コンビニで二人、ゆるり
「夏希パイセ〜ン」
「なんだ、萩」
ここはとある田舎のコンビニです。
地元の人間か、あるいは信号の少なさに迷い込んで来た人間しか訪れないその店は、今日も閑古鳥のフルオーケストラ。
実際に鳴くのは寝ボケたカラスくらいですが。
大学生と高校生の女子学生のアルバイトが二人、今日も暇を埋めるようにダベるのでした。
「今日も暇ですねえ」
「だなー」
「大丈夫なのかな、この店」
「楽だしいいんじゃない?別に売れても売れなくても最低時給だしさ」
「それもそうか〜…あ、そういえば初めて男の子に告白されたんですよ」
「へえ〜──え?は?まじで?」
「まじです」
「あじで?」
「鯵って意外と食べませんよね。私、干物も小学校の給食が最後かもです」
「いわしで?」
「『魚』に『弱』ってわざわざ書かれる魚の気分ってどうなんでしょうね、押しも押されぬ最弱が故に厨二病っぽいかも?『魚』に『琴』って書かれる奴もなかなかですが」
「琴? 鰐の事なら……あれなんだ?驚愕とかだけど、りっしんべん無しは見た事ないな。慟哭……も違うしなあ」
「おお、琴ではなくロロニでしたか。さすが大学生。綺麗めギャルメイクの研究もその頭の良さがなせる技なのですか?」
「ロロニて。まあ、いいや。それで?告白されたって?」
「ええ」
「いや、ま、『ええ』と言われても困るんだけども。おめでとう?」
「ありがとうです?」
「萩は普通に可愛いのに、このマイペースさだよなぁ……私も面白がってしまうけどさ」
「お、夏希パイセンに可愛いって言われました。嬉しみです」
閑話休題と言わんばかりにおじさんが一人やってきて、タバコを二つ買って行きました。
今日は立ち読みすらいません。
暇な店の一年でも指折りに暇な日です。
「んで?返事は?」
「お断りました」
「ほほう?」
「クルッポー」
「フクロウと鳩がいたな、今」
「従姉妹のお姉さんであり、人生の先輩であり、バイトの先輩でもある夏希さんは何をバカな事を言ってるんですか?」
「事もなげに、先輩をバカと、それもそんなぽかんとした顔で言えるんだ──いや、ま、ここ20分くらいは私たち相当にバカな会話しかしてないけどな」
「お断りしました」
「そっか、話を戻してくれてありがとう」
「どういたしまして」
「でも萩の恋愛話はあまり聞いたことがないな。付き合おうとか思わないの?それとも相手の問題?」
「そうですねえ、私はふつうに恋愛には興味ありますが……ううん、そうですね、相手の問題ですかね」
「じゃあ萩は好きな人ができたら自分から行くのか?」
「そうです、ぐいぐいーです。」
「力の抜ける猪突猛進だなあ」
「夏希パイセンはどうなのです?」
「私? 私は……いつも適度な友情から好きになるから、なんというか、その居心地の良い関係を崩したくなくて何もできないな」
「意外です、いつもの素敵ケバすぎない系ギャルメイクはただの飾りなのですね」
「なんか私のメイク褒めてくれるね。というか、飾りだよ」
「乙女なのですね」
「うるさいなあ、そんなに意外?」
「ええ!」
「もっとうるさっ」
「なんか3〜4人くらい友達以上恋人未満でキープして、絶対に触れさせないけど金だけ巻き上げるみたいなテクニシャンだとばかり」
「テクニシャンというか、魔性とか悪魔とかでしょそれ。単純に私のメイクがキャバっぽいだけじゃない?」
「かもです」
「かもか〜!」
「それに私、好きな人いますし」
「そっか。でも、その告白してきた子は変な子だけど、見る目あるな。もしくは萩の声だけ聞こえないか、どちらかだな」
「あれれ、私の好きな人いますよ爆弾はスルーですか?」
「そりゃ、小さい頃から知ってる萩がこうして一緒にバイトをするくらいに成長しているのだから、好きな人の一人や二人、いてもおかしくないさ」
「レディですから」
「仕事前に揚げ物食べて唇テカテカのうちはガールのままだよ」
客足が少なくとも、仕事はあります。やってきます。
駄弁もそれはあくまで仕事の時間つぶしでしかないのでした。
今までの暇さが嘘のようにお菓子やカップ麺が届いて、出して、冷凍便が届いて、出して、お弁当などが届いて、出して。
レジのお金を数える。
もちろん、お客さんも時々やって来ながら、ひっきりなしに手を動かせば時間もあっという間に過ぎて行きました。
そうして五時間のアルバイトを終え、夜勤に引き継けば、二人の本日の業務は終了と相成ります。
「萩?萩さーん、それ私のヘルメット」
「今日は私のです。なぜなら」
「なら?」
「今夜は夏希パイセンの家でぱーりーないとですから」
「踊り明かすの?」
「明かします。 ので夏希パイセンのヘルメットはシートの下にある二号くんを代打です」
「ったく、いつもいきなりだな〜」
「ぐいぐいです」
「そうかい。ま、いいよ、じゃあ帰る前に飲み物とか買っていこうか」
「パイセンの奢りはいくらまでなのです?」
「奢りは300円まで」
「バナナは含まれますか!」
「バナナはデザートなのでお弁当の括りです、お弁当とお菓子は別物なので買いません」
「あれ?あれれ、これはしてやられたですか?」
「だな」
「ううむ」
「別にいいよ、一晩で消費できるくらいまでならいくらでも。んじゃ、行こうか」
「いえっさ〜」
夏希さんのスクーターが揺れる。
私は振り落とされないように腰に手を回す。
前にここぞとばかりに強くしてしまったら怒られてしまったので、ゆるりと添えるように。
「私、告白自体は二度目なんですよ」
昔、もうその人も覚えていないかもしれないけれど。
だから、ぐいぐいなのです。
私が中学生になったら、高校生になって。
私が高校生になったら、大学生になった。
いつも追いつけないあの人に追いつくには────
「ぐいぐいしかないんですよ、夏希さん」
そんな私の声はバイクの音に消えてしまう。
だけど、いつか、必ず届ける。
その前にもう少しだけ、くだらない二人の会話を楽しんでいたいのだ。