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登先輩と、怪談  作者: 鴨野朗須斗
先輩と青い家
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 昇朝人( のぼりあさと)。こんな爽やかな名前の先輩だが、名は体を表さないらしい。この男はあの日から靴の裏に張り付いたガムみたいな粘着さで私に付きまとっている。



「粘着質とは随分な評価だな。俺は純然たる知的探究心に従っただけのこと」

「別にこれを解明したところで、昇先輩にメリットはなさそうですけど」

「俺の好奇心が満たされる」

「その前に私の恐怖心が飽和してるんですけど」



 輩の実験に付き合い始めてもう1か月程になる。もう何度もこうして放課後空き教室に集まり、実験の予定を立て、実行しているのだ。


 この教室も最初は随分と長い間使われていなかったのか、長机とパイプ椅子数脚がすっかりほこりにまみれていた。だが、今では几帳面な先輩の手によって新品同然に――とはいかないが、使用するのをためらわない程度には磨かれている。

 その椅子に腰掛けひとつ、長い溜め息を吐く。


 ひと月前のあの日、私とあれ――便宜上幽霊と仮定している――の邂逅に、昇先輩が居合わせたのが私にとっての不幸の始まりだった。


 放課後、黄昏時。屋上へと続く階段で、ふと考えてしまった七不思議。踊り場の鏡から手が伸びる、なんて子供だましみたいなうわさを思い出してしまったから。

 わっと鏡から出てきて私の腕を掴んだ白い手とにらめっこしていると、屋上のドアが開き先輩が姿を見せた。先輩が視線を向けると幽霊は消えてしまったが、代わりに彼の過剰なる好奇心が産まれてしまったようだ。

 その後は先輩が満足するまで私や鏡を調べ上げられ、種も仕掛けもないことを確認して解放されるまでに、日がどっぷりと暮れてしまっていた。



「しかし、あれを初めて見た時は心躍ったが、こう頻繁に目撃してしまうと新鮮味が欠けるな」

「……私だって、こんな短期間でこんなに多くの怪談と袖振り合ったのは初めてです」

「以前よりも遭遇率は上がったか?」

「そもそもエンカウントしそうな場所は避けてましたし、会おうと思って行動してませんでしたしね」

「逆に考えるならば、お前の幽霊とは会おうと思えば会えるようだな」



 昇先輩がノートを開きながら呟く。

 確かに、先輩と私が“ 実験”を始めてから1か月。両手で数えられない程の試行回数に対し、幽霊との邂逅率は7割をほこった。先輩いわく、様々な状況を誂えて実験を行っているらしいが、私からしてみればただの心霊スポット巡りだ。怖いところへと行って、怖い思いをするだけの毎日。ひと月で2キロ痩せた。



「それで、何かわかりましたか?」

「そもそもわかっていることが少なかったからな。先月と比較すれば情報が増えてはいるが、未だ解明には至らない」

「先輩、頭良いんですよね? ぱぱっと、推理できたりしないんですか?」

「お前も眼鏡は頭が良いと思っている口か? 俺の成績は精々上の下、それにこういった超自然現象については専門外だ」

「そんなあ……」

「ただの学生に何ができるというんだ。少なくとも現段階でお前の能力の証明は実証されている。明確な成果を求めるのなら、専門機関に頼むんだな」



 専門機関、そう言われても尻込みしてしまう。だってそんな胡散臭い所で私のプライバシーが守られる保証も、お腹が切り開かれない保証も、まともに人間扱いされる保証もなさそうだから。



「傍からみたら頭がおかしいみたいじゃないですか。他の人に話したところで、精神病院に入れられて終わりですよ!」

「俺も同じものを見ているんだがな」

「じゃあ先輩も一緒に入院しましょうか」



 それはお断りしたい、と彼はノートに何かを書き込んだ。このノートは私についての色んなことが書かれているらしいが、先輩は一度もこれを見せてくれたことはなかった。先輩は、観察日誌だ、なんて言うから内容がより気になる。



「わかっていることを整理しよう。まず、幽霊は俺にも見える。他の人物が目撃したことは?」

「子供の頃両親は一緒に見てたみたいですけど、それ以外はちょっと……」

「遺伝の可能性も考えられるな」

「親からはそんなこと聞いてないんですけど……」

「あくまで可能性の一つだ、深く考えるな」

「はあ」

「後は、俗にいう霊能力を持つ人間といると幽霊が見える、という説だ」

「そんなことも有り得るんですね」

「割りと一般的な噂だ。俗説になる程度の発生頻度ならば、嘘ではないという可能性はある」

「可能性可能性……人生って可能性に満ち溢れているんですねぇ」



 鼻で笑い飛ばす。可能性があるが信憑性は薄い。自分の身に降りかかる現象の原因が、確実にこれであるという証明が欲しいと思ってしまう私は我がままではない筈だ。

 私の嘲笑に気付いたのか先輩が柳眉を顰める。



「そんなものは言い方ひとつだ。お前の夕食がカレーである可能性もあるし、ハンバーグである可能性もある」

「今日の夕食は何だっていいですが、今すぐ私が帰れる可能性はありますか?」



 時計に視線を向けるともう6時を回っていた。外はどっぷりと日が暮れている。先輩もようやくそのことに気付いたのか、素直にノートを閉じた。







 この1か月でわかったことはいくつかある。


 先輩は顔のつくりがいい割にはモテないこと。

 先輩は頭は良いがそれが自分の興味のあることにしか発揮されないこと。

 先輩は几帳面で真面目なこと。

 先輩がモテないのは愛想がないかららしいこと。

 先輩はただの興味本位で私の特質を調べてはいるが、今まで幽霊なんていないと思っていたこと。

 先輩は実験に関しては強引で我を通すが、その他においては見た目よりも気配りができる人間だったこと。


 このくだらない箇条書きが私の1か月の成果である。


 実験の後、日が暮れると先輩は私を家まで送ってくれる。最初は断っていたが、嫁入り前の娘が日暮れに一人歩きなど、と戦前のような説教を何度もされたので今は拒否の言葉は告げないようにしている。その嫁入り前の娘を日暮れまで連れ回しているのは先輩自身なのだが、そこには突っ込まないでおいてやるのが私の優しさだ。

 


「どうかしたか?」

「いえ、何も」



 視線を感じたのか、先輩は私を一瞥したが返事を返すとすぐに目線を道の先へと戻した。

 こういった所が愛想がないと言われる所以だろう。普通男女二人で帰路へと着いていたら、楽しい会話なりストロベリーな会話なりが繰り広げられる筈なのだ。いや、別に先輩からストロベリーな会話を振られても困るけど。むしろストロベリーな会話ってなんだ。

 まあ兎に角、世間話くらいはしたっていいんじゃないかと思うが、先輩は自分からあまり話を振らないし、話を早急に終わらせる嫌いがある。

 例えば――



「先輩って何座いつですか」

「射手座だ」



 これで会話終了である。話し上手な人ならば「君は?」と尋ねて会話を広げる物である。しかし先輩にはそれがない。自分の興味のあることならば聞いてもいないのに饒舌に話し始めるのに、私との世話話はすぐに終わらせる。先輩は私を取り巻くおかしな事象には興味はあるが、私自身には欠片も関心がないらしい。

 自分の思考に少しだけ落ち込むと、慣れ親しんだ我が家が見えてくる。



「では先輩、送っていただいてありがとうございました」

「ああ、問題ない。明日も頼む」

「えー、明日もやるんですか?」

「都合が悪いか?」

「……別に大丈夫ですけど」



 何度か繰り返したやり取りに、ため息を吐きながら了承する。明日もまたやるのか、とげんなりしながらも少し建付けの悪くなった玄関の扉を押した。



「ただいま」





 朝人は明かりの灯(・ ・ ・ ・ ・)っていない(・ ・ ・ ・ ・)()へと帰る後輩の後姿を見送り、携帯電話を開いた。今時の学生が持つには少ない二つ折りの携帯のディスプレイには19:27と表示されている。

 随分付き合わせてしまったと心の中で独り言ち、彼は来た道を引き返し始めた。


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