3話 国と兄の為に
第1回PTTに優勝した兄は『偉い人』に軍へと呼ばれるが…?
「んん…?」
目を開けるとそこは自分の部屋だった。そこで昨日の事を思い出す。
昨日、兄はラーメンと一緒に酒を飲み酔っ払ったから、俺は兄を介抱して帰った。
兄に肩を貸して歩いて疲れた俺も帰ってすぐ寝たんだった。
自分の部屋を出てリビングに向かうと兄はソファで寝ている。
掛けてあげてた毛布は蹴って床に落ちていた。
「だらしないなぁ…」
そう言いながら俺は兄に毛布を掛け直す。
でも、そんなだらしない一面があるのも兄の魅力だと思った。
昨日はPTTもあって疲れてるだろうし、ゆっくりしてもらおう。
その思いで俺が朝食を用意しようと台所の方へ向かおうとしたその時だった。
家のチャイムが鳴った。
「はーい」
聞こえているかは分からないが、一応返事をして、玄関へと向かう。
昨日おそらく雑に脱いだのであろう散らばった靴を揃え、自分の靴を履いてドアを開けた。
開けた先に居たのは茶色いスーツを着た真面目そうな男性とその左右に体格の良い黒いスーツを着た男性が2人立っていた。
「神崎さんのお宅ですね?」
茶色いスーツの男性は俺にそう尋ねた。
「えっと…そうですけど…」
「秀人さんは今どちらに?」
兄に用事がある、そしてこの異様な雰囲気、間違いなくPTT関連の話だろう。
俺はそう察した。
「中で寝てますよ」
「上がってもよろしいですか?」
「どうぞ」
怪しい人ではない。そう分かるようなその風貌に俺は迷うこと無く彼等を家の中へと招き入れた。
リビングに来て彼等は黙って兄を見ていた。
「どうだぁ…凄いだろぉ…」
呑気に腹を出して寝ている兄は寝言でそう言っていた。
「・・・」
茶色いスーツの男は黙って俺の方に振り向く。彼の言いたい事は一瞬で分かった。
『こんな人が大会の優勝者なのか?』恐らく彼の頭にはこの疑問しか無いだろう。
正直この光景だけを見ると俺もこんな兄が優勝者だとは思えない。
だが、昨日の戦いは目を閉じると自然と頭に浮かんでくるほど鮮明に覚えている。
「兄さん起きて」
俺がそう言って身体を揺らすと兄は目を開けた。
目を開けた瞬間の兄の反応は正しく優勝者としての威厳を表した。
知らない人が居ると気付いた瞬間、すぐに警戒して顔をしかめた。
その表情に驚いたのか茶色いスーツの男は少し震えた声で言った。
「秀人さんですね?」
「あぁ…そうだけど?ってかあんた達誰だよ?」
「申し訳ないですが、立場上名前を名乗れないものでしてね… 一言で言うならば君達の言う『偉い人』ですかね?」
彼は少し笑ってそう答えた。
それに対して兄も笑いながら言葉を返した。
「あんたが一般人じゃないのは見りゃ分かるさ」
「それなら話は早い」
彼はそう言うと兄に向かって手を伸ばした。
何をするのかと気になったが、すぐに気付いた。
ただ握手を求めているだけだと。
「国の為に戦ってもらえますね?もちろん拒否権は無いですが」
兄は呆れたように彼の手をとり、
「断るわけねぇだろ?戦いたくて出たんだからよ」
そう言って立ち上がった。
兄は荷物を適当にケースにまとめ、そのケースを持った。
「これから一人になるけど、大丈夫か?」
兄は振り向いてそう言った。
正直、兄が居ないといろんな事が不安になりそうだった。
だが、俺ももう自立するような歳だ。
兄を精一杯送り出すのが今の俺がすべき事だろう。
「兄さんよりしっかりしてるから大丈夫だよ」
「そうかそうか、まぁ帰って来れそうな時は帰って来るからよ。頑張れよ」
兄はそう言ってスーツの男達と共に外へ向かった。
俺は兄の一言にまるで母親に捨てられたような感覚になっていた。
でも、ここで止めたりでもしたら兄に申し訳ない。
そして、自分のためにもならない。そう思ったから俺は無言で兄を見送った。
その日の夕食は慣れない孤独な食事だった。
一人でご飯を食べる事なんてあまり無かったな。
いつもは兄と他愛の無い会話をしながら食べていたけど、その会話も今じゃ大切な物だったんだと思う。
だが、今そんな事を考えていてもどうしようもないな。
そう気付いて俺は何も考えない事にした。
それから毎日、寂しい日が続いて兄が帰って来るのが段々と楽しみになってきていた。
しかし、1週間くらい経った時、知らない番号から電話が来た。
俺は一瞬、兄から帰ってこれるという電話じゃないのかと期待した。
だが、その期待は簡単に裏切られた。
電話を掛けて来たのは恐らくあの時来た茶色いスーツを着ていた人の声だった。
「神崎さんのお宅ですね?」
「はい、そうです」
「非常に申し上げにくいんですが…秀人さんは戦争で…」
俺はそこまで言われて、寒気がした。
「え…? 本当ですか…?」
「・・・」
相手の無言は肯定だと俺は思った。
信じられない…兄が負けるなんて…
「兄が負ける訳…無いじゃないですか…」
俺は悔しくて涙が零れ落ちそうだったが、それを堪えてそう言った。
「確かに秀人さんは凄かった…だが、世界にはもっと凄い人も居る…」
そう言われて俺は納得せざるを得なかった。
スポーツだってそうだ。日本一は凄いが、その上には世界一がある。
兄は更に上と戦ったんだ…そう思うと兄が負ける事もあるのかもしれない…
「秀人さんはこの国を守るために戦ったんです。誇りを持ってください」
そう彼に言われて俺は悔しくなっていた。何も出来なかった自分が。
そして同時に恥ずかしくもなった。こんな平和に過ごしてるという事が。
俺は兄の為にこれからする行動は一つになっていた。
「これより第2回Proficiency Test Tornamentを開催します!」
俺はその声と共にハーフマスクとゴーグルを着け、黒いドアの前に立った。
国の為にも、この大会で勝って戦争に出る。
そして、兄の為にもこの戦争を終わらせる…!
次回は習汰が出場する第2回PTTです