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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
3.シーン306

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25/67

6

「…」

 垣は自室のドアを開け、電気をつけようとして、しばし思いとどまった。

 部屋の中に人の気配がする。

(宮田だ)

 こんなことを考えるのはあいつしかいない。また垣を脅かそうとしているのだ。

 何があってもびっくりしないように、深呼吸を一つしてからスイッチに手を伸ばす。だが、今度はぴっとりとくる嫌らしい感触はない。

 パチっ。

「よっ」

 点いた灯の下で、こちらに向かって敬礼をした宮田を、垣はわなわな震えながら睨みつけた。宮田の手にはカップ・ラーメン、温かく湯気を上げているそれは、確か買い置きしてあった最後の一品……。

「もらったからな」

「お、の、れ、は、な…」

「ん?」

「食うなら電気つけて食え!」

 垣の罵声に宮田はにっこりと笑う。

「いや、それがさ」

「何だ!」

「小さい頃、母親がラーメン嫌いでね」

 何の関係がある、となおも睨みつける垣に、まあまあと手を振ってみせ、

「いつもこっそり食べるのに必死だったんだ」

「それで!」

「それで、押し入れの中でよく隠れて食べたんだよな」

「あー?」

「だから、暗い中で食わんとラーメンの気がしない」

「……」

 ぐったりと思わず座り込む垣の肩を、宮田がポンポンと優しく叩きながら慰める。

「まあ、いつかいい日も来る…」

「おのれが消えりゃ、すぐに来るわい!」

 がばっと起き上がる垣の目の前に、宮田は手帳に書いた人名を突き出した。

「あ?」

「読めるか?」

「…あ、ああ。友樹、雅子」

 修一の母親、誰だって知っている大女優だ。

「何か知らんか?」

「何かって」

 宮田は垣に質問を投げたまま、元の場所に座り直し、放置したラーメンを啜り出す。ずるずるずるっと、お世辞に品がいいとは言えない音が狭い部屋に響いた。

「この前、修一と一緒には暮らしてないって言ったよな、宮田」

 ずるずるっ。

「それから、今、『炎の女』の録画撮り中で…」

 ずるるっ。

「後はそう…」

 ずるるるるっっ。

「ええい、やめんか、このっ!」

 尋ねたんなら人の話をちゃんと聞けっ、そう怒鳴った垣を、宮田はそよ風が吹いた程度にも感じない顔で見上げた。

「それじゃ、一緒に暮らしてないって事しか、わかんないのか、お前は」

「ま…まあ…」

 ごくごくごくごく、ぷはっ。

「それで、父親の方もそこにはいない、と」

 ちっちっち、と面倒くさそうに舌を鳴らす。

「うん、修一は大抵一人だと言ってた」

 事実、あの部屋にはほとんど人が暮らしている気配がなかった。ダイニングキッチンにも、調味料とか洗剤とか、そういうものは一切なかったし。

「ったく……あんまり手がかりにならんなあ」

 ほんとに使えない男だな、お前は。

 宮田は深々と溜め息をつきながら首を振る。

「お前、修一と一緒に暮らせ」

「は?」

「お前のケーアイする友樹陽一にも会えるかも知れんぞ」

「やめてくれ、修一のご機嫌取りをずっとやらせる気か?」

 そのうち絶対胃に穴が開くに決まってる。

「俺は困らない」

「当たり前だろうが!」

 平然とした顔の宮田を罵って、垣は腰を降ろす。

「でも、どうしてそんなに友樹に拘る?」

「新聞、ないのか」

「話を逸らすな!」

「逸らしとらん」

 空になったラーメンの容器を放り出し、宮田は部屋の中を見回した。

「ほんっとに何にもない部屋だな」

「…時計を勝手に質にいれたのは誰だ?」

「あれは驚いたな、あんなものでも質草になるとは」

「誰だって聞いてる!」

「俺だぞ。何か言いたいのか?」

 心底に不思議そうに真顔で見返す宮田に、垣はひらひらと手を振った。

「わかった、話を続けてくれ」

「新聞があれば話しやすいんだが……おっと、署に戻らんと」

「食い逃げさせるか!」

 ひょいと立ち上がる宮田に、垣は慌てて立ち上がった。構わず部屋を出て行こうとする宮田を追う。

「だからだなー……お前、ほんとに知らんわけ?」

「オレは警察じゃない」

「俺だって『警察』じゃないぜ、俺は『刑事』」

「!!!!!」

「わかったわかった。最近、芸能人の間にかなりのヤクが出回っているのは知ってるか?」

「まあ…何となく」

「ふん」

 宮田は牛乳ビン底眼鏡を押し上げ、開いたドアから通りを見渡し、少し声を低めた。


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