第一章 究極のアルカナ
麗らかな日差しの中、あの人は居た。
辺り一面を花で覆い尽くされた草原の中、あの人の後ろ姿があった。
ーー………!!ーー
僕はその名を呼び、駆け寄る。
しかしあの人はこちらを見ない、振り向かない。
美しい、色とりどりの花で満たされたこの空間に一人…立っていた。
ーー……………!!!ーー
もう一度、その名を呼ぶ。
それでも、振り向かない。
手足を動かして、駆け寄る。
しかし、たどり着けない。
(…………あぁ、そうか。)
これは、夢なんだ。
「………あぁ。」
目を覚ます、それと同時に僅かな吐息を漏らす。
無意識の内に上げられていた右手は虚しく空をかいており、そのまま力を抜くとだらんとベッドへ落ちていく。
ぽすん、そんな情けない音が耳へと伝わってきた。
「………はぁ。」
憂鬱な気持ちを吐き出すようにため息をつく。
…久々に母の夢を見た。
(ここ最近は見なかったのに。)
ゆっくりと身体を起き上がらせながら頭を働かせる。
ふと、頬を何かが伝う感触を覚え、ゆっくりとした動作で左手を動かし、それに触れる。
…僅かに濡れていた。
「…はは、泣いてたのか。」
乾いた笑いをあげる。
それと同時に胸には諦念や虚脱感がこみ上げてくる。
”今”もなお、母の面影を追い、夢を見る自分の女々しさに対して呆れてくると同時に悲しみが湧く。
自身の心の内では既に割り切っていたつもりだったが、どうやらまだまだ親離れが出来ていないようだ。
「男の癖に恥ずかしい…」
自身へ叱咤するようにそう呟いた。
その時である。
コンコン、と。
自室の扉をノックする音が部屋に響く。
それから間もなく聞きなれた声が自身へと投げかけられる。
「レイズ、起きていますか?
もし起きているのなら返事を下さい。」
「…はい、起きていますよ、ディラックさん。」
そう気だるそうに返事をした後、ベッドから出る。
ディラックと呼ばれた老人声の男性は何処か呆れたような様子で話し続ける。
「レイズ、お嬢様がお呼びです。
急ぎ支度を整えた後、大広間に来てください。
…勿論、眠気は飛ばして下さいね、失礼に当たりますから。」
そう言い残すとディラックはコツコツと靴音を響かせながら何処かへ行ってしまった。
…再び部屋の中を静寂が支配する。
「やれやれ…朝から最悪だなぁ…」
先程の泣き顔から一転して不機嫌そうに顔を歪める。
心なしか声のトーンも下がっていた。
レイズと呼ばれた青年は扉を軽くにらみつけると、寝間着を変えるべく前止めのボタンに手をかける。
腕と服が擦れる振動に合わせて、彼の長い髪がサラサラと動く。
まるで白銀を思わせるような、その銀髪は窓から差す光に照らされ美しく輝いていた。