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周一郎舞台裏 〜猫たちの時間5〜  作者: segakiyui
2.シーン202ーーシーン118

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11/67

3

 滝と理香、それにお由宇は『マジシャン』の死に衝撃を受けて、お由宇の家までやってきた。

「会わせたい人って…」

 滝が尋ねかけて玄関に居る少年に目を止め、棒を呑んだような顔になる。

「直樹!」

 逆に、傍らの理香がはしゃいだ声を上げて、革の上下を着た少年に飛びついていった。

 煙草をくわえていた少年は、唇から煙草を摘み捨て、その流れのままに翼を広げるように両手を開く。印象は、ヤニを手放せない堕天使か。照れも何もなく、飛びついた理香を胸深く抱き締め、唇を重ねる。

「っっ」

 その大胆さにぎょっとして、滝はその場に立ちすくんだ。

「そういうことは中に入ってからやりなさい」

 お由宇が冷ややかに言い捨てるのに、ようよう2人は互いの抱擁を解き、体を離す。俯きがちの理香と対照的に、不敵な笑みを浮かべて、直樹はまっすぐこちらを見返す。

「だってさ、3日もこいつに会えなかったんだぜ」

「直樹…?」

 声に気づいて、直樹は滝を見つめる。やがてにやりと笑って。

「滝さん、でしたっけ。そんな所に立ってないで、中に入りませんか…といけねえな、あんたにはどうも敬語になっちまう」

 カット! ガチン!

 何だか力任せにやった感じがしないでもないカチンコの音、こいつも朋子のファンなのかと助監を勘ぐるまでもなく、親衛隊からうぉおおおと叫び声が上がる。どうやらラブシーンへの抗議行動の一つらしい。

 怒りと嫉妬をぶつけられているはずの修一は、親衛隊の反応を平然と無視し、伊勢に向き直る。

「どうでした?」

「ばっちりだ! 界部君、君も良かったぞ!」

「え、そんな…私…」

 ぼうっと耳のあたりまでピンク色に染めて、朋子はなおも俯いた。

「ただ、友樹さん達にご迷惑をおかけしてはいけないと思って、一所懸命やりました」

 消え入るような細い声に、再び叫びが上がった。ラブ・シーンをけなげにもやり抜いたアイドルに対する賛辞らしい。

「聞いたか、垣君!」

 伊勢が意地悪く垣をねめつけた。

「新人とはかくあるべきだよ」

「はあ」

「ましてや、NG5回目なら、もう少し堪えた顔をしろ」

 そんな『顔』がひょいひょい作れるなら、俺はとっくに名優になってる。

 この辺りの台詞は胸に呑み込んで、垣は何とか神妙な申し訳なさそうな雰囲気で眉を寄せた。そろそろと上目遣いで伊勢をみやる。本来ならば、叱られて縮こまっている捨て犬みたいな気配になるところだが、今回は伊勢の別のツボを突いてしまったらしい。

「そうだ、大体だな、演技の真髄というものは、如何に全く別の人格を顕現するかという点にあって、つまり役者は巫女だとも言えるわけだ。たとえば今の場面を取り上げるなら、万が一、友樹君や界部君の動きがなかったとしたら、君はただただぼうっと突っ立っていただけの場面だ。まあ、多少は驚いた感じは出ていたが、そもそも死亡した友人が目の前に出現したのを、そんなにのっぺりした顔で迎える友人もいないはずだ、そうは思わないか、第一…」

「監督」

 立て板に水、断崖絶壁にプリンのような、つるつるとした口上を、友樹が遮った。

「僕の方はどうでしょう」

「え、ああ」

 呼びかけられて伊勢はようやく、ここがどこで何をしているのか思い出したらしい。一瞬、何か見えない脚本でもあるかのように空中を睨みつけたが、すぐに視線を友樹に戻して頷く辺り、垣よりも伊勢の方が名優に近いのかも知れない。

「そうだな、もう少し、周一郎の戸惑いや迷い、依怙地さなどが出るといいが。まあ、この辺りはそんなものでもいいだろう」

「そんなもの?」

 修一は伊勢の最後のことばに表情を消した。端正な顔が困惑と不審に染め上げられる。

「監督、僕は」

 何を言うべきかまとまったのだろう、不愉快そうに眉を寄せたまま口を開いた修一を、別の声が遮る。

「伊勢さん、ちょっといいかね」

 ふいに響いた声の深さに、監督がはっと振り返り、相好を崩す。まるで、駒送りしていった画像のように、一瞬ごとに伊勢の顔が変わり、やがて嬉しそうな声を絞り出した。

「これは……友樹さん」

「ちょっといかな。修一はどうだろう?」

「とっ…」

 友樹陽一。

 どきんっと勝手に跳ね上がる胸を押さえつけて、垣は相手をほれぼれと眺めた。

「どうぞどうぞ」

 伊勢はみっともないほどぺこぺこと何度もお辞儀をしながら、陽一の背後に控える。

「垣君、と言ったね?」

「はっ、はいっはいっ」

 まさか自分に声をかけてくるとは思ってもいなかった。慌てて応じたが、喉が一瞬にして干上がり、顔が一気に熱くなる。

「ははっ、そう固くならなくてもよろしい」

 陽一はTVドラマ、『父の決断』と同じように穏やかな慈愛溢れる表情で垣に笑いかけた。

「君、実にいいものを持っているね」

「は、そうでありますか」

 そうでありますかって何だそれ、軍隊か俺は。

 胸の中で突っ込んだものの、さすがに口に出すことはできなかった。

「さっきの表情を少し見せてもらった。実に素朴な人間味溢れる表情だ。真実が含まれている」

 そりゃそうだ、目の前であんなに派手なキスを見せられちゃな。

 脳裏を走った突っ込みは今度も発せられることなく消え去る。ただ、演技じゃなくて本音の部分を褒められているなら、この作品や、『猫たちの時間』シリーズ、果てはその他の作品のどれに出るにしても、命が幾つあっても足りないということはうっすらとわかった。

「ど、どうもありがとうございます」

 どもる垣を陽一は温かく見つめ返す。

「磨けばきっと光る。修一の相手役、大変だろうが、頑張りたまえ」

「ありがとうございます!」

 磨けばきっと光るだって? それは俺にも才能があるって意味だよな?

 突然差し込んだ陽射しのように、垣は相手を眩く見返す。その垣に少し頷いて、雄一はゆったりと向きを変えた。

「ところで、修一」

「はい、おとうさん」

 修一がひょいと眉を上げ、すぐに生真面目な表情になる。

「お前の方がまだ、周一郎という役を掴み切っていないんじゃないか?」

「えっ」

 声を上げたのは垣の方、修一は無言で父親を見返す。

「脚本では、直樹は実は周一郎で、滝の友情を量りたい不安と、自分が存在していていいのかという問いかけに揺れてなきゃならん。それを全て押し込めて直樹になっているんだから、そこをもう少し理解しておく必要がある…」

 陽一は修一に懇々と説いている。著名な役者だが、一人息子の演技がどうにも気になってやってきて、挙げ句についつい口を出してしまう、ちょっぴり親馬鹿風の横顔は、誠実さと真摯さに溢れている。

(立派な人だなあ)

 垣も多少は芸能界の裏というものを見聞きしている。

 子どもが役者デビューしたのをライバルと考えて鬱陶しがる親も居るし、子どもの方が売れてきたなら、それに便乗して自分を売り込もうとする親も居る。中には、ちゃっかり子育て本など書き上げて、こんな風に育てましたとアピールしてみせ、子どもの名声を丸まる自分の方に引っ攫ってしまう親も居るのに、陽一にはそんな焦りや苛立ち、狡さは全く見えない。

(素晴しい人だ)

 演技だけでなく、人間的にも優れていて、なのにここまで気さくで。

 修一がなぜ今一つ嬉しそうでなくて、黙り込みがちなのかはよくわからないが、弱肉強食のこの世界、陽一の後ろ盾はどれほど安心できるだろう。

(本当に幸福な奴だ、修一ってのは!)

 垣は一人大きく頷いた。


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