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「…」
垣は自室のドアを開け、電気をつけようとして、しばし思いとどまった。
部屋の中に人の気配がする。
(宮田だ)
こんなことを考えるのはあいつしかいない。また垣を脅かそうとしているのだ。
何があってもびっくりしないように、深呼吸を一つしてからスイッチに手を伸ばす。だが、今度はぴっとりとくる嫌らしい感触はない。
パチっ。
「よっ」
点いた灯の下で、こちらに向かって敬礼をした宮田を、垣はわなわな震えながら睨みつけた。宮田の手にはカップ・ラーメン、温かく湯気を上げているそれは、確か買い置きしてあった最後の一品……。
「もらったからな」
「お、の、れ、は、な…」
「ん?」
「食うなら電気つけて食え!」
垣の罵声に宮田はにっこりと笑う。
「いや、それがさ」
「何だ!」
「小さい頃、母親がラーメン嫌いでね」
何の関係がある、となおも睨みつける垣に、まあまあと手を振ってみせ、
「いつもこっそり食べるのに必死だったんだ」
「それで!」
「それで、押し入れの中でよく隠れて食べたんだよな」
「あー?」
「だから、暗い中で食わんとラーメンの気がしない」
「……」
ぐったりと思わず座り込む垣の肩を、宮田がポンポンと優しく叩きながら慰める。
「まあ、いつかいい日も来る…」
「おのれが消えりゃ、すぐに来るわい!」
がばっと起き上がる垣の目の前に、宮田は手帳に書いた人名を突き出した。
「あ?」
「読めるか?」
「…あ、ああ。友樹、雅子」
修一の母親、誰だって知っている大女優だ。
「何か知らんか?」
「何かって」
宮田は垣に質問を投げたまま、元の場所に座り直し、放置したラーメンを啜り出す。ずるずるずるっと、お世辞に品がいいとは言えない音が狭い部屋に響いた。
「この前、修一と一緒には暮らしてないって言ったよな、宮田」
ずるずるっ。
「それから、今、『炎の女』の録画撮り中で…」
ずるるっ。
「後はそう…」
ずるるるるっっ。
「ええい、やめんか、このっ!」
尋ねたんなら人の話をちゃんと聞けっ、そう怒鳴った垣を、宮田はそよ風が吹いた程度にも感じない顔で見上げた。
「それじゃ、一緒に暮らしてないって事しか、わかんないのか、お前は」
「ま…まあ…」
ごくごくごくごく、ぷはっ。
「それで、父親の方もそこにはいない、と」
ちっちっち、と面倒くさそうに舌を鳴らす。
「うん、修一は大抵一人だと言ってた」
事実、あの部屋にはほとんど人が暮らしている気配がなかった。ダイニングキッチンにも、調味料とか洗剤とか、そういうものは一切なかったし。
「ったく……あんまり手がかりにならんなあ」
ほんとに使えない男だな、お前は。
宮田は深々と溜め息をつきながら首を振る。
「お前、修一と一緒に暮らせ」
「は?」
「お前のケーアイする友樹陽一にも会えるかも知れんぞ」
「やめてくれ、修一のご機嫌取りをずっとやらせる気か?」
そのうち絶対胃に穴が開くに決まってる。
「俺は困らない」
「当たり前だろうが!」
平然とした顔の宮田を罵って、垣は腰を降ろす。
「でも、どうしてそんなに友樹に拘る?」
「新聞、ないのか」
「話を逸らすな!」
「逸らしとらん」
空になったラーメンの容器を放り出し、宮田は部屋の中を見回した。
「ほんっとに何にもない部屋だな」
「…時計を勝手に質にいれたのは誰だ?」
「あれは驚いたな、あんなものでも質草になるとは」
「誰だって聞いてる!」
「俺だぞ。何か言いたいのか?」
心底に不思議そうに真顔で見返す宮田に、垣はひらひらと手を振った。
「わかった、話を続けてくれ」
「新聞があれば話しやすいんだが……おっと、署に戻らんと」
「食い逃げさせるか!」
ひょいと立ち上がる宮田に、垣は慌てて立ち上がった。構わず部屋を出て行こうとする宮田を追う。
「だからだなー……お前、ほんとに知らんわけ?」
「オレは警察じゃない」
「俺だって『警察』じゃないぜ、俺は『刑事』」
「!!!!!」
「わかったわかった。最近、芸能人の間にかなりのヤクが出回っているのは知ってるか?」
「まあ…何となく」
「ふん」
宮田は牛乳ビン底眼鏡を押し上げ、開いたドアから通りを見渡し、少し声を低めた。




