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登先輩が補習になったので昨日の活動は休みだった。
教科が国語だと聞いて納得してしまった。多分登先輩は「このときの登場人物の心情を選択せよ」みたいな問題で引っかかったに違いない。一見してインテリ眼鏡な先輩が補習だなんて、想像しただけでも笑ってしまう。
そんなこんなで予定から1日ずれた金曜日の午後、私と登先輩はファーストフード店の一席でひざを突き合わせていた。
「先輩もハンバーガーとか食べるんですね」
透明な炭酸飲料をすすりながら、ポテトをつまむ。目の前の登先輩は意外ながらもバニラシェイクを飲んでいた。
「生きてるからな。食事は必要だ」
「でもなんか、先輩はこういうチープなもの食べてる印象があまりないですね」
まあファーストフードの中でも少し高級な店なのが先輩らしいが。
「たまに来る」
「ひとりでですか?」
「……どうして君は俺を単独行動させたがる?」
「いえ、先輩がお友達と仲良くポテトつついてるいかにも青春みたいなイメージが沸かないので」
ふと窓際の席に視線を向けると、男子高校生のグループが楽しそうにしている。席を立った友人のドリンクにポテトを仕込んだりと、悪ふざけをしていた。登先輩があんな感じではしゃいでる情景がまったく想像できない。
「俺も友人と外出したりすることもある」
「へぇ、どこに?」
「こことか」
「ファーストフード店は寄り道ではあっても外出のメインにはならない気がします」
「カラオケとか」
ギョッとした。
まったく似合わない外出先だ。これならまだ深夜に墓場で墓石とパーティをしていると言われた方が納得できる。
「せ、先輩……歌えるんですか?」
「もちろんだ、歌える」
妙にきりっとした顔で登先輩が答えるので吹き出してしまった。笑いをこらえる私を見る先輩はいつもどうり無表情だ。
登先輩が感情を表すことはあまりない。目つきが鋭いため無表情でも不機嫌なように見えてしまうきらいがあるが、人嫌いだとか怒りっぽいと感じることはなかった。おそらく登先輩は、あまり人間には興味がないのだろう。
他者からの評価を気にしないがゆえに自分のしたいことしかしないのだが、性根は善人なのだろう、会話を無視したりそのよく回る口で一方的に丸め込んだりしないので好感が持てる。なんだかんだで登先輩が嫌いになれない人物なので、私も毎度彼の実験に付き合ってしまっている。
「おぁあさと!」
私の思考を中断するように、ひとりの青年がうろたえながらテーブルにトレイを置く。ガン、と大きな音がして周りの注目を集めてしまったがそんなことは気づいていないのか彼は登先輩に詰め寄った。
「お前! 彼女か!? 彼女ができたのか!??」
ブリーチした茶髪にたくさんのピアス。ファーストフード店の制服を着た彼はどうやら登先輩の知り合いらしい。人目が集まることを気にせず登先輩の胸倉をつかんでゆすっている。
「何でオレに教えなかった! 同級生……じゃないよな。後輩か? 後輩とデキてるのかっ!?」
「やめろ」
登先輩が鬱陶しそうに青年の肩を掴む。珍しく怒っているようだ。
そんなことは気にせずに、茶髪の青年は音が出そうな勢いでこちらを振り向いた。
「ねぇ、うちの生徒だよね? 何年? 朝人とはいつから?」
「えっあの……」
「朝人は悪い奴じゃないからさぁ、これからもよろしくねっ! あ、オレ筑波智! こいつとはクラスメイトで……」
「筑波、いいから黙れ」
□
筑波と名乗った青年は私の隣でチキンナゲットを頬張っている。バイト中なのだがこんなに堂々とさぼっていて大丈夫なのだろうか。私たちの席を通り過ぎる利用者が、店の制服を着ながらもくつろいでいる彼を見て、時折不思議そうな顔をしていた。確かに、店員が表へ出てサボっている姿など中々見れないだろう。
筑波先輩は登先輩のクラスメイトだが、2回目の3年生らしい。うちの学校で留年だなんて珍しいと思っていたらそれを察したのか、
「いやぁ、バイトしてたら学校行きそびれちゃって」
と、あっけらかんと笑っていた。あまり気にしてないらしい。
「それにしても朝人に仲のいい後輩がいて、さらに女の子とはねー。朝人がオレを置いて大人の階段上っちゃったかと思ったよ」
「見ての通りただの馬鹿だ。相手にしなくていい」
「馬鹿とは酷いなあ。オレ朝人より成績いいぜ?」
「お前は2回目だからだ」
「相田さん……あ、愛佳ちゃんって呼んでいい?」
「あ、はい」
「朝人はさあ、悪い奴じゃないんだよ。別にすっごい良い奴でもないけど。ただちょっと誤解されやすくてさ。仲良くしてくれて、ありがとね」
「いつからお前は俺の保護者になったんだ?」
登先輩がため息を吐く。
登先輩と真逆な筑波先輩は、とても社交的な人だ。あとなんというか少し、チャラい。この2人が友人関係というのも不思議な気がするが、登先輩くらい対人関係に消極的な人間はコミュニケーション能力が振り切れている人しか相手にならないのだろう。
「でもさ、カップルじゃないなら2人はどんな関係なんだよ? 親戚とか?」
筑波先輩にそう問われ、言葉に詰まる。私と登先輩は、簡単に言うと研究者とモルモットのような関係だと思っている。その間に知的関心意外の感情はないし、親愛の情も生まれていないだろう。登先輩が毎回私を家へと送り届けるのだって、実験を終えた研究者がモルモットをケージへと帰すようなものだ。
「知人だ」
ばっさりと、登先輩が言い切る。確かに私たちは血縁関係でもないし、友人といえる程親交を深めている訳ではないが、他人に知っているだけの人と言い切られるとひっかかるものがある。
「知人、ね。知り合いと放課後2人っきりで飯を食うなんて、朝人はいつからそんな社交的になったんだよ」
「そういわれても、他に表しようがない」
「えー、お前絶対なんか隠してるだろ」
「隠してない。筑波には言う必要がないだけだ」
「なんだよそれ。ま、別にいいけど」
案外あっさりと引いた筑波先輩は、今度はこちらへと標的を向けた。
「愛佳ちゃんってさ、何年生?」
「2年です」
「2年か、受験とかもなくて一番楽しい学年だよねー! 朝人のことはどう思ってんの?」
「どうって……変な先輩としか」
「確かにこいつ変だよね! パッと見頭良さそうなのに馬鹿だし。人当たり悪いのは見ての通りだけどさ」
さすがにそこまでは言っていない。
「なんかさ、朝人について聞きたいことない? こいつ自分からは話さないから、クラスでは謎の人扱いなんだぜ? しかもオレよりも知り合い少ないし」
「あーでも、登先輩は聞いたらちゃんと答えてくれますよ?」
「朝人にそこまで踏み込める人間がいないんだって。こいつ、会話を広げようとかいう心配りを知らないし」
口では登先輩をけなしているが、筑波先輩は登先輩と親しそうに見える。面倒臭そうにしている登先輩も、彼を追い払う訳でもなく黙って座っていた。