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登先輩と、怪談  作者: 鴨野朗須斗
先輩とファーストフード
9/9

閑話 登朝人の1日

 登朝人の朝は早い。

 日が昇る頃に自然と目が覚め、身支度をして朝食へと向かう。夜にはすぐに自室へ向かうため、彼の母親からはまるで老人のようだと揶揄されていた。もっとも朝人は日付が変わるまで机に向かっているため、老人程健康的な日常を送っている訳ではない。

 昨日は遅くまで論文を読んでいたので少し眠気が取れないが、そんなことを感じさせない表情で食卓へと着く。味噌汁に主菜、副菜までついたいつも通りの朝食を無言で口へと運ぶ。そんな朝人を見ながら母親は「朝から名前に似合わず辛気臭い顔ねぇ」と彼の弁当の準備を続けていた。

 自分の名前はおそらく、自分には似合わないのだろうと朝人は自覚していた。


 会話がないまま食事を続けていると、朝人の弟の浩一(こういち)が寝ぼけ眼で起きてくる。



「はよ」

「おはよう」



 こちらを一瞥して母に挨拶をすると、朝人の隣へと腰を下ろす。兄弟の間に会話は少ないが、仲が悪い訳ではない。といっても、表立っていがみ合うということはしないだけで、朝人は弟に特にこれといった感情を抱いていなかったし、浩一も変人の兄と一緒の学校を避ける程度には嫌っていた。


 浩一から見れば、兄の朝人は変人以外の何者でもなかった。

 和を以て貴しとなすが信条の事なかれ主義である浩一とは正反対の生き物だ。兄を一言で言い表すなら自分勝手、だろう。不愛想だし、自分のやりたいことしかしない。浩一が相手を慮り神経をすり減らす中で、同じ腹から生まれた兄が異質に見えた。


 兄の奇行は2学年下の浩一にもよく聞こえてきた。義務教育の頃は部員でもないのに囲碁部に入りびたりルールを覚えたかと思うと、自室でパソコンのAIと連日連夜対戦していた。ただ碁の腕を高めるだけならば不思議はないが兄はまったく同じ手を繰り返したりと、幼い浩一からしても不思議な行動を繰り返していた。当時は兄弟の間の溝も今ほど深くなく、浩一は兄に何をしているのか尋ねた覚えがある。

 その問に対しての兄の返答はこうだ。プロの棋士が将来AIに負けるようになると聞いたので、調べてみたくなった、と。

 その後兄はAIのある一定のアルゴリズムがわかってきたらしく、AIへの勝率が8割を超えると次はプログラミングを勉強していたが、インターネットに接続していない囲碁ソフトは現状以上の学習を行わないため研究には不向きと判断したらしく、兄のパソコンからソフトはアンインストールされていた。その後ネット上の囲碁ソフトが兄によって研究されたかは、浩一は知らないし知る必要もないと思っていた。

 兄は変人。ただそれだけわかればいい。

 その変人は最近は心霊学だとか超心理学だとか、胡散臭い書物を読み漁っているようだ。幽霊だの妖怪だのまったく信じていない浩一としては、また兄の奇行が増えたな程度の認識だった。



「ごちそうさまでした」



 朝人が朝食を終えるが席を立つことはしない。浩一が食卓に着くまで食べ始めようとはせず、また食べ終わるまで律儀に席を立つことはなかった。なんでも朝人曰く、他者の食事中に席を立つ行為は礼儀として間違っているらしい。そういったことに妙にこだわるくせに、コミュニケーションに関してはまったく頓着しない兄が浩一には嫌だった。

 弟のことなど気にも留めず無視してくれればこちらも嫌いになりきれるのに、と。





 朝人が身支度を整え家を出る。彼の通う学校まではバスで10分ほどだが、朝人は余裕を持って始業30分前には家を出るようにしていた。

 朝人の住む市は左程大きくないながらも、市民によって5つの区に分類されていた。朝人の通う学校やビル、繁華街などが密集する中央区と、公園や児童館などの市の施設が多い東区、住宅街である西区と北区だ。北区は山間にあり、中央区に寄る形で住宅が密集している。彼の住む南区は小高い丘の上に住宅地が集まっており、その周りにはレジャースポットが点在していた。

 時間通りに来るバスに乗り込むと、朝人は他の客の邪魔にならないように気を付けながら読みかけの本を開く。本のタイトルは傍から見ると胡散臭いものだが、彼は気にせずに読書を続けた。


 学校へと着くと教室には既に数人の生徒が見えた。机に腰かけ友人と話す者、教科書を開いて勉強している者、机に突っ伏して寝ている者と様々だ。朝人は気にせず自分の席に座ると、読んでいた本を開く。しばらくページをめくっていると、いつものように邪魔が入る。朝人の友人である、筑波智(つくばとも)だ。



「おっはよー」

「おはよう」

「まーった朝から小難しい顔しながら小難しい本読んじゃって……超心理学? なにそれ? 心理テストでもしてくれんの?」

「お前の言う心理テストは一般的に分類すると統計学のひとつだ」

「ふーん、まあよくわかんない本はしまちゃって、オレとお話ししましょーよ」



 朝人と智にクラスメイトがちらほらと視線を向けている。かたや学年1の偏屈、そしてもう一方は留年までした不良。智の不良というイメージは彼が社交的に振る舞うことで払拭されてきたが、クラスで浮いている人物が話していると、嫌でも視線を集めてしまう。

 特に朝人は外見が悪くないため、1年の頃は顔に釣られて玉砕した女子も存在する。朝人に話しかける人間は稀だが、今でも「もう少し性格がまともならば」と思う女子もいるらしい。


 朝人が智との会話に適当に相槌を打っていると、彼に話しかける希少な人物の一人である藤谷(とうや)加奈子(かなこ)が登校してくる。寝坊したのか、いつもは2つに結っている髪をそのままにこちらへと駆けてきた。



「おはよーございます」

「おはよー」

「おはよう」

「あのさ登くん! 昨日あの家に行ってきたんだけど……」



 加奈子はオカルト研究会のメンバーと週末、あの青い壁の家へと行ってきたらしい。立ち上がれないくらい憔悴していたのに元気なことだ、と朝人は心の中で独り言ちる。



「でもさ、なーんにも起きなかった!」

「……そうか、残念だったな」

「うーん、残念なようなほっとしたような?」



 智は事情を知らないので不思議そうな顔をしていたが、加奈子が肝試しのことを説明すると目を輝かせていた。今度オカ研が散策するときに、智も参加したいと言う。智がこういったことに興味があることを、朝人は初めて知った。

 その後は智と加奈子で話が盛り上がっていたが、ホームルームを知らせる鐘と共に教師が入室して来てお互い自分の席へと戻っていった。


 朝人にとって授業は退屈なものだった。

 自分が興味のあることだけを学んで行きたかったが、両親に金を出してもらっている手前サボって留年などしたら目も当てられない。バイトをしすぎて留年した事例がいるので、必要最低限の出席日数は確保しておこうと反面教師に目を向けた。その反面教師は教科書を立ててスマホをいじっていたが。

 教師の講義を聞き流しつつ、ノートだけは取っておく。最近の出来事に、新しく読んだ参考書の事例を絡めながら思考に没頭していると、いつの間にか授業は終わっていた。自由時間が減るため補習だけは避けたいが、朝人の学力ならばテスト前に詰め込めばなんとかなる程度だった。たまにヤマを外してしまうこともあったが、そんなことは朝人は気にしていなかった。


 智とのランチ、面倒な体育の授業をやり過ごした放課後、朝人は慣れ親しんだ空き教室へと向かう。今日は愛佳(まなか)との実験の日だった。朝人にとっては、学校へ来る最大の目的でもある。

 埃をかぶった机を拭く。床を掃く。自らの実験のために使用している第2の部屋のようなものだ。教室よりも念入りに掃除していると、息を切らせた愛佳がドアを開き駆け込んできた。



「すみません、遅くなりました」

「問題ない。よく来てくれた」



 愛佳と過ごす時間は朝人にとって楽しいものだった。今まで生きてきた中で、ここまで興味を惹かれるものに出会えたことはなかったのだ。それを自分が観察し実験し、研究できる。こんなにうれしいことはない。

 それに愛佳の反応も悪くない。打てば響く、朝人の言葉に素直にコロコロと表情を変える少女を見ていて飽きることはなかった。この時間は自分の中で最も饒舌になると、朝人は知っていた。

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