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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
2.シーン202ーーシーン118

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7

「え?」

 垣は汗が流れ続ける顔を大道具の隅から突き出した。

 『滝』役だけでは暮らしは成り立たない。映画撮りの合間には、こうやっていろいろな部署のスタッフに頼まれる下働きや雑用をこなし、ちょっとした稼ぎを得ている。

「だからぁ、あんたぐらい? 暇なの?」

 ことばを省略し、語尾を微妙に上げる口調で、垣より1、2歳しか違わない相手は、顎をしゃくった。

「何だって?」

「だからさぁ」

 始めっから言わなきゃなんないわけ? 何なの、その物忘れの酷さ、そういうあからさまな冷笑を無視して、相手を見上げ続けると、

「修一さんにぃ、監督が渡し忘れたものがあんだって。演技上の注意点? メモ? とかそういうの?」

 垣に聞かれても困る。

「どうしてもぉ、明日までに直してほしいもんなんだって?」

 メールとか他にもあるだろに、何メモ、って。

 嘲笑するような口調は強くなる。

 垣は知っている。このスタッフは若くて力があるのは取り柄だが、チームとして働けないと言われている。だからこうして使いっ走りを任せられてしまう。

「ケータイ、繋がんなかったのか」

「出ないんだよ、修一さんは。高野か、佐野かが出るんだけどさ、そっちも何でか出ないって」

 それって避けられてるって言うことだよな?

 思わず突っ込みたくなったのを我慢し、再びトンカチを握り直す。

「まだ仕事中かもしんないしぃ」

「スケジュール確認したのか」

「修一さんは『売れっ子』だからな」

 男はにやにやと嗤った。

 顔もいいから、『あっちこっちで売って』んじゃねえの?

「……」

 思わず垣は手を止める。

 確かに修一は俺様だし、年齢と中身のギャップはあるし、外面の良さはかなりのものだが、『あっちこっちで売る』ようなまねをするようには思えない。

(というか、そんな必要ねえだろ)

 修一の才能や境遇を自分と引き比べるのが嫌さに、ありがちでスキャンダラスなネタに結びつけて溜飲を下げておこうという魂胆が丸見えでうんざりした。

「なあ暇なら、持ってけよ、これ」

「…脚本ほん?」

「渡せばわかるって」

 トンカチを降ろし、受け取った脚本をぱらぱらと捲ってみる。

 あちらこちらに書き込み訂正があるばかりか、明らかに中身を刷り直した分もあり、どうやら大幅な改稿があったことがうかがえた。しかも数カ所は明日撮ろうとしていた部分で、これをやるには修一のスケジュールそのものを弄る可能性があるだろう。

「…ああ…なるほど…」

「じゃ、頼んだぜ」

「おい!」

 男は垣が呑み込んだ気配を見て取ると、さっさと姿を消した。

「…ちぇっ」

 高野も佐野も薄々これに気づいているのだろう。スケジュールの急な変更を修一は嫌がる。ただでさえお天気屋なところがあるのに、今日この変更を押しつけられたら、監督には勿論、話を届けたスタッフにも激怒して八つ当たりしかねない。

 それでなくても、最近伊勢と修一の関係には微妙な齟齬がある。

『こんなの届けたら詰られんのがオチだよな?』『あいつでいいんじゃね? ほら、しょっちゅう修一にやられてるし?』

 そういう会話が知らぬところで成り立っていたわけだ。

「……そうだな、行ってみるか」

 垣は溜め息をついて、額に巻いていたタオルを取り、落ちる汗を拭った。

「ひょっとしたら、友樹夫妻に会えるかも知れないしな」

 そんなことは200%ない。

 そう思いつつ、自分をごまかしながら、垣はのっそりと立ち上がった。


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