十二話 専制政治と共和制政治。
完全に放置してたぜ!すまんだぜ!
ベッドに寝かされたナナミ・キサラギさんを見ながら、今私は猛反省中だった。
最初は警告するだけだった筈が、いつの間にか行き過ぎた恫喝になっていたのは言うまでもない。
皇帝、つまりは皇族である今の私は絶対的な権力と権威の塊だ。
もしあの場で冗談でも「貴女を許さない」的な事を言っていたら、今頃私の前で眠る少女は冗談抜きで火刑台に貼り付けにされていただろう。
そんな事を考えると、少し怖くなる。
「はぁー…… 後悔先に立たずとはよく言うよね……」
私はそう言いながらナナミ・キサラギさんの手を取った。
綺麗な手をしているなー……
彼女の手を見てそう思う。
そんな彼女の小指の爪は割れていたようで、小さく包帯が巻かれている。
おそらく私に必死に命乞いをしていた時に怪我をしたのだろう。
その小指の包帯を眺める私に、横に居たケンから声がかかる。
「まあ、あまり気にしすぎるなよ? ……元はと言えばナナミ嬢が悪いんだから」
それはそうだが…… だからと言って、今回の私の恫喝は褒められた事じゃない筈だ。
この少女にとって、抗えない絶対的な目上から自身の生命を脅迫されたようなもの。
その恐怖と言えば、どれ程の物だったか……
しかし……
おそらくだが、こんな出来事は今回限りではないと思う。
いくら頭が回るようになっても、いくら授業を覚えれるようになっても、私は私でしかない。
私が私である限り、同じ失敗を繰り返す気がするのだ。
「先が思いやられる……」
そんな私の言葉に誰も言葉を返す事は無かった。
星空が窓から覗く部屋で、私はベッドの中に包まる。
あの後ナナミ・キサラギさんに一言でも何か伝えたかったが、結局目を覚ます事は無かった。
今日中には目を覚ます筈らしいので、今日のところは普通に帰りなさいとの事。
私が皇族じゃなかったら普通にナナミ・キサラギさんに謝り倒すのだが、生憎今の皇族と言う立場は頭を下げる事ができない立場なのだ。
せめて、優しい言葉をかけてあげたかった。
そういえば、保健室で私は四人に気になる事があったので聞いたっけ。
何かと言うと、私が皇族な事に驚かなかった事だ。
あの時、四人は私が皇族な事に驚く事は無く、当たり前の様に受け入れていた。
その事をケンに聞くと、
「ああ…… 結構早いうちから気が付いてたよ。 俺ら四人は学校三日目ぐらいから察してた」
との事だった。
その後ケンは私に、
「最初は立場が立場だから畏まろうかと思ったんだが、メリアがそれを望んでなさそうだったからな。俺らはなるべく親しく接する事にしてる」
と言ったんだ。
それを聞い時は嬉しかった。
特にその時は、自分の立場の重さに押しつぶされそうだったから、ぶっちゃけ涙が出てしまったよ。
こんな私でも感謝の言葉は言える事にこれほど嬉しく感じる日が来るとは……
涙を流しながら感謝の言葉を伝える私に、四人はいつも通りに笑っていたよ。
そんな今日の出来事を思い出しながら、ベッドの中で瞳を閉じる。
明日、何時も通りの世界を見れます様にと、窓の外に煌めく星々に祈るのだった。
――まあ、叶わなかったけどさ。
●●
翌日、教室で私を待っていたのはクラスメイトからの畏怖の視線だった。
まあ昨日はあれだけ派手にざまぁしたから色んな人が見てた筈だし、人の噂も広まるのは速いから私を知らない人はもはや居ないんじゃなかろうか。
そんなこんなで自分の席に座る私に向けられる視線をできるだけ無視しながら窓の外を見る。
窓から見えるのはいつも通りの平穏な帝都の景色。
外を見ながらクラスメイト達の視線をミエナイキコエナイしていると前の席から椅子を引く音が聞こえてきた。
「おおう…… 昨日の今日ですごい雰囲気だな」
そういいながら席に座るケン。
彼は席に座るや否や、後ろを向いて私を見る。
「全くよ。このアウェーな空気どうしたらいいのかしら」
私の言葉に両手を使って『わからん』の意を示す彼。
「まあ、時間が解決するんじゃねぇの?」
「それしかないよね…… ところで、ほかの二人は?」
いつもなら時間通りに来るヨシヒコとケンタが未だ教室に来ていないことに疑問を持った私は、自身の鞄からマンガを取り出す作業に勤しむケンに言うと、ケンは鞄から海賊が主人公の漫画を取り出し開きながら
「さあ? あいつら生徒会だから、たぶん生徒会の仕事で忙しいんじゃね?そろそろだろ、クラス議会」
と答えた。
「クラス議会って、あれだっけ? 確か『権力職としての役割を学ぶためにクラスで議会を開く行事』で、クラス議会で決まった事柄は実際にクラスで実施されるっていう」
「そうそう、そのクラス議会」
この学院には権力職を生業とする帝国学院の生徒達に『多数決とは何か』や『権力職の使命や責任』を学ばさせる目的でクラス毎に一つの議会を設ける行事が行われている。
様々な種類の権力職の生徒たちに自身の権力職の役割を自身のクラスで発揮する事が求められるクラス議会。
生徒会の役員達はクラス議会の日程調整に駆けずり回っているのだとか。
「先ずはクラス議会の議会名を決めるクラス議会があるらしいんだけど、このクラスではどうなるんだろな?」
クラス議会の議会名は、そのクラスの個性が出る。
例えば三学年のAクラスでは天職が議員の生徒が過半数を占めるクラスなのだが、そのクラス議会では『Aクラス議会』という全く面白みも無い議会名を持っており、これは完全な多数決で決まったが故に一番無難な議会名になったからだ。
しかし、そんなAクラスのお隣であるBクラスでは『全Bクラス委員会』と捻った名前が付いていて、これは議員だけでなく貴族の天職や指導者の立場である大統領などの生徒が居たから、センスやリーダーシップが働いた結果といえるだろう。
そんなクラス議会の議会名だが、私はケンの『このクラスではどうなるんだろう』の言葉に議会名の行方とは別の意味が込められているように感じた。
「何か気になる事が?」
私の言葉にケンは「だってよぉ……」と呟いた。
「このクラスの天職って議員と貴族だけじゃなく、リーダー職の大統領が数人いて、さらに皇帝もいるんだぞ?どんな風に決めるんだ?」
「確かに…… 多数決の権力職と専制の権力職が両方いるね。この場合どうするんだろう?」
私たちがそんなことを話していると、教室の扉を開ける音が聞こえてきた。
「やっと終わったよ……」
「今回も進展なしだったな」
「ですねー……」
教室に入ってきたのはヨシヒコとケンタとジェリーヌだった。
三人ともうんざりした顔で何やら話している。
「お疲れ様。どうしたの?生徒会でなにかあった?」
三人の疲れ切った様子に疑問を持った私はジェリーヌに何があったのかを聞いてみる。
「クラス議会の件でですね……」
ペットボトルの水を一口飲みなら着席するジェリーヌ。
疲れた様子で愚痴を言う様に続けた。
「Aクラスって専制と共和制がそのまま一緒になってるじゃないですか。で、どうやってリーダーを決めるかで揉めてまして……」
「リーダー格の生徒が共和制だけなら大統領の天職の人とかにさせればよかったんだけど、そもそも生徒が専制と共和制の両方が居る上に皇族も居るから『これどうやって議会という形にするんだ』って、今スゲー生徒会の中で揉めてる」
ジェリーヌに続いてヨシヒコが詳細を言った。
「なるほど。案の定揉めてるんだな」
ケンはそう言いながら、やっぱりかと言いたげな顔をしている。
先ほどケンが疑問を持った通りに生徒会では今年のAクラスを扱いかねているようだ。
ケンタが席に座りながら、あきらめた様に呟く。
「やっぱり無理なんじゃねえのー?専制と共和制って水と油レベルに合わないし」
ケンタのそんな言葉に半ばあきらめ顔のヨシヒコとジェリーヌは「たしかに」と生返事で返している。
この世界の五大職種の中の一つである権力職だが、権力職には二つの大きな括りがあり、一般的に『専制タイプ』と『共和制タイプ』と呼ばれている。
この二つの違いは、一言で言うなら『選挙があるか無いか』だ。
専制タイプは基本的に家柄に序列があり、議会の出席に国民の支持は必要なく、発言力は家柄で決まる。
つまり、専制タイプの権力職とは、みんなご存知の貴族の世界というわけ。
しかし片や共和制タイプの職業は基本的に発言力は平等とされ、議会に置いては一定数の議席を巡って議員個人を国民の投票数で競うのが基本だ。
この世界の政治の界隈でも「『専制タイプ』と『共和制タイプ』は相反する政治制度だ」と認識する大御所も少なくない。
実際、三人の疲れた様子から専制タイプと共和制タイプの取り扱いで生徒会の荒れてる様子が見て取れる。
そんな三人の様子を見ながら振り返っていると、私は頭に何か引っかかった。
あれ? つまり、今の生徒会は専制タイプの私と共和制タイプのクラスメイトを天秤に架けて『リーダー問題をどうするか』で困ってるんだよね……?
共和制の議員と専制の貴族では絶対数が共和制の議員の方が多いから揉めないけど、専制のリーダーと共和制のリーダーは確しかに一緒に権力をふるうことはできない。
でもさ、それなら別に悩む必要なくね?
「ねぇ? 大統領の素質がある議員の生徒と私を一緒にして、どうやって議会を開くかで困ってるんだよね?」
「平たく言うとそうだな」
私の言葉にヨシヒコは肯定する。
「それなら色々やりようがあると思うよ?」
「確かにメリアが強制したら絶対に専制式になるだろうけど、できればそういうごり押しはちょっと……」
そう言いながら私をジト目で見るヨシヒコ。
失礼な。そんなことするはずないじゃないか。
「そんなことしなくても、一応やりようはあるよ」
「専制と共和制って相反する制度じゃないか?」
「そんなことないよ?」
私の言葉に不思議な顔をする四人。
そんなに合わないと思っているのだろうか。
「私が大権をもって議会を開いて、その議会から共和制の方式で議会のリーダーを決めるの。で、決まった共和制のリーダーを私が大権をもって議会のリーダーに任命する。これなら皇帝の名の下に共和制のリーダーがリーダーシップを発揮できるじゃないの?」
私が言い終わると、三人は驚いた表情をしていた。
そんなに変わった事言ったつもりはないんだけど……
「すげぇな…… つまり専制のリーダーの権力と権威の下に政治を共和制のリーダーが執り行うって事か……」
「でもよ、それだと専制のリーダーは政治に参加しないって事にならないか?」
感慨深そうに呟くヨシヒコの言葉にケンが疑問を私に投げかける。
確かに、この世界の常識で考えて、権力職が権力を使わないのはおかしく見えるだろう。
でもさ……
「専制のリーダーって絶対的じゃない?なら、その絶対的な権力と権威をある程度政治から切り離してた方が議会を運営しやすいし、専制のリーダーだってその方が身軽じゃない」
そう言う私を信じられない物を見る目で四人が見つめる。
まあ、気持ちは分からなくもない。
専制の最上位である皇帝の私が「政治は共和制の議員が進める物だ」と言ってるような物だし。
でもね、この権力職の界隈でみんな勘違いしている事があるんだよね……
「別に共和制のリーダーのほうが権力があるって言ってるわけじゃないの。そもそも皆勘違いしてるけど、専制のリーダーと共和制のリーダーでは求められる権力の使い方が違うのよ」
「どういう事だ?」
不思議そうに私に聞き返すケン。
私は一拍置いて、説明を始める。
「共和制のリーダーって、基本的に国民が選ぶ物でしょ?」
「ああ、そうだな」
「で、専制のリーダーは特定の家が代々引き継ぐか、神が特別に産み落とす物でしょ?」
「おう……」
私の話を興味深そうに聞く四人と回りのクラスメイト達、そんな彼らに私は「つまり」と続けた。
「つまりね?共和制のリーダーの決断は国民の意思の代弁なんだよ。で、専制のリーダーの決断ってのはね?」
「……」
教室が静まる中、私は静かに、されどはっきりと言った。
「専制のリーダーの決断はね?その国の歴史から続く民族としての決断になるの」
私の言葉を教室は静かに聞いていた。
クラスメイト達どころか、回りの先生達さえも、私の言葉を聞いていた。
私はクラスを見渡して言う。
「共和制のリーダーに求められる力は国を動かす力、でも専制のリーダーに求められるのは国を支配して君臨する力なの。だから、共和制のリーダーは専制のリーダーの意思を汲み取りながら議会を運営するの」
言い終えた私は肩の力を抜く。
教室静まり返っていた教室は、やがて歓喜と拍手で包まれた。
私に向けられる好意と尊敬の視線に小恥ずかしさを覚えながら、私は皆に手を振るのだった。