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登先輩と、怪談  作者: 鴨野朗須斗
先輩とファーストフード
8/9

 ファーストフード店の制服を着た女性が柳眉を釣り上げながら私たちのテーブルへと来ると、のんびり続いていた談笑は終わった。サボりが見つかった筑波先輩が女性に引きずられて行ったあと、登先輩は静かに口を開く。



「あれが今回の噂の仕入先だ」

「うわさ、ですか?」



 このやり取りには覚えがあった。

 登先輩は実験の度にどこからともなく噂を仕入れてくる。どんな噂とは言わずもがな幽霊(あれ)が関わる噂だ。ただの息抜きだと思っていた外食は、実はいつもの実験に過ぎなかったのだと落ち込む。ここの支払いも登先輩持ちだったし、もしかしたら日頃の苦労をねぎらってくれるのかな、なんて思っていた私に謝ってほしい。



「……その噂は、私が聞くべきなんでしょうか」

「もちろんだ。実験の意味がないからな」



 がっくりと机にうなだれる私を無視して、登先輩は言葉を続ける。



「まあ今回はそんなにおどろおどろしい訳でもない。目撃情報もそんなに多くはないしな」

「じゃあ、今回は遭遇できないかもしれないんですね?」

「今までと違って人の目も多いから、期待はできない」



 そういわれほっと息を吐く。

 毎回登先輩の仕入れてくる噂は血まみれだったりこちらに害が及びそうなものが多かったのだ。たまには寿命が短くなりそうな噂は避けてもらいたい。むしろ恐ろしいものに首を突っ込みに行くのはやめたい。



「それで、何があるんですか?」

「人影を見たり物音を聞いたり……一番多いのは若い女性の目撃例だな」

「若い女性って、ただの利用客では?」

「トイレやスタッフルームに入るのを見るが、扉を開けても誰もいないというよくあるパターンだ。ついでに、そんな人影を見たりすると客足が伸びるらしい。飲食店のジンクスのひとつだな」



 登先輩曰く、飲食店に幽霊が出るという噂は多いらしい。その中でも、それを見ると店が繁盛したりと、一種の呼び水となっていると考えられるものもあるそうだ。



「まあ、それならあんまり怖くはないですね」

「だが、目撃例は多い。見たのもひとりじゃないしな。確実にここはいるぞ」



 人が集まるところには霊も集まる。ぐるりと店内を見回してみるが、盛り時を過ぎてはいるが繁華街の中の店舗のため学校帰りの学生や若い女性、休憩中のサラリーマンなど人はそれなりに多い。この中に人間ではない女性が混じっていたとしても、自分は気づかないだろう。無意識に唾を飲み込む。

 そんなときふと、登先輩がトレイを持って立ち上がった。



「もう少しここにいることになる。相田もグラスが空だろう、何がいい?」

「えっあー……自分で買うので、大丈夫です」

「付き合わせてるんだから俺に出させろ。それに相田には、周囲に何かおかしなことがないか観察してもらう必要がある」



 有無を言わせない態度に、素直に頷いておく。確かに毎月生活費にもゆとりがある訳でもないし、週末には遠出する余裕があるので不要な出費は避けたいのが本音だった。

 登先輩にドリンクを告げると彼はカウンターへと向かった。カウンターの中には筑波先輩がおり、彼と何か話しているようだ。そのまま視線を動かし、先輩に頼まれた観察(・ ・)を続ける。カウンターには登先輩と店員以外人気がない。

 私の座っている席はカウンターから死角にあり、少し身を乗り出すとあちらが見えるが、カウンター側からは客席の方まで足を運ばないと見えないだろう。逆に、この席からはテーブル席のほとんどが一望できる。すりガラスに隠された喫煙席はいまいちよく見えないが、人影くらいは確認できる。禁煙席では男子高校生のグループと若い女性の2人組など、数組が見えるが全員普通の人間のように見えた。

 おそらく幽霊が出たとしても、複数人ではないだろうしテーブルに座ってポテトを食べたりもしないだろう。どこからともなく現れて、いつの間にか消えているのが幽霊のセオリーだ。

 ここ数か月関わってきた恐ろしいもの達を思い出し鳥肌を立てていると、登先輩が戻ってきた。彼の持つトレイの上には、ドリンクが2つとサンデーが置かれている。



「先輩、甘いもの好きなんですね」



 そういえばさっきはシェイクを飲んでいたなと独り言ちる。そういうと登先輩はトレイを私の前に置いた。



「君のだ」

「えっ」

「嫌いか?」

「いえ、好きです! でも、いいんですか? 今日はなんだかおごってもらってばかりで……」

「気にするな。いつも付き合わせている詫びだ」

「ありがとうございます。いただきます」



 ありがたくサンデーをいただく。ハンバーガーやポテトを食べて腹は膨れていたが、甘いものは別腹だ。ソフトクリームの上に甘酸っぱい苺のソースがかけられているそれを、夢中で食べていく。普段デザートなどを食べる習慣があまりないので、久々の甘味に手が進み、あっという間に食べ終えた。

 そんな私の様子を眺めていた登先輩は、今度はストロベリーシェイクをすすっていた。シェイク縛りとは……アイスティーをストレートで飲んでいる私からすると、口の中が甘ったるくなりそうな組み合わせだ。





 雑談――主に登先輩が甘党かどうかだ。彼は頑なに頷かなかった――を交えながらそれから1時間程粘ってみたが、噂の幽霊らしきものは現れなかった。嬉しいような、ここまで粘ったのに残念なような気持ちを抱きながら帰路へと着く。



「いませんでしたね」



 登先輩との実験で空振りだったことは少ない。その場合は幽霊が出るまで、あるいは先輩が諦めるまでその場所に通うことになる。月曜もまた行くのかなあ、と肩を落としていると、登先輩は平たんな声で私の言葉を否定した。



「いたぞ」

「……え?」

「おそらく噂の霊は出たようだ。君も俺も、見てはいないがな」



 登先輩の話では、件の幽霊は私たちは目撃していないが、近くに座っていた女性の二人組が見ていたらしい。



「どうしてそんなことわかるんですか?」

「彼女たちはトイレに行きたいけどさっき入った人が出てこない、と言っていた」

「先輩聞き耳立ててたんですか? しかも人のトイレ事情を?」

「待て、人を変態みたいに言うな。観察の一環だ」

「いやーでも盗み聞ぎですよそれ、ちょっと引きます」



 登先輩から距離を取ると、珍しく彼が口をへの字に曲げる。



「そんなことはどうでもいい。その後トイレに行ってみたのだが」

「女子トイレにですか?」

「あの店は男女共用だ。それで、ドアをノックしたが返事がなかったので開けてみたが、無人だった」

「つまり彼女たちが見たのは幽霊だと?」

「俺が店内を見ていた限りトイレに立つのは男子高生のグループだけだったしな」



 登先輩が足を止める。私の家の前だ。



「えーっと、私たちが確認していないということはもう一度行くんですか?」

「いや、存在を確認できたので十分だ」



 幽霊を見に行った筈なのに、第三者が目撃したとはいえこれで実験完了だなんておかしな話だ。門の(かんぬき)を外しながら振り返る。



「見なくてもいいんですね」

「そうだな、別に俺たち自身が見る必要はない」

「……私、先輩が何したいのかよくわかりません」



 錆びた閂が音を立てながら閉まる。登先輩は私の家を見上げている。



「霊を見てもどうにか除霊しようとか、成仏させようとかしないですし」

「そんなこと、何の力もない素人にできる訳ないだろう」

「でも、私たちには見えます。だから、もしかしたら対話だってできるかもしれない」

「血まみれの霊を見たら君は逃げ出すだろう?」

「だって怖いですし。でも、その人の心残りがわかったら、取り除けるかもしれないじゃないですか」



 そうだ、あの家で見た子供だって、橋の下で佇んでいた女性だって、屋上にいるおじさんだって、何か理由があるからあそこに留まっているのかもしれないのだ。だったら私たちは物見遊山に彼らを見世物にして恐れるのではなく、見える(・ ・ ・)からこそ( ・ ・ ・ ・)何か行動(・ ・ ・ ・)を起こす( ・ ・ ・ ・)べきでは( ・ ・ ・ ・)ないのだ( ・ ・ ・ ・)ろうか( ・ ・ ・)



「除霊、成仏か。なるほど、それも興味深い」



 登先輩が笑う。



「まあ、できるだけやってみるさ」



 酷く楽しそうな笑みを浮かべながら、登先輩は振り返り立ち去った。

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