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登先輩と、怪談  作者: 鴨野朗須斗
先輩と青い家
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「私ね、帰って調べたの。あの時はびっくりしたし怖かったけど、見ちゃったものはしょうがないし。別に登くんを責めるつもりもないよ」

「それはよかった。俺も責められるようなことをしたつもりはないしな」

「でもさあ、家に帰って調べたら変なとこがあったの」



 そういって藤谷先輩はカバンからクリアファイルを取り出す。ファイルの中身は新聞記事のコピーのようだ。



「場所は分かってたから調べるのはそう難しくはなかったよ。平成6年7月16日の記事。ある家で殺人事件が起きましたってやつ。被害にあった男の子の写真も載ってる」



 そういって藤谷先輩は記事を指さすが、あの家で見たものと写真の中で笑う男の子はまったくの別ものに見えた。



「あの、先輩は怖くないんですか?」

「そりゃあ目の前にいたら怖いよ」

「今は?」

「うーん、だって今いないし。なんというか、ゴキブリ嫌いだけど、ゴキブリが目の前にいなかったら普通に退治方法とか話せるでしょ?そんな感じ」



 よくわからない。



「それに、あれだけはっきり見えたんだから、ついてきてるなら見えると思うし。だから! たぶん今はいない! それにあの子は追いかけてもこない! ね? そういうこと」



 おそらく藤谷は壁の血飛沫が消えたり現れたりした事も忘れてるんだろうな、と登先輩が私だけに聞こえる声で囁く。

 藤谷先輩はずいぶんと楽天家のようだが、あれがついてきてはいないという彼女の考えには私も賛成したい。



「でもさあ、この写真よく見てみて。玄関くらいしか映ってないけど。家の作り違わない?」



 記事には事件の起こった家を調べる警察官たちの姿が映っていたが、確かに玄関の作りが違う気がした。あの青い壁の家は白っぽい柵で覆われていたが、写真では生垣が映っている。それにわずかに見える壁も白かグレーのような色に見え、あの家の壁を白黒にしたとしてもこの色は薄すぎる気がした。



「気になってネットで調べてみたら、私たちみたいに肝試ししてる人たちもいたみたい。写真とか上げてる人もいたんだけど、多分私たちが行った家じゃないと思う」






「なんだったんですかね、あれ」



 腑に落ちないような藤谷先輩と田村くんの背中を見送って私は頭を抱えた。

 4人で盛大な間違いをした。でも間違った先で幽霊を見た。意味が分からない。



「というか、先輩この記事のこと知ってたんなら、あの家じゃないって知ってたんじゃないですか?」



 藤谷先輩の持ってきた記事と登先輩に見せられた記事は、大々的に乗せられた捜査中の写真が載っていないことを除けば同じものに見えた。むしろ、登先輩が家屋の写真を意図的に排除したとも考えられる。



「知ってたさ。あの家じゃないことも、ついでに藤谷の持ってきた写真の家がない事もな。更地があっただろ。あれが(くだん)の事件現場だ」

「じゃあどうしてわざわざ違う家に……」



 いや違う。どうして(・ ・ ・ ・)違う家なの(・ ・ ・ ・ ・)()あの男の子(・ ・ ・ ・ ・)は現れたの(・ ・ ・ ・ ・)()



「なんでだと思う?」



 私の思考を見透かしたように登先輩が問いかける。



「……例えば、家を失った子供が移動したとか」

「仮説としては考えられるな。だが自殺の名所や事故のあった現場には幽霊の話がつきものだ。何故そいつらは死んだ場所から移動しないのに、あの子供たちは我が物顔で他人の家に引っ越せるんだ?」

「心霊スポットに行ったら、憑いてくるともいうじゃないですか。幽霊だって移動することもあります」

「そうだな。だが、あの場合何故少し離れた程度の家に留まる必要がある。誰かに憑いて出たなら、その後も憑いていればいいんだ。それが誰かである必要もない。あの子供の父親は生きている。小さい子供なんだ、ずっと親に憑いて回ればいいさ」



 まるでくだらないとでも言いたいみたいな表情で登先輩は話を続ける。



「まあ、そんなことはどうだっていい。今回の実験の結果は明白だ。藤谷も田宮も幽霊を見た、それだけだ」

「どうでもよくないです! 先輩は不思議じゃないんですか? 何か理由があるかもしれないじゃないですか!」

「さあ、知らんな。そんなに知りたいなら本人にでも聞くといいさ」



 まだ明るい時間帯だったので、冷たい登先輩は空き教室に置いて帰った。





 1週間。震えるスマートフォンを無視した。友達と寄り道をして帰る放課後も随分と久しぶりな気がする。登先輩の実験に付き合わなければ怖いものと出会うことなどほぼないし、楽しい学生生活を満喫していた。

 実験のおかげか幽霊を見ても取り乱すことも減っていた。嬉しくない慣れだが、日常生活でびくびくせず済むのはいいことだ。遊び疲れた夜道だってあの経験を思えばスキップで通り過ぎれる。最近友達からは付き合いが悪いと言われていたし、思いっきり遊ぶぞ、と意気込んでいた。

 1週間。たった1週間だ。



「最悪です」

「まあそうカリカリするな。寿命が縮むらしいぞ」



 ホームルーム終わりを襲撃され、私はまたあの空き教室に登先輩と二人で机を挟んで向き合っていた。

 登先輩が2年の教室に私を名指しで迎えになんか来たばかりに、友人たちからは冷やかされた。登先輩が変人であることは関わった人間しか知らないらしく、顔だけ見れば知的な印象の美丈夫である。顔だけ見れば。

 色めき立った友人たちに、明日質問攻めされる未来は見えている。



「なんでわざわざ2年の教室まで来たんですか!」

「相田が逃げるからだろう」

「そりゃああんな経験したら逃げますよ! わかってます? 私は協力者、協力者なんですから。もっと自由が欲しいんです。正確に言うと拒否する自由が!」

「しただろう、拒否」

「ええ、1週間で終わりましたけどね」



 首回りの髪をシュシュでまとめながら吐き捨てる。梅雨ももう終わりといえ、蒸し暑くてかなわない。



「だいたい忘れてませんか? 私先輩に怒ってるんですけど」

「そのことだが、俺なりに相田が納得しそうな仮説を立てておいた」

「仮説ですか?」



 登先輩が眼鏡を磨きながら頷く。

 珍しい。おそらく、登先輩と関わるようになってから初めての彼からの歩み寄りだ。明日は雪でも降るかもしれない、と窓へと視線を向けるとバケツをひっくり返したような雨が降り注いでいた。



「あくまで仮説だがな」

「聞きたいです」



 机の上から身を乗り出すようにして話を急かす。



「あの場所は袋小路だった。覚えているな」

「え? ええ、そうですね」

「俗説だが、袋小路にはよくないものが溜まりやすいらしい。川の淀みに泥が溜まるようなものだ」

「そういうものなんですか? 初耳です」

「そういうものらしい。あくまで聞きかじりだがな。まあ一説として、あの子供たちはその淀みに引っかかっているかもしれない」

「それで?」

「袋小路全体が淀みだとして、外には出れないにしろその中は自由に移動できるかもしれないという仮定がひとつ」



 まあ確かにそう言われればそうなのかもしれない、けれどいまいち押しが弱い先輩らしくない仮説だ。悩むように口を閉じ頬杖をつくと、先輩が磨いていた眼鏡を顔に戻す。



「あとは……そうだな、心情に寄り添った仮説もある。子供たちは生前幸せに過ごしていた。就学前の子供と小学生だったら、家で過ごす時間も長いだろう。霊は執着から現世に残るという説を支持したとして、子供たちの執着が幸せな時間を長く過ごした家だとしたら、あの場所に残っていることも説明がつくと思わないか」

「でも、それだったら別の家にいる必要はないですよね」

「執着していたものはもう形を残してはいないからな」

「うーん、いまいち弱い仮説ですね。先輩、意外と想像力が乏しいんですね」



 はは、と先輩が声を出して笑う。



「君に勝る想像力を持つ人間なんて中々いないさ」

「え? そうでしょうか?」

「じゃあ、相田だったらどう考える? 子供が違う家にいた理由を」

「そうですね、あの家には子供用の自転車がありました。多分同世代の子供でもいたんじゃないでしょうか。お友達とか」

「それで?」

「家に帰りたいけど、家がない。だから、あの子たちはお友達の家で、お父さんが迎えに来てくれるのを待ってるんですよ」

「なるほど、それはいい」

「はい。家を移ってまで殺されてるときのことを繰り返しているよりも、そっちの方がずっといいと思いませんか」



 私の言っていることは綺麗事だ。父の帰りを待つならば、あの絨毯の部屋で遊びながら待てばいいのだ。2階で血をまき散らしながらどたばた暴れる必要も、浴室でもがく必要もない。

 でも、私はあの場所へは2度と行かないし、行ったとしても多分真実は確かめようがない。だから耳障りのいい妄想を組み立てて、血の跡を洗い流そうとする。登先輩も起こった出来事に目を向けようとはしない私を無視して、軽口に乗ってきてくれる。傍若無人だが意外と空気は読んでくれる人だ。

 怖いことは嫌だけど、雨が弱まるまでしかたないので先輩の実験に付き合ってあげてもいいだろう。

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