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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
2.シーン202ーーシーン118

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17/67

9

「おい指出しな」「う、うん」

 思ったほど深くはなかったし、すぐに止血できていたから、くるりくるりと二重三重に巻かれたカットバンは照れくさかったけれど。

(垣さん…)

 なおもその上から包帯を巻き付けてくれる垣に、『滝志郎』の姿が重なった。

 自分を必ず受け止めてくれる相手、他人の事を自分の事のように心配するお人好し、驚きとくすぐったさ、疑いと喜びが交錯する、こんな人が本当にいるのかという想い……。

(周一郎もこんな気持ちだった? 滝に初めて構ってもらった時……?)

「よし、これで大丈夫だ」

「……ありがとう」

 何だかかなり包帯を巻き過ぎという感じがしなくもないが。

「慣れてるんだね」

「そりゃ、よく怪我するからな」

 ははっ、と垣はいささか自嘲じみた笑い声を上げた。芝居でも、カメラが回っていない時でも見ない顔、結構渋くていい味がある。

(大人なんだ)

 どれほど修一に振り回されていようと、役者の世界で駆け出しも駆け出し、駆け出しの皮一枚みたいなところにいようと、修一の知らない時間、修一の産まれていなかった世界を生きてきた経験がどこかで滲む。

「…そっか…」

 周一郎はひょっとすると、その鋭い感性でお人好しで頼りない滝の存在の中に、それでも自分より十数年生きてきた時間のようなものを感じ取ったのかも知れない。

「…びっくりして…どうしようかと思ってた」

 自分のことばがひどく素直に響いた。

 界部朋子と演っているのだ、これぐらいのことは想定内のはずだった。人気稼業なのだ、どこかで恨みを買うのも当然だ。そう言った『通常ならば理不尽な悪意』を、いつの間にか呑み込んで鈍くなってしまっていた。

 それを一気に蹴散らされた、傷ついて当然だなんて思っちゃいけないと。

「こっちこそびっくりしたぞ、脚本ほんを届けに来たらお前が…」

 垣のことばが途切れて顔を上げる。相手は引き攣った茫然とした顔でのろのろと周囲を見回している。

「垣さん?」

「す、すまん!」

 飛び上がるように立ち上がった。

「掃除道具はあるか? これ、プレゼントだったんだよな?」

 慌てた口調で尋ねつつ、自分が蹴り飛ばしたと思しき箱やリボンや包み紙を急いでまとめにかかる。

「踏み潰したり壊したりしたかな、しまった、目に入ってなかった」

「……放っておいていいよ、高野さんが掃除してくれる」

「そうはいかんだろう!」

 これら皆、お前に憧れたり、応援したり励ましたりしてくれている人達からのものなんだぞ。

「うわ…、そのタオルもか……しまったなあ…」

 しまったしまったと呟きながら、プレゼントの山を部屋の隅に片付けにかかる。

「憧れたり応援したり励ましたり、ね」

 そうとばかりも限らないんだけどな、と修一は赤く染まった封筒を用心深く取り上げる。宛名はよく見れば男文字、差出人の名前はない。普通ならば、選り分けられているはずのものだ。

 ずきずきし始めた指でもう一度、封筒の縁に煌めく刃の近くをそっと撫でた。

「サディステックな励まし方だよな」

 そろそろとテーブルの上に置く。高野に見せて一言は言ってやろう。今からこれじゃ、この先の展開にどんな物騒なものが送られてくるかわかったもんじゃない。

「けど、一体どうして手を切ったんだ?」

 あちらこちらに散らばっていた包装紙をまとめ、プレゼントを箱に分けて片付け、意外に手際良く部屋を整えた垣が戻ってくるのに、苦笑して応える。

「嫉妬」

「は?」

「手紙にカミソリが仕掛けてあった」

「かみそり? 手紙? ……何の冗談だ」

「と思うよねえ、実際」

 どう考えても三文小説だ。けれど、それにあっさり引っ掛かって怪我をした修一は、三文小説以下なんだろう。

「界部朋子とラブ・シーンを演ったからだろ」

「……ラブ・シーンって…」

 濡れ場ってわけでもないのに?

 訝しげで不審げな垣の声にくすくす嗤う。

「そんなことで?」

「そういうファンも居るってこと」

 ゆっくりと『ると』を抱き上げ立ち上がり、ソファに戻った。溜め息一つ、気持ちを切り替える。

「それより、垣さん、一体何の用だったの?」

「あ、そうそう」

 垣は戸口に放り出していたナップサックに近づいて口を開いた。

「これ、監督から」

「監督?」

 自分の声があからさまに不快そうだ。

「君の演技に対する注文だってさ」

「ちぇっ」

 修一は舌打ちした。

 またかよ。この上にどんな不満がある。

 脚本を受け取り捲りかけたが、カミソリの傷は結構深くて痛むものだ。日にちがたてば楽になるのだろうが、指先の敏感な神経をささくれ立った木で撫で上げられた気がして、思わず顔を歪める。

「あ、オレ、捲ろうか」

 修一の表情に気づいたのか、部屋を汚しプレゼントを踏み散らかした代償と言わんばかりに、急いで垣が脚本を取り上げる。

(滝、そっくり)

 今度はふわりと笑ってしまった。

「速かったり遅かったりしたら言ってくれよ」

「うん」

 1ページずつ、覗き込む修一の視線を見ながら頁を捲ってくれる垣の仕草に、心のどこかが静かに吐息をつくのがわかる。ほっとしている。安堵している。これ以上傷つけられずに済む、そう呟く声が聴こえてくる。

(僕が…くつろいでる……?)

 垣の行動は、ただ単に映画界のサラブレッドとしての修一に対するへつらいかも知れないのに。修一のコネにすり寄る、あまたの大人達と同じなのかも知れないのに。

(これじゃ、まるで周一郎の行動の繰り返しじゃないか)

 自分の心の動きに戸惑う、それこそ『まるで』周一郎の想いをトレースするように。

(こんなこと、初めてだ)

 どれほど当たり役だと言われても、常に『演技』からずれたことはない、なのに今、見えない何かに絡めとられていくような気分になる。

 不安になり落ち着かなくなって、修一は脚本に必死に集中した。と、その途端、視界に飛び込んできた但し書きに、思わず声を上げた。


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