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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
3.シーン306

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7

「それで、ウチの方でも薬の販売ルートを洗ってるんだが、ある売人がヤクをかなりな高値で売りさばいている組織があるってゲロした。大きな声じゃ言えないが、綾野コンツェルンってあるよな?」

「ああ、あの『皆様のアヤノ、アヤノ産業でございます』ってやつ」

「そう、『お子様に夢を与えるアヤノ玩具、豊かな食生活を築くアヤノ食品グループ、よりよい生活をエンジョイするお手伝いをさせて頂くアヤノレジャー・センター、アヤノ総合株式会社、明日をお約束するアヤノ…』」

「いいかげんにしろ」

「ほいほい、と。ま、その綾野コンツェルンが裏で覚醒剤を流通させているという情報を手に入れた。他にも、芸能界の薬使用者、つまり上得意様、を漏らしたんだが、その中に友樹雅子の名前があった」

「まさか!」

「声が大きいぞ」

「だって、あの人がそんなことするわけが…」

 茫然とする垣に、宮田は悪魔的な笑みを浮かべてみせる。

「君は人間を信じ過ぎてるよ、『滝君』」

「ぐっ」

 身を翻してドアを擦り抜けていく宮田を、垣は追いかけた。まだ何か話してくれそうな気もしたからだが、それきり宮田は黙ったまま、垣も話の接ぎ穂を見つけられないまま、2人で通りを歩いていく。

「お」

 ふいに宮田が立ち止まり、垣を振り返って映画館前のTV画面の予告編を示す。現在上映中の映画、というやつだ。

「ほら、やってるぜ」

「…ああ」

 映し出されていたのは『京都舞扇』の一場面だった。

 ちょうど、清に、良紀と京子の死が周一郎のせいではないかと疑われ、落ち込んだ周一郎が雨の中を一人歩いていく場面だ。画面が白く見えるほど叩きつける雨の激しさも一切感じていないかのように、周一郎は淡々と歩いている。通りすがりの子どもが、傘の下から訝しげな顔で周一郎を見上げていく。

 と、画面が切り替わって、垣が傘を片手に雨の中を走っている場面になった。

「でたでた」「よせよ」

 嬉しげにぱちぱちと手を叩きかける宮田を制し、気恥ずかしさに落ち着かない思いをしながらも、垣は画面に見入った。

『周一郎!』

 画面の中の垣、つまり滝志郎が、周囲を見回しながら走っている。子どもに尋ね、不安げな顔で振り返り振り向き、それでも何かに引きずられるようにまっすぐに。

 いよいよ京都ロケの松尾橋のシーンだ。カメラは滝の視点になっている。遠くに霞む小さな人影、はっとして駆け寄ったような急なズーム・アップ、前方の人影が振り返る。小柄な少年の姿、雨に穿たれ砕かれそうな脆い気配、た・き・さ・ん、と唇が動いたが、白く凝った表情は生気がない。

 ふいに、周一郎は唇を綻ばせた。

 髪が張りつく濡れた顔、微かに細められた瞳が描く気弱な笑み。その笑みを見た誰もが思うだろう、こいつは誰だ、と。何かの異変を感じる、極めて鋭い危うい均衡。

『周一郎っ!』

 はっとしたような画面の外から響く滝の声は、観客の心の代弁だ。その声とほとんど同時に、立ち止まった周一郎の背後から、とん、と男がぶつかる。当たられた周一郎が少しよろける、と、大波に持ち去られるように体を泳がせた少年は、不思議そうな表情で川面を覗き込み、やがて微かな安堵の顔になる。そして、欄干へと身を任せてそのまま…。

『周一郎っっっ!!』

 続く意味を為さない喚き声をBGMに、周一郎の体がスロモーションで欄干を越える。カメラが第三者の視点に戻って喚き散らす滝の顔をアップにする。こちらもずぶ濡れになっている滝の顔に、新たな光が溢れて流れる。

「げ」

 垣は思わず画面から目を背けた。

 その前の修一の、欄干の向こうへ崩れる場面が詩的なほど整っているだけに、自分の顔のアップがどうにもこうにも仕方ないほどみっともない。涙だけじゃなくて鼻水まで出てるようにしか見えないなんて最悪だ。こんなものをアップにされて、観客も思わず目を伏せただろう。

 思わず向きを変えて通りへ目を向けたとたん、ちょうど通りの向こうの歩道を、今画面の中で見たばかりの顔が過っていくのに気づく。

「へ?」

(周一郎? いや……修一、か)

 一瞬の戸惑いはすぐに消えた。あれほど目立つキャラクターが、群衆の中でよくも誰にも気づかれずに擦り抜けていけると感心する。

 修一は手にした紙切れらしいものを見ながら、ちょうど青に変わった信号に横断歩道を渡り始める。とほぼ同時に、信号無視か、1台の乗用車がブレーキ音を響かせながら横断歩道に突っ込んできた。驚きに立ち止まる歩行者、同様に修一も立ち止まり、突っ込んでくる車をただただ見つめている。その修一へ車はまっすぐに滑り込んでいく。

「っ!」「ああ!」「わぁっ!」

 何人かの声が交錯した。立ち止まったはずの修一の体が、寸前、どん、と誰かに押されたように前へのめる。ぎょっとした顔で口を開いて振り向きながら、たたらを踏んで数歩前へ、修一が道路へ崩れる上に、近づいた乗用車が容赦なく飛びかかっていく。


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