圧倒的リア充...!和馬、圧倒的傍観...!
練習が午前中に終わった日曜日に、一稀は噴水に座ってとある人を待っていた。
「なぁねーちゃん、俺達と一緒に遊ばないか?」
「え...?いや、えっと...」
一稀はナンパの対処法がわからない。正直に男だと伝えても信じてもらえないし、付いていくわけにもいかない。
「あの...先輩に手を出すの、やめてもらってもいいですか?」
一稀が複雑な思考回路を巡らせていると、一人の女の子が二人の男に対して言い放つ。
「ちっ...なんだお前...」
「先輩は柔道の全国一ですよ?...それに...」
「あ...お、思い出した...!アニキ、だめっす!こいつ...男っす!」
「は、はぁ!?こんなに可愛いやつが男だとぉ...?むがが...お前...!むぐっ...」
「あ、兄貴がすいませんでしたああぁぁぁ!」
「...はあぁ...それにしても...相変わらず女子と思われてますね、一稀先輩。」
「まーねー、ありがとー、静葉ちゃん。」
多田静葉...苗字からわかるが、友樹の妹である。
一稀と静葉は家族公認で付き合っていて、いつも一稀はこんな感じで先輩らしさを見せることが出来ずに静葉に助けられている。
「じゃあ、行きましょうか。」
「...うん。」
「あそこのカフェ、先輩と来たかったんですよね〜...」
「...眩しい。」
「地底人じゃないんですから太陽の光を嫌悪するのいい加減やめてください。」
呆れて静葉がつっこむが、一稀には全く響かない。
「...苦手だから。」
「どうやって学校来てるんですか...」
「...嫌な心を限界まで閉じ込めてる。」
「もう病気ですよね、それ。」
一稀を支えているようで、一稀に支えられている静葉が一稀と付き合い始めたのは中学生の頃からだった。ある日の放課後、静葉を追いかけ、一稀は屋上にやってきていた。
「静葉ちゃん。」
「...来ないでって伝えるように言ったのに...」
「わわ、なんで柵の向こうにいるの...?」
「...嫌気が差したんですよ。」
「えーっと...こっちおいで?」
「...嫌です。」
「静葉ちゃんどんな辛いことがあっても、死んじゃったら何も出来ないよ?」
「何も出来ないから...もう死ぬしかないんですよ...」
「何も出来ない...?そんな事ないよ?」
「いいえ、私には何も出来ません。現に先輩を心配させてしまいました。」
「え?僕心配なんてしてないよ?」
「...えっ?」
「だって、僕静葉ちゃんを信じてるから。」
「...え...えっ!?い、いやいやいや...し、信じませんから!そう言ってみんな私の事を...!」
「酷いなぁ。僕が信じられないのー?」
いつもの調子を崩すことなくそう伝えてくる一稀に、静葉は呆れて柵の向こうから戻ってきた。
「...すいません、先輩。」
「ううん、戻ってきてくれてよかったよー。どうして、そんな事を?」
「...私の人生はいじめ、暴力、虐待。そんな生活ばっかりだったんです。」
「...」
「...誰を信じたらいいのか、わからなかったんです。」
「それで、死のうとしたの?」
「...はい。」
「うん、今まで辛かったね。よく頑張ったね。」
「...うぅ...ぐすっ...」
今まで我慢していた涙が、一稀の優しさが触れた事によって溢れ出てきてしまう。一稀の制服をかなり濡らしてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだが、どうしても止まらない。それを一稀は怒ることなく、優しく静葉の頭を撫で、慰めることに徹した。
「...私...先輩の事、好きです。」
「僕も好きだよ?」
「違うんです。異性として...」
「だから、僕も好きだよ?」
「...へ?」
表情を変えず優しい笑顔で即答した一稀に、静葉は目を丸くした。
「最初に会った時から可愛いな〜って思ってたし、話してたら好きになってて、付き合いたいな〜ってずっと前から思ってたよー。」
「え...えっ!?あ...えっ!?」
「こんな適当な性格の僕でもいいなら、付き合ってほしいな。いいかな?」
「...う、うぅ...ぐすっ...勿論です!」
「...そ、そんな事もありましたね...」
「あの時は大変だったよ〜。」
静葉が顔を赤らめてるのに対して一稀はへにゃりとした笑顔で手を振っている。
「...あの時、先輩が屋上に来てくれなかったら、私はここにいないんですよね...」
「うん。そうだね。」
「つまり私にとって先輩は命の恩人ということになりますよね...。」
「...かもね〜。」
「先輩...」
「なぁに?」
「大好きです。」
「僕もだよー。」
その頃、馬鹿に動きがあった。
「今誰かに馬鹿にされた気がするんだが...」
「...誰も...いないけど...?」
「気のせいだったのか...?」
勘が鋭いこいつは友樹。そしてその隣にいるのが彼女の香澄。真面目で、しっかりとしているのだが、友樹が好きすぎてたまに迷走する。
「あ、和馬じゃん。おいっす。」
「おいっすです。」
「よっ、今日はカップルをよく見るわ。」
「...あぁ、あいつと静葉さんに会ったんですか。」
「正確には一稀達には会ってないけどね。」
「なぁ香澄、そろそろ一稀の事を名前で呼んだらどうだ?」
「嫌です。友樹にはわからないでしょうけど、あいつはきっと危険です。やばい奴ですよ。」
「...?あいつは優しい奴だけどなぁ...」
「...確かに、どこが危険なの?」
「危険なものは危険なんです。」
「よくわかんねぇけど、誤解が解けるといいな。」
「解けないですよ。常に疑ってますし...後、あいつの妹も危険です。」
「美穂が?...それはあるかもしれな」
「お?今誰か私の名前を呼んだのかい?」
「お、美穂。買い物か?」
広川美穂。一稀の妹であり、静葉の親友である。
「おう。あ、香澄先輩も一緒でしたか〜。」
「うっ...ど、どうも...」
美穂が裏がありそうな笑顔で挨拶をすると、香澄は強ばった顔で挨拶を返す。
「じゃ、私はここで〜...おい和馬★逃げるな★」
「やっぱり聞こえてたのかよォ!」
「何が危険な奴でそれはあるだ★許さんぞ★」
野球部で既に先輩を凌ぐくらい足の速い和馬の全力疾走に、怒りの笑顔を振りまきながら追いかける美穂は、確かに危険な奴だった。
「...くっそ〜...どこいった和馬ぁ...」
「あ、美穂姉!美穂姉だ!」
流石に野球部の足には勝てず、和馬を見失った美穂に、とある少年が声をかける。
「ん〜?おぉ〜、大吾じゃん。」
鈴木大吾。小学六年生だが、兄の和馬の影響で野球を始め、小学生とは思えない程の力を出しているという。ポジションはファーストで、今一番世界から注目されている小学生である。
「今日もテレビの人がさ!めちゃくちゃ聞いてきたんだよ!どうでしたか!とか今の気持ちは!とか!」
「ほえ〜...それで、なんて答えたんだ?」
「お腹空いたって言った。」
「そ、そうか...」
美穂には全く楽しくなさそうな顔でそう言っている大吾の姿がすぐ思い浮かんだ。
「また大吾のせいでネットが荒れるのか...」
毎度毎度大吾がインタビューに嫌そうな顔で答えているため、ネットでは『無理矢理インタビュー受けられてて可哀想』等の意見がネットに飛び交っている。美穂は大吾のエゴサをしている時にそれを見つけた。
美穂と大吾が出会ったのは、今から二年ほど前の頃だった。
その日、美穂はなんとなくブラブラしていて、とあるグラウンドに辿り着いた。
「運命の出会いとかないかな〜...って、グラウンド?お、少年野球かな?小学生のチームっぽいな...お、あの子上手だ...というよりみんな上手いなぁ...」
「...?あの、コーチ...あの人は...」
「ん?...確か...っ!そ、そうだ!広川会社の社長の娘さんだ!」
「広川会社...!?そのお方が何故!?」
「わ、わからんが...ここの物は全て広川会社の物だからな...偵察の可能性も...いや、そんなことされる覚えは...」
広川会社とは、一稀と美穂の母、愛梨によって作られた会社で、愛梨がとある企業と協力した結果、売り上げが三倍以上になった事から有名になり、今では知らない人などいないくらい有名な会社になっている。
今はスポーツ関係に力を入れていて、海外の選手も広川会社の器材を使っていて、とうとう四年前には、『広川ベアーズ』という球団までも作り出してしまった。
「...あの監督とコーチ、すっごい話してるなぁ〜...私普通に散歩してただけなんだけど...」
「...うわ!あっ!危ない!」
大吾が打ち損じたボールが美穂の方向へと飛んで行く。
「おっとっと...危ない危ない。」
しかし、それを美穂は軽々と避け、「よく避けたな私!」と自分を褒めてヘラヘラと笑う。
「お、おいこら!大吾!謝ってこい!」
「あぁ...終わりだ...愛梨社長に殺される...」
「あ、あの...お姉さん...」
「ん〜?どうしたの〜?」
あ、結構可愛いじゃん。
なんて美穂が思っていると、大吾は泣きそうな顔をして謝る。
「あ、あのえっと、その...ごめんなさい!」
「ん〜...君、名前は?」
「え...だ、大吾です...」
「大吾君、ちゃんと謝りに来て偉いぞ〜、練習頑張りなよ!」
そう言って大吾の頭を撫でると、大吾は顔を赤くして美穂の顔を見る。
「え...が、頑張ります!だ、だから...お姉さんも見ていてください!」
「うんうん、見させてもらうよ!頑張れ少年!」
最初はこんなやり取りだったが、その後ちょくちょく美穂はグラウンドに姿を現す様になり、その度に大吾に話しかけたり、野球のコツを教えたりしていた。
そんなある日。大吾は美穂に誘われて喫茶店に来ていた。
「ん?どうしたの大吾?」
「美穂姉、今日の服オシャレだね。」
「...あ〜、これね。男の子と出かけるって言ったらお兄ちゃんに誤解されてさ。ちょっとおしゃれさせられちゃったよ。」
「...別に誤解されてもいいのに...」
「ん〜?よく聞こえなかったぞ少年。もう一回大声で言ってくれないか?」
本当は全て聞こえてるが、面白いのでからかうことにする。
「い、言えるかんなもん...」
「それ、プロポーズのつもりか?」
「やっぱ聞こえてただろ!」
「年の差を考えろよな★」
「わ、わかってるさ...」
「...ま、お前が大きくなったらな...」
「...?なんか言った?」
「ん?何も言ってないぞ。」
「ってか...本当はあれ聞こえてたんだぞ。美穂姉みたいにからかってやろうと思ったのに...」
「ほう、お姉ちゃんをからかうなんてとんでもない餓鬼だな、大吾。」
「...だったら、付き合ってよ。」
「...ぬ?」
美穂がマヌケな声をあげるが、全く気にせずに大吾は話を続ける。
「俺...大きくなっただろ!?」
「う〜ん...そうだな...別にいいぞ。」
「だよな...駄目...って、え?」
「付き合ってもいいぞ。」
「ほ、本当!?」
「...大吾。」
「...?美穂姉。どうしたの?」
「美穂姉じゃなくて美穂って呼べ。」
「えっ...あー...えっと...み、美穂...」
「あっはっは!可愛いなぁ大吾。」
「う、うるさい!」
「...じゃ、よろしくな。大吾。」
「うん。よろしく、美穂ね...美穂。」
「...おーーい!バカズマー!お前の弟私が貰ったからなー!今更あげないからなー!」
「...兄ちゃんいたの?」
「ん?いや知らん。」
「あぁ〜!...佐助兄ちゃん...大吾にも先越された...俺も彼女欲しい...」
鈴木佐助。鈴木三兄弟の長男で働き者。性格も良く、仕事もかなり出来る社会から見ると中の上辺りの人。運動神経はあまり良くないので野球は見る専門。
「はは...俺だって欲しいさ...あれ...大吾...俺達より青春してない?」
「うん。間違いなくしてるよ。」
「ほ、ほら、お兄ちゃん仕事で忙しいしな!」
「俺もあの人のこと諦めてないし。」
「それは理由にならないんじゃないか...?」
「わかってる...しかし、身近な友達が全員彼女彼氏持ちって言うのがキツすぎる。」
「あ〜...うん、いい出会いしろよ?」
「...兄ちゃんもな?」
「おーっす!ただいまー!」
「「おう...おかえり...」」
大吾の凄くテンションの高い声に、テンションが下がる二人であった。