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おきつねさまサバイバル。  作者: 篠縁 英晃
ゾンビパニックサバイバル。
2/11

おきつねさまサバイバル。ゾンビパニック編 Part1

書きたいと思い立って書いたものです。素敵な獣耳お姉さんが大立ち回りするだけ。つまり欲望の塊です。

「先代様、起きてくださいますか」

 世話役を任命されている(クダ)が寝ているこちらに呼びかけてくる。先代だなんだといってもお飾りの仕事すらなく、割と身勝手な過ごし方が許されていたのだが……冬眠中に無理矢理起こされるというのは退任後は初めてではなかろうか。

 つまり、起こされるという事はそれ相応の何かが発生した、という事である。茶色の忍び装束に似た、袖がなく腰あたりが短いその服に視線をやる。この時期にそれは寒くないのだろうか。

「まあ、そうでなければ適当に締め上げれば良いだけか」

「は?」

 管が慌てているような表情でこちらを見る。が、顔を戻しすぐに用件をこちらに告げる。

「3日前、当主様が亡くなりました。混乱が激しく少し事情が複雑なので、出向いていただければと」

「そうか……は、そうか」

 胎を痛めて産んだ自分の息子が死んだと言われることは、もう少し感情に不意打ちを仕掛けるものだとばかり思っていたが……知能が高くあっても、この辺りは獣の時と変わらないという事だろうか。


「先代様」

 起き上がったまま動かない私を心配してだろうか、それとも義務感からか。管の奴が再び声をかけてくる。

「暫定代行は決まっているか?」

「そのあたりも混乱していまして。亡くなられたのは当主様だけではなく、いくつかの支族長も」

「発言力のある有力な連中もいないか、もしくはやりたがらないということか。私に代行をしろという」

「それもありますが、事情が事情なので……武器をお持ちください」

 わざわざ宣言が必要なほどの事態になっているのか。あの面倒くさい『老会』ども12人のうち8人も纏めて死んでくれたのならば少しは行動しやすくなるだろうが、戦闘能力という点では半分以下になってしまうだろう。それにしても3日前、か。こちらを頼るために誰かしらを送ることすらも大変だったという事か。それにしては、この山御殿は静かだが……山にいるから、だろうか。


 小太刀と脇差、それから梅某とかいう男が持っていた『銃』というものを模した武器を用意し、それぞれ使いやすい位置につける。

「待て、本家館はそちらではないはずだぞ?」

「ええ、皆様人里の方へ出向いています。出向かざるを得ない状況というのが正しいでしょうか」

 あの思考が凝り固まった連中は、こういう時に会議をしているものだとばかり思っていたが。そして、そいつらが出向いている……もしかしたら石頭連中は息子と一緒に死んで、下の世代の連中が気張っているのかもしれない。

「とりあえず、どういった状況になっているのか教えてもらえるか」

「人里の方で動く死体が暴れています。犠牲者の数も判らないほどの被害が発生していますね」




「この数は恐ろしいな。術者にたどり着くことだって困難だ。最近の死霊術は随分と進歩したもの……江戸が終わったころには、こういうものは殆どなくなっていたものだとばかり思っていたが、やっている奴はいるのだな。私が現役の時代には操れてせいぜい村1つ……だいたい300程度が限界だったような記憶だが、桁がかなり違うな。操術の線も結ばれていない、伝達に魔力を使わないようにできるものなのか? やはり妖術には科学との混合技術が必須なのか」

 小太刀を振るい、襲い来る死体の首を同時に刎ねる。後ろ側から迫るそれらは無視し、前へと数歩切り込む。

 距離を見誤った死体は空を切るようにこちらを捕まえ損ね、そのまま舗装された道へ転倒する。起き上がる前に他の死体がそれを踏み越えてこちらに来るので、射撃で迎え撃つ。


 見せてくれた奴は西洋の拳銃だとか言っていたか。見た目を模しているだけで、威力や弾数は術の方に依存している。このガワはなくても問題ないだろうが、イメージをつけやすいこと、ハッタリや分かりやすさが伝わるので有事の時は結構持ち出している。

 生きて操られているのならば刀や銃といった致命傷を与える攻撃は良くないだろうが、生き残った『老会』の判断で、管たちは死体だと断言している。埋葬が多少面倒なことになるかもしれないが、それは人間の仕事だ。


「先代様、これは死霊術や道の類ではない、というのが我々管狐の判断です」

 管狐達は、こちらの戦闘行為を褒めるような発言をしたり、今のように訂正する言葉をいくらか投げかけながら短刀を投擲している。正確に死体達の心臓を打ち抜き、あるいは脳を穿ち、その機能を停止に導いていく。3つの民家の屋根の上に1体ずつだけいる狐を積極的に狙おうとする奴らは少ないようで、倒した数こそ少ないものの噛みつかれたりといった攻撃の被害は皆無である。

「ああ、異なことを言うな。これが死霊術ではないと?」

 複数の死霊術師達が集団で行動しているのかと思ったが、そういうことではないのか。

「疫病の類です。黒死病(ペスト)赤痢(せきり)西班牙風邪(インフルエンザ)などといったものと同類でしょうか」

「これが疫病だと? 嫌な時代になったものだな」

「ええ。ただしこれは普通の疫病ではなく、人間達が作り上げた疫病になります。どこの国か、あるいは反政府組織かは分かりませんが流出し、あるいは意図的に持ち込まれて港から入り込んだそうで。私達3人の中では、これは意図的な攻撃だと判断しています。人間達のお偉方は何と言っていたかは分かりませんが、一般人達はゾンビという呼び方ならば通じるかと」

「術者のいない死霊術だな。術そのものだけで活動していると考えればいいか」

「まあそれでも問題はありませんが。北関東の方に向かいましょう。他の狐達が全滅していなければ合流できるはずです」

 あまり期待はしていない、といった口調で管が告げる。彼女の投げる短刀は他の管のものよりも鋭く、刺さった刃は切断や貫通ではなく、破裂させ消し飛ばすという結果をもたらす。


「しかし、こういった時に人間達の政府機関は何をやっているのだ? 何らかの行動をとっているはずであろう。それに軍隊……今の時代なら自衛隊というのか、そういうのがあったはずだが」

 走る死体……否、ゾンビが私の背後から走ってくる。数分前では走るゾンビはあまりいなかったが、見える範囲での数がある程度減ったせいか、それとも集団としての危機感なのか、こちらに積極的に向かって来ようとしている。

 紙札で作った式神分身を3体用意する。高い火力の術こそ使えないものの、剣術の才能は私の移し身と言って差し支えなく、紙なので体力も無尽蔵。もし噛みつかれたり血液を大量に浴びたとしても、感染することはないだろうが、柔らかい紙なので血液を大量に浴びれば溶けてしまうだろうし、熱を帯びればまばたきする間もなく焼けてしまうだろう。木札があればそちらでもよかったが今は持ち合わせていないし、そちらでは紙ほどの柔軟性のある行動はできないだろう。


「お偉方が何と言っていたか分からない、というのはそのあたりでして。各地の意思決定機関があっという間にやられてしまったようです。もしかしたらどこかの国か、あるいは自治体ならば生き残っている場所もあるでしょうが……まあ、連絡ができないといった様々な理由から、それらを見つけるのは困難ですし、安全区域、学校や病院あたりから抜け出そうとする行為は、積極的にしようとする者はいないでしょう。新たな感染を恐れていれば当然ですし、ゾンビと勘違いされて他の生きた人間に襲われる可能性だってあります。食料などの争奪になるかもしれません。インフラも殆ど動かないので行き詰ってる状態ですね」

「こういう有事の時にお偉方が行動不可能になっているからどうにもできないのか。規約だなんだといっても守るものがなくなってしまってはどうにもならないだろうに。」

 一体のゾンビに刃が届かず、それは私に噛みついてくる。しかしその歯と爪は私の姿、即ち幻術を捉えることすらできない。そのゾンビはバランスを崩し転倒し、そのまま脇差の餌食になる。知性を保ったままの人間ならば二度目は通用しないだろうが、こいつらには問題なく使えるだろう。


「しかし、匂いがキツイな」

 以前には刃傷沙汰も起こしたし、自分が現役だった頃には合戦が近くで起きたこともあったが……血の匂いではなく、洗っていない体臭と、血汗が染みついた服、そして腐りかけた肉。それらの混ざりあった匂いか。

「こいつらは、どうやってこちらを判断している?」

 この異臭という言葉では済まないこれの中では、おそらく匂いを感知しているわけではないだろう。目が腐っている個体もこちらへ向かっているし、判断はできないが鼓膜が破れている奴らもいるだろう。ごまかすことができれば、少しは行動しやすくなるのだが。

「先代様、この周辺に人の反応は確認できません。無視して合流を目指してもいいのでは?」

「感染が広がらないのならばそれでもいいのだがな」

「広げる対象が数キロ範囲内にはもういませんね。まあ退治しに向かってきた者達の危険性を減らすという事ならば吝かではないですが、それは他の狐達に合流した後でも問題はないかと」

 生きた人間はその範囲にはいない、か。感染した対象は人間だけでなく、他の獣も混ざっている。妖獣も数種類混ざっているが、技術などはほとんど失われているようだ。


「そうか、ではこの場は式神札に任せておこう」

 さすがに無機物に感染することはないだろう。この場で有効に使えそうなものは[石札]と[布札]だろうか。手持ちには無いので今から作ってしまうとしよう。

 服の袖を2センチ幅で千切り、輪を5つ作る。ほんの直前までこの私が着ていた巫女服だ。妖術だけを使った戦闘が30時間ほど継続できる。消費を減らす方向でいけば50時間程度は行けるか。紙札たちに攻撃しない、程度の自己判断をさせるために唾液を少しかけてから5つ纏めて手の内で揉む。

 これで5つの布式神を召喚できる。こいつらは近距離に攻撃した場合自分達に引火させてそのまま消え失せてしまう可能性もあるので、接近させないための石札。こいつらは単純に壁役である。ブロック塀に威力を落とした銃撃を当て、その破片の石を適当に拾う。大きいものを選び、道を塞ぐ前後に2体ずつ用意しておく。ゾンビの亡骸が積み重なって超えられることがないように、ある程度の排除行動ができる牛鬼型にしておく。こいつらだけでも戦闘はできるだろうが、石製故に行動が鈍い。それならば防衛役に徹させたほうが効率が良いだろう。


 ついでに紙札式神を9体追加し、すでに召喚していた3体と合わせて、前方と後方の石札の前に、2体ずつ配置する。布札で燃やされたり、あるいはゾンビ共に倒された場合は控えの8体のうちから派遣する、という継続した戦闘を維持できるように。追加の機能として、感染していない人間や狐を見つけた場合は保護する機能をすべてに認識させる。

「式神同時に21体ですか……戦闘時間も長そうですし、彼らだけでどうにかなってしまうのでは。私達3人合わせても、数だけ、あるいは時間だけならどうにかなるでしょうが」

 後進の育成はしておくべきだったか。『老会』どもが技術を独占し、かつ自分もそういったものを面倒に思って考えていなかったというのは非常に痛手である。ただまあ誰にだって得意不得意があるわけで、こちらは感知能力は他の『老会』連中どころか、そこの管たちにも敵わないだろう。

 管たちがある程度の戦闘ができるのが幸いといった感じか。


「私の先々代はこの程度ではなかったぞ。時間も威力も耐久も数も、桁が違った」

 玉藻御前の分け身の血を飲んだ、と聞いた。あれは孫に見栄を張っていただけだろうと当時は考えていた。そもそも祖母と玉藻御前の生きた時代は違ったはずである。……しかしそれならばあの強さの源は一体どんなものからの由来だったのだろう。祖母の声は思い出せないくらいの時間が経ってしまったが、それでも言葉は記憶に染み付いている。この案件が終わって生きていたら会いに行ってみるのもいいか。

「そのあたりはどうでもいいんだ。殲滅の方はこいつらに任せておく。合流地点まで案内を頼めるか」

「畏まりました」

 屋根を跳び渡り、少しずつ移動していく。戦闘はする必要がなかったのだろうが、はじめは術者がいるものだと思っていて、殺せばさすがに探知できるはず……と思っていたからだったが。後の危険を減らす、という以上の収穫はなかった。

 屋根に上がっているゾンビたちはほとんどいなかったが……山側の住宅地であるにもかかわらず、明らかに住民よりも多いだろうと思えるくらいの数に遭遇した。数を減らすために、時々紙札式を出して相手をさせているが……首都の方はどうなってしまっているのだろう? 調査が必須になったりしない限りは、なるべく出向かない方向で決めておこう。




 およそ3時間後。ようやく合流地点に到達できた。合流地点にいた狐は『老会』の【(おう)】という外見は青年程度の年寄狐と、管と女子供、遠征中の連中を含めて47人。追加で私と管3人を含めて51人だ。

 簡単な狩猟小屋を間借りしているようで、誰かが術で空間を広げたおかげか、3交代制で休憩を取れる程度のスペースはあるようだ。

「男衆は?」

 妖怪狐の外見年齢は、精神と術の力と実際の年齢、それぞれに対応した見た目になっている。幼い外見である、ということは即ち戦力として期待はできないという事。式神もさすがに数が出せないので、護衛の管はある程度残しておかなければならない。

「管狐4人と成人5人が食料を探しに。全員が人間社会で生活していた故に、そういったものが得意だと判断したよ」

「【奥】か。彼らの周辺の具合は分かるか?」

 この翁は戦闘能力こそ高いとは言えないが、探知能力は極めて高い。通常の探知術は自分を中心に調査するものだが、彼の場合は敵味方生物非生物を問わず中心に取ることができる。対象として取れるモノの彼自身からの距離は、生物なら50キロ、非生物ならば80キロ。さらに、それらを中心にして円形に半径40キロほどを調査範囲に出来る。そして、その範囲にあるモノをまた中心に取ることができる。空気、水、土を対象にはできないが、日本国内であるならばほぼ全域を見ることができる。そのうえ、それを見続けていても負担を受けないほどの妖術力。彼と組めればいう事は無いのだが、そういう交渉を嫌うし、こいつの物言いはこちらも好かない。普段ならば、という注釈が付くが。

 ここにいる【奥】は、彼自身の体毛を使って作られた式神である。自身の睡眠、あるいは気絶中のみに動かせる分身であり、能力においては本体と完全に同一。一応の保険という事で、分身であるという事が本人に理解させられており、分身と本体は接触すれば記憶のやりとりができる。本体が死んだときはそのまま活動を続けられるらしく、そのまま本体としての権能を引き継げるらしい。こいつが入れ替わったあとに作られた新しい式神分身かは分からないが、こいつが老い以外で死ぬことはないだろうと踏んでいる。


「私以外で生き残った『老会』は【()】と【(うら)】と【(おに)】の3人。戦闘で期待できるのは鬼だけかと。【座】の方は霊山に籠って出てきませんし、【裏】は『死んだことが確認できないから生きている』程度のもの……活動できる老会狐は私と【鬼】だけですねぇ」

 開いているようには見えない目つきでこちらを見つめ、尻尾を少しだけ揺らしながら

「1つ聞きたい。なぜゾンビ達のことを、誰にも伝えなかった? たとえ交渉が嫌いだとしても、後の問題を避けるためには伝えたほうが良かったはずだ」

「伝えましたとも。まあ、普段の行いが悪かったせいですかね。うちの付きの管以外は信用しませんでしたよ」

 それに、救援には回っていますよ、とわざとらしい演技のような言い方で、やれやれといった感じに腕を組んで私に伝えてくれる。

「まあいずれにしても、お前がここにいるならば、十分に安全な範囲なのだろう、ここは」

 不機嫌を隠せなくなりそうになりながらもそう聞く。こいつは探知能力のおかげで、暗殺や襲撃の類は完全に回避できるのだ。裏を頼れない場合ならばこいつの近くが一番安全である。こいつが誰にも言わずに逃げ出したりする可能性は否定できないが、そのあたりを考えても仕方あるまい。

「指揮は誰がとっている?」

 少し見まわして問いかける。時間も時間なので、見張りの管狐と夜番の母狐、それから【奥】の現身式神しか近場にはいない、はずだ。管が1人こちらへ近寄り告げてくれる。

「【奥】殿と、管、男衆、母狐からそれぞれ1人ずつが毎晩話し合いで方針を決めています。まずは管からの方針として、当面の目標は他の生き残りと連絡を取り合う事と決めております。全滅する可能性を避けて、ある程度以上の集団にはならず、まだ連絡が取れていない生き残り、他種族たちの状況の判断ですね。青蛇や土蜘蛛はこの騒ぎに便乗して騒ぎを起こしているようですし、狐の方でも【(はたたがみ)】と【(しるし)】の部下同士が交戦状態にあるようで。目立ったゾンビ以外の危険は、2つの派閥と土蜘蛛、それから野生のカラスですね。青蛇は攻撃ではなく収集に動いているようで、こちらに積極的に襲い掛かってくることはないと思われます。

 続いて男衆から。今は全員不在にしていますが、食料と情報収集に回っています。【奥】殿が探知で安全と判断した他種族が少ないところへ向かい、保存の効きそうな食料を集めています。運搬術や保存術を使えるモノは1人しか合流できていないので、定期的に収集に向かう必要があると思われます。

 最後に母狐達から。子供達がストレスを抱えてしまっているという事、同時に何もできずにもどかしい思いをしているという事。子供達が夜泣きをしてしまう可能性がかなり高いので、そのあたりは容赦してほしいとのことです。また、子供程度でもできる何か雑務でもあれば引き受ける、とのことで」

 それだけを告げると、その管は再び周囲の警戒に戻ろうとしたが、その手を掴み止める。【奥】が何かしら言わない限りは、それほど警戒する必要も無いだろう。

「【奥】、状況を確認したい。管からの意見も聞きたいから、3人で話せるか」




「事のはじめは5日前、ですね。この国にゾンビウイルスが持ち込まれました。ああ、ウイルスというのは疫病の原因となる微生物と認識していただければ。私は恥ずかしながら、持ち込まれた時点では『なにかが持ち込まれた』とはわかりましたが、『何が持ち込まれたか』は理解していませんでした。持ち込まれた数時間後、戦略兵器のように各地でばらまかれたようで……ばらまくというのは正しくないですね、持ち込んだ彼らが『使い』ました。その後に動く死体が多数確認できました。

 少し調査すると、各国でも同様のことが起きていました。気温が極端に低いか高い場所では人が生活できていること、持ち込まれていない島ではゾンビどもは確認できていませんね。日本ならば本州以外ならば、追加で持ち込まれない限りは大丈夫でしょうか。

 気温が低い場所ならばゾンビウイルスは死ぬようで、高い場所ならば死体は通常よりも遥かに早く朽ちて活動できなくなるようです。それと、サカナなどを取ろうと水に向かいそのまま溺れて動かなくなるので、橋さえ封鎖すればそのあたりはどうにかなるかと思われます。

 感染経路は、血液にウイルスが入ること。彼らの唾液や血液、糞尿などが感染経路になって、ゾンビになるまでの時間はおよそ4から6時間、象などの大きな生き物は多少時間がかかるでしょうが、そのあたりはあまり考慮しなくていいかと。噛みつかれその傷に唾液を注がれたり、小さな傷口彼らのに血液を浴びたりしてしまえば……という感じですかね。

 そういった最初の感染が、ネズミ式に増えていき、暴徒として扱われるべきだったのですが、被害者が一気に出ましてね。あっという間にめちゃくちゃですよ」

 やれやれ、と言わんばかりの振る舞いをしながら管に目配せする。管の方は頷き、おおよその流れに同意する。

「そのあとは、カラス達が感染を拡大させましたね。ゾンビどもに襲い掛かったり、逆に襲われたり。避難民達の一番の敵は感染した鳥たちでしょう。どこでも構わず糞尿垂らしますから。幸いにして遠距離を跳ぶことができなくなっているようで、人間達の避難先には向かえないとは思いますが、確実とは言えませんね」

 管は簡潔に付け足しをする。さすがに人間だけが相手ならばそこまで大きな騒ぎにならなかっただろう。治療目的の監禁などもできなくなかったはずだが、そうもいかなくなってしまったらしい。

「本州の方にも生き残っている人間はいくらかいますが……手を出して危険な目に合わせる可能性も否定はできません。なるべく不干渉の方向が良いかと」

「それならば了解だ。目標はどうする?」

 自分の式神の数を数えておく。紙式神が3、布式神が1減っているようだが暫くはゾンビ達を倒し続けてくれるだろう。保護した人間はいないようなのでそのまま放置しておく。

「まず第一に食料の確保、それに次いで敵対的、友好的問わずに活動範囲の確認。一応念のための敵対的な団体とは停戦交渉、です。場所に関して言えば【奥】殿のおかげでそれほど手間取ることもないでしょうが、交渉となると先代様以外に向いている人材がいないので任せきりになってしまう可能性が高いかと」

 管の曰く、そういったことができる狐は他の群れにいるかあるいは食われてしまったようで、私が合流するまでの間に交渉事に関する進展はなかったらしい。とはいえ侵攻予告や、それに類することは今のところ起きていないので何とかなっていたらしいが。

「猫又から救援要求が来ていました。要求の内容は、食料があるものの安全な場所がないので仮住まいさせてほしい、とのことでした」

 合流してから最初の仕事となるか。交渉の場所には、管1人だけ付けて私が向かうことにした。




 まずは猫又との関係について。普段の状況ならば、有効寄りの中立である。派閥単位ではなく、管を含めた妖狐全体と、新生、遺伝のどちらの猫又もである。ただし、浮浪(ハグレ)はお互いに管理の外である。浮浪同士で友好状態になったり、あるいは敵対することもある。

 彼らから見た近場で『どちらかといえば友好的』と言える生き残りは、見つけた範囲では我々だけらしい。

 時間は私が【奥】と合流した数時間後、時刻にして深夜3時半。警戒するならば今の時間を選ぶのは必然と言えよう。


 猫又の代表曰く、家賃替わりにある程度の食料を提供できるという事。彼ら自身の食事は彼らの蓄えから出すが、食料回収作業には同行することを許可してほしいという事。滞在期間は7日から10日、それ以上になれば出ていくか滞在を延長するか、その時のお互いの状況次第で判断する、という要求。

 彼女は根元で別れた尻尾を揺らしながらため息交じりにこちらに伝える。目の下のクマは濃く、まともに眠れていない状態が続いているのだろう、とこちらに伝えてしまっている。

 彼らの現状の数は22人。此方と併せたならば合計で73人になるか。

「条件、少し追加修正しても良いだろうか。それほど無理のある範囲ではないと思う。聞いてから決めてくれて構わない。それと、いくつか確認したい事柄がある」

 私は提案する。この時点で断られることはないだろうと判断しているが、向こうだってそれなりに切羽詰まった状況である。追加する条件は叶えてもらえればありがたいが、それはさほど重要ではない。もう一つの方が重要だと判断している。


「まず、追加の条件の方。周辺警戒の方に何人か人員を割いてほしい。それから、子狐と子猫たちに対して指導ができる者がいたら支援を頼みたい。指導員はいなくても大丈夫だが、警備人員と併せて4人程度の力を借りたい。それから、1日当たりの家賃食料は、1日あたりにつき、1人分を7食分」

 まずはこちら。子供達も何かしらをしたいという事だったし、向こうの子供達も同時に管理出来ておけるならば安全だろう。食料調達に同行できるならば、荒事に対応できる人材もいくらかいるはずだ。食料は、2人分を賄えて、かつ少し余裕が持てる分だけ。多過ぎずの落としどころだろう。

「ゾンビ達以外で、今現在のところ敵対状態、あるいは猫又の方に襲い掛かってきているような集団はいるか?」

 私は両手の人差し指と中指を立て、襲ってくるような、というところでそれを揺らす。無条件に受け入れた結果、こちらに大きな被害が出たりしては堪らない。

「被害はまだ出ていないが、『山猫』達から追跡を受けている。おそらくは食料奪取と、戦闘用の盾や奴隷として我々を使いたいのだと」

 言葉に嘘は無いようだ。勘違いがある、あるいは当人がそうだと信じ込んでいる場合は判別できないのだが、こちらを意図的にだましてしまうつもりではない。


「山猫の数は把握しているか?」

 この辺りは【奥】を頼れば良いのだが、彼ら自身の把握状態も知っておかないといけない。

「35か40程度、50には到達していないはず」

 私は同伴している管に目配せする。聞いてこいという意図は伝わったようで、管は拠点の【奥】の方へ向かっていった。

 仮にその通りの数だとすれば、猫又達にとっては抵抗するにしても大打撃だろう。私と【奥】、それから管達の式神を使えば被害は抑えられる筈だが、万一もあり得る。

「山猫対策の防壁作りに協力してもらえるのならば、あなた達猫又を難民として受け入れよう。山猫と正面切って戦うのはこちらの式神でどうにかするから、流れて入ってくるような連中を防げる仕組みを用意しよう」

 私の言葉で、猫又代表の方は安堵した表情を浮かべる。余程切羽詰まっていたのだろう。

 安堵するのはまだ早いぞ、という言葉は飲み込む。協力体制を作ったところで、負ける可能性があるのだから安心している場合ではない。共倒れにならないように働くとしよう。明日のこの時間まではねられないだろう。


漢字表記された動物は人語を理解します。カタカナ表記のものは人語を理解しない、現実と同じ程度の知能の動物です。


ゾンビはカタカナです。

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