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登先輩と、怪談  作者: 鴨野朗須斗
先輩と青い家
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 目的地に着いた頃には日は随分と陰っていた。明りがなくとも探索はできそうだが、室内は暗そうだ。こんな時間を確か黄昏時と呼ぶんだったなと、頭の中に浮かんだ。登先輩と関わるようになって知った雑学だ。

 誰そ彼時は人の顔の区別が付きづらい暗さの時間で、あなたは誰ですかと尋ねる頃合いを呼ぶらしい。心霊学的にはあちらとこちらが入り混じる時間で、「あなたは誰ですか」と尋ねた相手が人であるとは限らないと登先輩は笑っていた。

 つまり、いわくつき物件を散策するにはもってこいの時間帯なんだろう。帰りたい。



「意外ときれいだね」



 藤谷先輩が青い壁の家を見上げてぽつりと声を漏らした。

 袋小路にはかつて5件の家が建っていたらしいが、老朽化に伴い1件は解体されている。

 右手側に1件、左手側に2件、そして袋小路の奥に1件規則正しくならんだ民家は、どこも明りが灯っていない。空き家なので当然なのだが。

 都心から外れているため土地代が安かったのか、大きく立派な家ばかりだ。そのままは厳しいかもしれないが、少し手を入れれば住めそうである。それなのに一切人の気配がしない民家は、とても気持ち悪く感じた。


 件の家は袋小路の左手側の一番手前にあった。濃い青の壁に白のラインが入っている洋風建築の家だ。2階建てで正面から見えるバルコニーには物干し竿が下がっている。白い屋根は少しすすけているが建築者の趣味の良さを感じさせられる。普段なら洒落た色合いだと感じる組み合わせだが、このときばかりは寒々しさを連想させた。



「こっちだ」



 下調べをしてきたのか登先輩が家の裏手へと誘導する。裏には小さな庭があった。昔はきれいに手入れされていたのだろうが、今は家に面したウッドデッキまで浸食する荒れ果てた草むらになっている。

 草むらの中に、小さな子供用の自転車を見つけたが、誰かに知らせる気はしなかった。


 登先輩がウッドデッキに面する大きなガラス戸に手をかけると、それはいとも簡単に開いた。ここが探索者の出入り口らしい。

 室内はさすがに薄暗いので、藤谷先輩が背負っていたバックパックから懐中電灯を取り出し、明かりをつける。LEDの光に照らされた室内はガランとしていた。家具は残っていないが、対面式のキッチンが見えたので、おそらくここはリビングなのだろう。長年の放置によって埃はたまっていたが、心霊スポットの割には荒らされている様子もないし、かつての惨劇の名残もない。

 妻はリビングで死んでいたと聞いていたので、想像していた血まみれの部屋ではなかったことにほっと息を吐いた。



「この家の霊の目撃情報は1階の浴室と2階だ。どちらから行きたい?」

「……とりあえず、メインは後回しにして1階から散策しない?」

「わかった」



 まずはリビングとキッチンの散策だ。といっても家具もないのでほとんど探すような場所はないが、登先輩はキッチンの備え付けの棚を無言で開けて中を確かめていた。藤谷先輩は部屋の写真を撮り、田宮くんはその後ろに備えている。

 

 この部屋には何もないことがわかったので、廊下に出て次の部屋へと進んだ。1階には3部屋あり、夫婦の寝室らしき小さな部屋と、一面に絨毯が張ってある部屋があった。おそらく後者は子供の遊び部屋なのだろう。

 絨毯の部屋の散策が終わると、登先輩が静かに口を開いた。



「この家では3人死んでいる」



 誰も何も答えない。

 構わず登先輩が続ける。



「2階では7歳の少年だ。随分逃げ回ったらしい。階段まで血まみれだったそうだ」



 ゴトリと、何か音がした気がした。私だけに聞こえた訳ではないらしい、藤谷先輩も田宮くんもドアの方へと振り返っている。



「気のせい、よね?」

「さあな」



 皆緊張しているのか、田宮くんどころか藤谷先輩まで言葉を飲み込んでいた。

 登先輩は相変わらず涼しい顔をしている。



「2階に行く」



 そういって登先輩がドアを開くと、丁度2階へと続く階段が目に入る。さっき廊下を通るときに確認したら何もなかった。何もなかった筈なのに、階段の壁に、赤い子供の手形が――



「きゃああああああっ」



 藤谷先輩が悲鳴を上げながらしゃがみこんだ。それを倒れこまないように田宮くんが後ろから抱きかかえる。藤谷先輩は嗚咽のように血が、手形が、と繰り返す。

 田宮くんは何も見てないのか、困惑した表情で藤谷先輩をなだめていた。



「どうした!」

「総くん! 見てないの? 壁に、て……っ手形がっ」

「落ち着け、何もない」

「ああ、何もないな」



 登先輩が楽しそうに答えた。彼の視線を追うと、階段の壁は日に焼けて黄ばんだクリーム色のままだった。赤なんてまったく見えない。



「え? うそぉ……? だって、さっき……」



 藤谷先輩が困惑しながら立ち上がる。恐る恐るドアに近づいて階段を見上げるが、藤谷先輩の目にも何も映らないようで、目を何度も瞬かせていた。田宮くんは彼女を落ち着かせるように背中をさすりながら返す。



「何もない。多分見間違いだ」

「う、うん。ないね……なんで?」

「俺は見てないからわからない」

「わたしだけ、私だけに見えたの? 見間違い?」

「ああ、多分そうだ」



 ここで私も見た気がする、というと藤谷先輩は更にパニックになるだろうから言葉は飲み込んだ。本当は私も叫びだしそうなくらい怖かったが、自分よりも怖がっている人がいると人は落ち着くらしい。取り乱さずに済んだ。

 それに最近は登先輩の実験のおかげか「まあ手形は何もしないし」と頭の隅で思ってしまったくらいだ。うれしくない成長である。



「帰るか?」

「ううん、大丈夫。ようやくオカ研らしくなってきたし。……誰も見てないなら、幽霊の正体見たり枯れ尾花って奴かもだしね」



 そういう藤谷先輩の笑顔は引きつっていた。

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