっ」

「か…垣さん…」

 へらへらした宮田の言い草に吠えかけた垣の耳に、か細く弱々しい声が聞こえた。

「友樹君?」

 振り返ると、まだ青い顔で修一が唇を震わせている。

「大丈夫か?」

「僕…誰かに…」

 必死にことばを紡ごうとする。

「へ?」

「誰かに…押された…」

 垣は思わず宮田の顔を見た。

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