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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
3.シーン306

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1

「よーし、カット!」

「垣さんっ」

「あらら、もう飛んでった」

 スタッフの1人が苦笑まじりに、垣の側に駆け寄っていく修一を見る。

「このごろ、あの2人しょっちゅう一緒ですね、山本さん」

「お、高野」

 山本と呼ばれた男は、珍しく手持ち無沙汰に手近の空き箱に腰を降ろしている相手ににやりと笑いかける。

「暇そうだな」

「まあね」

 高野は軽く頷き、垣にじゃれついている修一を見やる。

「最近、1シーン終わるごとにああでしょ」

「前はいろいろうるさかったのにな」

「そうですよ!」

 高野は大仰に頷く。

「1シーン終って、飲み物と椅子が準備できてないと、たちまち機嫌が悪くなったんですからね」

「こっちで見てても大変だと思ってたよ」

 ポケットから出した煙草を咥えながら、山本は高野の隣に腰を降ろす。ちょいと譲った高野が、勧められた煙草に軽く手を振って断り、吸うと匂いがきっちり残るでしょ、と苦笑いする。

「お前さんがオレンジジュースとミルクのどっちを用意するかで苦労してたのも知ってるしな」

「暑い日だからと思ってジュースの方を用意しとくと、『ホットミルクちょうだい』でしょ。時々、急に葉っぱで入れた紅茶が欲しいなんて言い出されて、近所のスーパーに飛び込んだこともあったんですよ。ちゃんと『お好み』を満たさないと、佐野さんと修一さんの両方からお小言くらうし」

「修一『さん』なんてよせよ、修一でいいじゃないか」

「そうはいきませんよ」

 ひょいと高野は肩を竦めて、いたずらっぽく笑って見せる。

「壁に耳あり、障子に眼あり。いつ足下を掬われるかわかんない業界ですからね」

 暗にあんたも油断ならないよ、と言ってるのを、山本はさらりと流す。

「大変だな、お前さんも」

 しみじみと同情したような声音は偽りではないだろうが、本音でもあるまい。

 修一は撮り終わった垣に、まとわりつくように話しかけている。

 ほんの少し前までは親しげであっても、あんな風にあからさまに甘えるような仕草はしなかった。垣に話しかけるのは演技についてのことがほとんどだったし、大抵はむっつりと自分専用の椅子に腰掛けているのが常だった。それこそ、ごくたまにはしゃいで垣に話しかけることはあっても、かなり機嫌のいい時か取材陣が取り巻いている時に限られていた。

 なのに、今の修一の様子は、どう見ても年齢相応、或いは、それ以下の子どもが、大人に相手にしてもらおうと一所懸命にご機嫌とりをしているように見える。

「おーお、無邪気な面して…」

「垣さんが戸惑ってますね」

「そりゃ、ああいう修一の態度には慣れとらんだろう」

「でも…」

「ん?」

「どうしてなんでしょうね」

「何が」

「どうして急に、修一さん、垣さんにくっつきだしたんだろう」

「さあな」

 山本は垣がコードに躓いて派手にこけるのに吹き出す。

「ドジの見本みたいな奴だな」

 呟いて、笑い声をたてながら垣に駆け寄っていく修一に、興味深そうに目を光らせた。

「また気まぐれなんじゃないのか。修一だって、ここで伊達に10年も役者やってるわけじゃないし、相手役とうまくいかなきゃ『映画もの』がうまくいかないことぐらいわかってるだろ」

「それだけかな」

 高野は考え込んだ顔になった。

「ねえ垣さん」

 甘えているようにしか思えない修一の声が響く。

「お昼食べに行こうよ」

 誘われた垣は困惑顔で何やらぼそぼそと受け答えし、修一は小首を傾げて頷く。

「うん、でも気分転換も必要だって。そういうこと、今までなかった?」

 今一つ乗り気ではないらしい垣を、何とかなだめすかそうとする気配、友樹修一がそこまで執着し下手に出るのも滅多に見られない光景だ。

「ああしてるとまるっきりのガキなんだがな」

 山本がぽつりと呟いた。

「……ま、親がああでなけりゃ、あいつもただのガキさ」

 修一の複雑な環境を一瞬思い、けれどそれ以上踏む込むことなく切り捨てる。

「そうですよね、まだ14だから」

 高野はその暗い響きに気づかないまま、淡々と応じて立ち上がった。要望がなく機嫌がいいからと言って、修一を一人で放置していたら、また佐野にどやされる。

「ま、あいつがいる限り、お前さんは暇になる」

 くい、と山本が顎をしゃくって垣を示す。

「格好のおもちゃで遊んでるうちは機嫌がいいさ」

「じゃあ、垣さんはちょっとした福の神ですか」

「気をつけてねえとひらひらとどこかへ飛ばされそうな『紙』だがな」

「人が悪いですよ、山本さん」

 くつくつ嗤う相手を、本気で窘める様子もなく、高野はにやにや笑いを広げた。

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