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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
2.シーン202ーーシーン118

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14/67

6

(けど)

 お人好しっていうのは、ある意味の鈍感さなんだよな。

 ふとそう思った。

 陽一の穏やかで理解ありげな振舞いを、本当の姿だと信じて疑わないあたり、それこそ滝そっくりの鈍感さだと思って、思わずくすくす笑ってしまう。

「友樹さん?」

「あ…すみません」

 不審気に問いかけられて、我に返った。思わず頬が熱くなる。

「楽しそうですね」

「垣さんは、本当にいい人なんですよ」

「お二人はいいコンビですね。……それでは、最後に、お父様、友樹陽一さんについて、どう思われますか」

「え」

「撮影現場に来られたようですね。スケジュールの合間を縫って来られたとか。現場で厳しいと評判の友樹陽一さんですが、お父様としては如何でしょう」

 修一は急速に笑みが消えないように堪えた。ちょっとだけ顔を引き締める、そう、まるでライバルのことを話されたように。この表情なら、あの人は僕に全く興味なんか持ってませんよ、と言い放ちかけた気配を覆ってしまえる。

「父は立派な人間だと思います。役者としても尊敬しています。僕としては、いつか父にはライバル宣言ができればと思っています」

「ライバル宣言ですか」

 三条は破顔した。

「いいですね!」

 これはネタに使えるぞ、と素早く相手の頭が動いたのが見て取れる。弾んだ声で同意するのに、修一もにこやかな笑みを広げてみせる。

「修一君!」

 頃合い良くドアが開き、修一は振り返った。

「そろそろ頼むよ」

「あ、それではどうもありがとうございました、友樹さん。お時間頂けて助かりました」

「いえ」

 すっかり馴れ馴れしい口調になった三条に微笑を返す。立ち上がると、相手もいそいそとボイスレコーダーを片付け、写真は先日のものを使わせて頂きます、と断りを入れた。

「では、頑張って下さい!」

「ありがとうございました」

(父は立派な人間だと思います、か)

 頭を下げて、自分の白々しい台詞に苦笑する。

「修一君!」「はい!」

 急き立てるスタッフに、もう一度三条に一礼して、踵を返す。

 いつの間にか、佐野が姿を現しているのに気がついた。またどこかで修一の新しい仕事について交渉してきたのだろう。

『じゃあ、3番から』

「はい」

 修一はヘッドフォンを付け直し、しばらく喉の奥でメロディを追っていたが、スタッフの合図に頷いて歌いだした。

「帰れるものなら

 帰りたい、無邪気に笑えたあの日、と

 そう呟いては

 唇を噛んで鏡の前に立ち尽くす

 哀しみ 涙も流せない哀しみに


 心の中では寂しさ叫んでる

 けれども それは言えないことなんだ


 いじっぱりな俺達の

 背中合わせの友情

 失う怖さに振り返るだけの…」

 いつもなら、さらりと歌える歌詞が、今日は妙に胸に堪えて、修一は無意識に眉をしかめた。

(振り返る相手…って、僕にいるのか?)

「OK! まあまあの出来だ!」

 まあまあの出来、に一瞬引っ掛かりかけた修一を見て取ったように、

「ご苦労様、桜井さん」

 佐野が淡々とチーフに声をかけ、出てきた修一に視線を投げた。

「スケジュールに追加です」

「……」

 ほらね、やっぱり。

 微かな溜め息を漏らしてみせるが、もちろん、相手は堪えた様子もない。

「週刊雑誌2本グラビア撮り、今日中にということですけど」

「わかった……ありがとうございました!」

「お疲れ、友樹くん!」「おつかれ!」「またな!」

 修一は頷き、スタッフに一礼して部屋を出た。

 熱っぽい温かな空間からもぎ離されて、ひんやりとした通路を歩きながら、体も心も冷えていくのを感じる。

 導くように先を歩いていた佐野が、駐車場に止めていた車の運転席に滑り込み、修一と高野が乗り込むのを待ち構えている。急かさない、けれど見逃してもくれない。

 また一つ、修一は溜め息をついて、後部座席に滑り込んだ。

「高野」「はい、佐野さん」

 促しに応じて、高野は隣に積まれていた段ボール箱を修一側に移動させる。

「また…」

 修一はうんざりしながら段ボール箱に詰め込まれた色紙を眺めた。修一の不快に気づかぬふりでサインペンを手渡してくる高野を睨みつけ、一番上の色紙を取り上げる。一枚取ったところで、箱の中身は全く減る気配はない。

「スタジオまで30分。100枚用意していますから、できる限り仕上げてください」

「わかってる!」

 高野のことばをぶっきらぼうに撥ねつける。

「高野に当たらないで、修一さん。『月下魔術師』のキャンペーンのために必要なんですから」

 佐野が鮮やかにハンドルをさばきながら、修一を宥めた。

「…わかってる…」

 修一は深く息を吐き出しながら呟いた。

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