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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
2.シーン202ーーシーン118

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18/67

10

「えーっ」

 眉をしかめて一気に読み下す。

「君は周一郎の変化を演じ切れていない。君の周一郎は一番始めの、滝に会ったばかりの周一郎と同じだ……だって? 冗談じゃない、僕はちゃんとやってる」

 むっとして立ち上がり、部屋のDVDプレイヤーに近寄った。

「へえ、DVDあるのか」

 羨ましげな垣の声が耳に入ってくる。

(垣さんの所にはDVDないのかな)

 ふと、垣はどんな所に住んでいるのだろうと思った。マンションかアパートか。部屋の作りはどうなっているのか。どんなものが置かれているのか。好きな本やゲームや、いや、『誰か』と暮らしているのだろうか。

 それも、今までの共演者には感じたことのない興味、けれど、それを深く考える前に、修一は流れ始めた映像に意識を戻した。

 TV放映された『猫たちの時間』のDVD、スペシャルボックスには修一が周一郎の格好で微笑んだり、猫を抱いたり、豪華な屋敷の豪奢な椅子に座ってこちらを凝視してきたり、つまりは、『そういうもの』に騒ぎそうな女性達向けのフォトブックがついている。

「あ…」

 側に居た垣が何が映ったのかに気づき、居心地悪そうにもじもじした。1度や2度は見ているはずだ、引き攣ったような顔でそろそろと顔を背けたり、怖いもの見たさか、ちらりと横目で眺めたりしている。

 やがて、物語は周一郎と滝の、初めての出会いの場面に進んでいった。

 高価そうな装飾品や調度を配置した応接間。2人の青年がソファに腰をかけている。1人はまあまあのハンサム、もう1人はお世辞にも整っているとは言い難い、けれどその薄ぼんやりとしたお人好しそうな微笑みが、何となく視線を魅きつける男。

 2人に寄り添っていくカメラが後者の視線を追いかけてゆっくりとテーブルに落ちる。おそらくは一品ものと思える二客のティーセットを鮮やかに照らす明るい色の紅茶、しっかりと盛り上げられたクリームの間にきらきらといちごの粒が光るショートケーキは、皿の中央に鎮座しているだけで甘い香りが想像出来る。

『にゃあお』

 唐突に猫の声が画面の外から響いた。ハンサムな男、つまり山根役が端整な顔を強張らせた。体を竦め、けれど腰が浮いている。山根は、隣の滝が膝の上に猫を載せているのを見つけて、顔を引き攣らせて何やら文句を言い始めた。せっかくの端整さが台無しだ。

 と、滝がニッと不吉な笑みを浮かべた。

『行け』『にゃあああああ』『うわあっ』

 猫は何に驚いたのか山根に飛びつく。しがみつきかけた猫を、山根役の男が巧みに首を引っ掴み、自分に引き寄せながら引きはがそうとする『演技』を続ける。見事なものだ、どう見ても猫に悪意があって山根を追い詰めているようにしか見えない。

 滝、いや、垣はその名演技の隣でいそいそとケーキにフォークを突き刺していた。空腹感を出すための演技とはわかるが、隣であれほどの騒ぎが起こっているのに、ただ淡々とケーキを食べているのは頂けない。紅茶も1杯、2杯と立て続けに流し込み、これは演技ではなく小さくげっぷして、一瞬吐きそうな顔になった。

 これも覚えている。数テイク重ねていたから、ケーキは結構な数が入った。紅茶もだ。満腹寸前だったはず、けれど、それは『物語』とは違う。この滝は『空腹で今にもぶっ倒れそう』なはずなのだ。

 それをはみ出してしまえば、『物語』は壊れてしまう。その境界を越えそうな演技に、見ていた客の誰もが、おいおい、と突っ込みたくなっただろう、その矢先、くすくすくす、と時ならぬ軽やかな笑い声が画面の外から響く。

『ルト』

 声が猫を呼び、猫が山根の相手を止めて床に飛び降りた。そのまましなやかに画面の外の声の主に向かっていく。それを背後から追っていくカメラは、やがて猫が抱き上げられるのと同時に、声の主、つまり朝倉周一郎をゆっくりと下から舐めていった。

 細身のスラックス、伸ばされた手首に纏われたシャツとスーツ、品のいいネクタイとベスト、皺一つないラペルとカラー、そして、周一郎の顔のアップ。まだ幼さを残した少年に不似合いな、冷たい黒のサングラス。

『き、君は…その猫が!』

 今度は山根が画面の外からきいきい喚く。それを平然と聞き流して、周一郎は猫を抱いたまま画面を横切り、滝と山根の前に腰を降ろす。膝に抱えられた青灰色の猫が喉を鳴らすのを、指先で応える仕草、画面に強烈な印象を残す鮮やかな微笑。

『非礼は謝ります』

 人に心を許さぬような冷たい声音が響く。

『ところで、あなた方がぼくの遊び相手になろうというんですか?』

 山根がいきり立って、名を名乗れ、と迫った。

『ぼくは朝倉周一郎、朝倉家の当主です。自己紹介をどうぞ』

 傲慢とも言える口調、年齢にそぐわぬ威圧感に押されて、山根が咳払いして自己紹介を始める。その山根と、同時に隣の滝を値踏みするかのような周一郎の表情…。

「、」

 修一はどきりとした。

 今まで気づきもしなかったことを一つ、思いついた。

(そうか…)

 何が違うのかを考えていた。周一郎の何が変化したのかを。

(周一郎が滝を試す気持ちが違うんだ)

 『猫たちの時間』も『月下魔術師』も、周一郎は滝を試す。

 けれど、『猫たちの時間』の方は自分の計画に使えるのか使えないのか、もし使えなければ捨ててしまえという試し方だ。対して、『月下魔術師』の方は、滝が周一郎のことを切り捨ててほしくないと思いながらも試さずにはいられない試し方だ。

(滝への思い入れが全く違う…)

 なるほど、そういう眼で見れば、確かに修一の周一郎は同じことしかやっていない。意地っ張りな周一郎が滝の心を信じられるか試している、そこまでしか考えなかった。

「そっか…」

 修一はプレイヤーを止めた。夢から醒めたようにびくりとして、食い入るように眺めていた姿勢から体を建て直す垣の横顔に、滝の姿を重ねてみる。

(ただ、試したんじゃない)

 『月下魔術師』の周一郎は、試したくなかったのだ。試したくないのに、試さざるを得ない自分や、そういう成り行きを密かに負担に感じていた。

(きっと、言ってほしかった、ここに居てもいい、って)

 それは、無意識の甘え、だ。

 『月下魔術師』の周一郎は、気づかずに滝に甘えていた。


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