八話 やっぱり窓際の最後尾が至高。
長い長い入学のご挨拶が終わり、私とジェリーヌはこれから通うことになる教室に足を進めていた。
「まさか一緒の教室とは、これは運命を感じるね」
「そうですね。独りぼっちにならなくて良かったです」
私の言葉にジェリーヌはそう言いながら、手元のクラス名簿に目を落としている。
入学式の挨拶が終わった後、手渡されたプリントには、教室のクラス名簿には私たち二人の名前が載っていた。
「Aクラス…… か。場所的には西棟の三階だね」
「今年の生徒は全員西棟みたいです」
そう言いながら西棟の三階に向かって足を動かす。
この学院は入学から卒業まで、ずっと同じ教室を使う。
その為、私を含め今年入学した学院の生徒は卒業まで同じメンツで学業に励み、同じメンツで時間を共にする事になるのだ。
私やジェリーヌの様な陰キャにはツラい学校だと思う。
なんせ、友達や交流関係を築けないと、一人でクラスから浮くことになる。
そんな中、最初から友達が出来た私やジェリーヌは、陰キャの中では幸せ者だろうなと思うわけ。
スタスタと歩きながら、私は名簿のプリントに目を落とす。
そこには私やジェリーヌの名前の他に、先程の入学式会場で出会った縦巻きロールことナナミ・キサラギの名前がそこに書かれていた。
プリントに載っている名前を見る限り、このクラスの大半は有名な貴族や爵位の高い貴族で構成されている様だ。
そう考えると、私の横に居るジェリーヌの家系、ディアンシー家も何かしらの有名処なのだろうか?
私の横を歩くジェリーヌの横顔は、プリントを見ながら真剣な表情をしている。
ジェリーヌって美人っちゃ美人なんだけど、やっぱり陰キャ感は否めないな。
そんな失礼な事を考えていると、いつの間にかAクラスに着いたようだ。
扉の前には沢山の生徒が何かを待っていて、皆各々好きな相手と会話していた。
皆なんで入らないのかな?と不思議に思いながら、扉を見る。
教室の扉は豪勢な扉なのかなと思っていたが、そんな事は無く、よくあるガラガラーっと開ける引き戸タイプの扉だった。
「えっと…… この扉は、どうやって開くんでしょうか……?」
そう言いながら不思議そうに扉を見ているジェリーヌ。
なるほど。この世界のお貴族お嬢ちゃんは、引き戸と言うのを知らないらしい。
ていうか、この入り口にたむろしているお坊ちゃんやお嬢ちゃん方も同じ理由で……?
近くに居た男子三人組を見る。
「不思議な扉だよなー。オレらも、どうしたら良いか分からないんだ」
「だよな、とりあえず。先生くるまで待とうぜ」
「そうそう、変な事せずに待とう」
そう言う中が良さそうな男子三人組。私たちにそう言った後、互いに呑気に漫画の話を始めてしまった。
諦めんなよ! そう思いながらも、入り口の横に居る女子二人組を見る。
「見た事も無い扉でして、どこかに取っ手があるのでしょうか……」
「ルネっち! きっと、これは扉じゃないんだよ! 『押してダメなら引いてみな』で試しても動かないんだもん! こことは別に入り口があるんだよ!」
見た感じのお嬢様な女子が私に言うが、横からボーイッシュな女子がヘンテコな事を言っている。
「ここが入り口じゃなかったら、一体どこにあるのでしょう?」
横に居たジェリーヌがボーイッシュな少女の発言を真に受けて、近くを見回している。
全く、みんな世間知らずにも程があるだろ…… ここまで物事を知らないで生きていけるとは、いい御身分だな。
そんな事を思いながら、私は取っ手に手を付けた。
「みんなさ…… これは引き戸っていって、こうやって開けるの」
そう言いながら教室の引き戸を横にスライドさせる。
ガラガラーっと車輪が音をたてながら開いた教室の先には、なんともまあ印象通りのお貴族様の学校の教室がそこにあった。
開いた扉の周りで、驚きの声が上がる。
「スゲー! 横にスライドしたぜ!?」
「横にスライドする入り口とか、漫画の世界だけじゃなかったのか!?」
「かっけー!」
男子勢は楽しそうに騒いでいて、漫画好きの少年たちは特に楽しそうだ。
「か、変わった扉ですのね…… どうなっているのかしら」
「すごーい! 私こんな扉初めてみた!」
女子勢の皆さんは驚き、扉の開閉に興味深々の様子。
「すごですメリア様。こんな扉、初めて見ました…… よくご存じでしたね……」
「まあ、このご時世に引き戸は珍しいよね。知らなくても仕方ない」
そうジェリーヌにフォローを入れつつ、誰よりも先に中に入る。
ファンシーなデザインの机が並ぶ教室の黒板には『各自好きな席を選んでください』と書いてあり、それを見た私は、迷わず一番後ろの一番窓側を選んだ。
「そ…… そんなところで良いんですか」
戸惑った様な声で私の横に座るジェリーヌ。
目立たない場所に座った私に困惑する彼女だったが、先程の男子三人組がやってきて私たちに話しかけてきた。
「くっそー! 最有力候補の席取られたー!」
「まじかー…… 帝国学院で俺らと同じ事考える奴らがいたとは……」
「お前、やるなー!」
そう言いながら男子三人組は私の前に座り始める。
まさか私が座った場所に欲しがる人がけっこう居るとは思わなかったジェリーヌは、驚いた様子だ。
「その席って、人気なのですか?」
「最後尾の窓際は、ロマンチックを追い求める人には有名な席だからね」
私の説明に、ジェリーヌは自分の知らないを感じている様子の表情で「へぇー……」と呟いている。
どの世界でも、青春漫画の舞台は窓際最後尾と決まっているのさ。
そんな私達に前の男子三人組の一人、一番背の高い眼鏡をした黒髪の男子は椅子から身を乗り出し私達に向かい合った。
「ほぉー。もしかして『魔法使いと能力少年』を知っているのか?」
眼鏡を上げながら、以外そうに言う男子。
その動作…… 個人的に少しウケる。
「フフッ…… まあ、確かに読んだこと有るよ。面白いよね。」
突然笑う私に眼鏡男子は驚いた様子。
「お、まじかー! あの漫画スゲーよなぁ……」
私が男子に返した言葉に、眼鏡の男子の横に居た普通の年頃な身長のツンツン頭な天然パーマの黒髪少年が話に入ってきた。
ツンツン頭少年の言葉に、ツンツン頭少年の横に居た目つきが鋭いつり目の少年が頷く。
「そうそう。バトル物と言うのを忘れるぐらい恋愛シーンが良いんだよな……」
つり目少年の言葉に男子全員が頷いている。
確かに、あの漫画の恋愛シーンは凄く甘酸っぱい。少年漫画の筈が少女漫画を見ている気分になる程に。
頷く男子達と私を不思議そうに見ているジェリーヌは、不思議そうに男子達に疑問と言う名の爆弾を投げた。
「漫画って何ですか?」
私を含めたこの場の全員がずっこけかける。
そうか、ジェリーヌって男爵家と言えど、普通に貴族令嬢だったね……
私のそんな気持ちを露知らずに疑問符を浮かべる彼女。
どう説明したらいいのか……
「……じゃあ俺が貴女の家に漫画を送ろう。全巻プレゼントだ!」
私の様子を見てか、眼鏡男子から助け舟がでる。
良かった…… 一から説明とか、絶対できる気がしないからね……
そんな私に助け舟を出した眼鏡男子は、眼鏡をクイッと上げて私達を見た。
「所で、俺はケン・タケダだ。よろしく」
そう言いながらに手を伸ばす少年ケン。私はその手を握り握手をする。
「私はメリア。苗字は天職により無いわ。よろしく」
そんな私たちを見て残りの男子二人も名乗りだした。
「ヨシヒコ・クニサキ。まさか貴族令嬢で漫画を読む奴と出会うとは思わなかったぜ」
「ケンタ・クニモリだ。ほかにどんな漫画を読むんだ?」
微笑みながらそう名乗るつり目男子のヨシヒコと、私に質問を投げかけるツンツン頭のケンタ。
まさか、私に男友達が出来るとは思わなかったよ。
その後は男子三人組と漫画話に盛り上がり、私とバッジ交換までやった。
その際、私の階級式を見た三人の反応は、
「「「……まじで?」」」
だった。