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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
1.シーン201
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2

「ねえねえ、佐野さん」

「はい」

 走り出した車のシートから運転席に乗り出した修一は機嫌よく続けた。

「今日は何の録画撮り?」

「『猫たちの時間』と『京都舞扇』制作のエピソード、今度の『月下魔術師』の宣伝です」

「あ、周一郎シリーズ?」

「ええ」

 さらりとセミロングの髪をゆらせて、佐野は肩越しに視線を投げた。

「じゃあエピソードに苦労しないな、垣さんの事話してれば、すぐに終わるもの」

 楽勝ーっ、と歓声を上げると、佐野が視線を投げてくる。

「監督も一緒ですけど」

「監督?」

 修一は脳裏を掠めた顔に思わず眉を潜めた。気づいた高野が問いかけてくる。

「あんまり嬉しくなさそうですね? 修一さん」

「わかる?」

 ひょいと肩を竦めてみせる。

「僕、あの人あまり好きじゃないんだよね………伊勢監督ときたら、すぐしゅういちろうを苛めたがってさ」

 確かにいろいろ癖のある他の監督達と比べれば、やりやすい相手とは言えるのだが。

「すぐ『周一郎』を怪我させたり倒れさせたりする方向にアレンジしたがるし? 『周一郎』ってば『滝さん』にべたべたなのにさ、引き離そうとばっかりするし?」

 唇を尖らせると、佐野がひんやりと口を挟んだ。

「仕事ですから割り切って下さい。これまでの2作品もヒットしてますから」

「はぁい、了解」

 確かにそれは大事な要素だ。

 修一は茶目っぽく佐野に頷いて見せた。

「着きました」

 佐野の声に素早く周囲を見回し、ほっと溜め息をつく。

「良かった。今日の、あまり知られてないんだな」

「必死だったんですよ、録画撮り秘密にしておくの。垣さん、ほら早く降りて!」

 高野がわたわたしている垣を急かせる。

「はいはいっ」「助かった。さすが高野さんだね」

 それでも周囲を見回しつつ車から体を出した修一は、誰もいないのを確かめると急いで座席から滑り降りる。テレビ局の裏口は目の前だ。急ぎ足に入って行きながら呟いた。

「この前なんか困ったんだよ。変なのがいて、サインとか握手の代わりに触ってくるんだから」

 気のせいか、最近そんなファンが増えた。色紙を突き出す代わり、手を差し出す代わりに、距離を詰めて肉薄してくる。男女問わず、このまま抱き締めにかかるんじゃないかというほど迫られる。それが一人二人じゃなくなると営業用の笑みでも強張る。

「友樹さん!」

 中で待ち構えていた男が修一の姿を認めて声をかけてくる。

「3スタです! 早く!」「うん!」

 さすがに10年近く業界にいると、修一が知らないスタジオやスタッフは少なくなってきていた。スタジオ番号を聞くだけで最短ルートを弾き出し、局内を走り抜けて行こうとした修一は、垣が入り口辺りでまだおろおろと戸惑っているのに気づいた。不安そうな顔で周囲を見回す男を見ていると、いつもほっとする。くすりと笑ってその側へ駆け寄る。

「垣さん!」

「あ?」

「こっちだよ」

 くいと垣の手を握り、引っ張って走る。

「ちょ、ちょ、待っ」「待ってたら遅れちゃうよ!」

 先を行く高野が3スタに飛び込み、肩越しに声を投げてくる。

「修一さん! スタンバイ!」

「はいっ! ほら、垣さん!」

「わっ…わ!」「げっ」

 いきなり垣に引っ張られて目を見開いた。

(これは想定内だけど、今やる?)

 呆れた視界がくるりと回る。

「修一さん!」「っっ」「ひええっ」

 カメラのコードに足を取られて垣が派手にこけるのに、修一も巻き添えをくらって一緒にひっくり返る。

(時間がないって言うのに。今更メイクさんも入れないってのに)

 したたかに腰を打ち、かろうじて顔を庇って舌打ちする。

「わ、悪い!」「…」「修一さん、スタンバイ!」

 再び飛んでくる声に、高野が慌てて修一に駆け寄ってきて埃を払った。一緒に走ってきたスタイリストも顔が硬直している。垣がようよう立ち上がるが、こっちはもともとたいした格好はしていない。

「早く速く!」「はいっ」「うへえっ」

 駆け出す修一、必死に追いかけてくる垣、二人がセットの椅子に腰掛けて多少体を見回し落ち着くや否や、Qサインが出た。

「遅いぜ」「すみませんっ」

 既に座っていた伊勢監督は渋い顔だ。もっとも、本当に渋い気持ちなのかどうかはわからない。何せこの監督はいろんな意味でしたたかで狸だ。それでも一応謝っておいた。


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