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憎し、今は愛しき者たちを。  作者:
そして大陸大戦へ
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6 ルシアナ城攻城戦

 ルシアナの城は堅固だ。それは首都同様にこの地の環境の為でもあったが、他にも理由があった。

 ルシアナ城はニキア将軍が帝国の建国を宣言した際に、古びた城を整備し直したものであったのだ。アスラン軍部時代、各地の内乱を制圧してきた百戦錬磨のニキアが直々に指示して整備した城──それはこの時の為であったのかと考えたくなる程に堅牢なものだった。

 だがこの兵差、そして大陸にはルシアナに援軍を寄越すような者など居ない。たとえどんな要塞であったとしても、最期は見えている筈だ。それでも彼らが降伏しないのは、ひとえに彼らの矜持故であった。

 だから王国軍も覚悟を決めねばならなかった。たとえ酷烈な戦であったと後に語られようと、彼らの矜持に応える事を。

 がらがらと音を立てて、城門に向かって運ばれてゆくのは破城槌はじょうついや投石機といった大型の重機だった。それが早々に使われるという事は即ち、王国軍は正面突破による短期決戦を目論んでいるという事だ。

 降伏する気のない敵にそれをすれば、凄惨な戦になろう事は分かっていた。だがこの正面突破こそが、ルシアナの矜持に対する王国軍の応えであったのだ。


 もう春も半ばだというのに、何故か白いものが空に舞いだした。ちらちらと城郭を取り囲む兵たちに降り注ぎ、その熱気ですぐに身を溶かす。寒さに弱い王国軍の者たちは皆しきりに空を見上げ、眉をひそめていた。

 だがイリスは降る雪に何故か心を揺さぶられた。ただ僅かでも、ルシアナの地で過ごしたからかも知れない。ルシアナを象徴する雪が、国を亡ぼす日に降るのは因果な事に思えたのだ。頬を濡らす雪を指先で掬い、イリスは感傷を頭を振って追い出した。今は情緒に浸る時ではなかった。


 前を見遣れば、水堀の上で城門に向かって構えられた破城槌が見えた。堀に掛けられた急拵えの橋の上で、丸太がぎりぎりと音を立てて上げられる。そしてそれが振り下ろされた瞬間、イリスには時が弛緩した様に感じられた。

 脳髄に響く、破城槌の音。それを皮切りに発射されるのは投石機。弓矢でも鉄砲でもない重機ならではの轟音が、堅固にそびえ立つルシアナ城を包む。がらがらと、ニキア将軍の支配をあらわす古城がその身を削っていった。

 城郭からルシアナ兵に依る矢が射かけられる。それは重機には傷を与えられぬものの、それを操る兵へと降り注ぐ。だが数に勝る王国軍が攻め手を緩める筈もなかった。

 一際大きな音を立てて、城門の一部が破れる。投石で崩れた石造りの門をくぐり、ぐしゃぐしゃに歪んだ鉄柵を抜け、王国軍が城郭内への侵入を果たした。

 一番乗りが鬨の声を上げ武器を構えたのがイリスからも見えた。イリスもまた早い段階での侵入を果たしていたのだ。だがイリスの目前でその兵が横っ飛びに吹っ飛ぶ。

 ガチガチと続く金属音に、鉄砲での襲撃があったと知る。城に続く道を立ち塞がる様に並ぶのは数多くのルシアナ鉄砲隊だ。昔リヴが言っていた、ルシアナで鉄砲を扱うのは精鋭ばかりだと。その名に恥じぬ程のルシアナの鉄砲は、侵入する王国兵を打ち倒していた。


「下がれ!」

 イリスが声を上げると、イリスに付き従っていた個隊がぴたりと足を止める。その動きは俊敏で意志の統率がしっかりと成されていた。

 此度の戦でイリスは再び隊を率いていた。ジャンナトの戦──同郷の士シンを亡くした以来の事だった。あの時と違い、今イリスと動きを共にしている兵はイリスを見る目に確かな信頼を宿している。

 振り返って兵らのその目を見遣ったイリスは一度だけ頷いて見せた。守るべき部下をいたずらに突っ込ませて命を奪わせはしない、小さな所作で個隊の兵らもイリスの意図を理解する。その時だ。


 空気を震わせるのは数多くの鉄砲の音。だがその音は先程まで聞こえていたものよりも若干高く響く。そして号令をかける野太い声は、イリスも良く知るものだった。

 じりじりと少しずつ前進しながら二段で鉄砲を構えて、鉄砲隊は足を止めるイリスらの横を過ぎてゆく。ルシアナ鉄砲隊とは比べ物にならぬ程の数の王国軍鉄砲隊は、身形も鎧も様々だ。だが多くは西洋の身形、白金の髪、白磁の肌──つまりは中立地区出身の兵たちだった。そしてそれを指揮しているのはビルディアだ。

 彼が顔を真っ赤にして声を上げる度に、空気が震え耳の膜を引きちぎる様な衝撃が走る。猛攻を受け、次第に統率の取れていたルシアナ鉄砲隊が纏まりを失くしてゆく。その瞬間をイリスは見逃さなかった。

「続け!」

 次の瞬間にはイリスはもう飛び出していた。イリスは盾を持たない、故に狙われればそれは直ぐに身の危険となるだろう。だが彼女にはそれを補って余りある俊敏さがあった。だから崩れかけたルシアナ鉄砲隊の横を抜け、城へと向かう事が出来たのだ。それには運、という要素も大いに関係はしていたが。


 辿り着いた城の正面扉の前では、既にルシアナの槍衾に王国軍が対していた。鋭く長い槍を突き出し侵入者を拒むルシアナ兵の数は、押し寄せる王国軍に比べて著しく寡兵で、それが長くは持たぬ事が窺えた。

 イリスはその様子を横目で見遣り、急ぎ正面扉から離れた。それに驚いたのはイリスに付く個隊の兵だった。だが彼らは何も言わなかった。何故ならイリスには、一つ大きな特務が与えられていたからだ。

 ──イリスやアミヴァ、他ルシアナ城の内部を深く知る者は戦況を見て臨機応変に動く事。つまりイリスがすべきは、イリスにしか出来ぬ事だったのだ。

 そうしてイリスが向かったのは、彼女にとって馴染み深いあの場所だった。ただでさえ外の喧騒から切り離されているそこは、舞い散る粉雪が一層その場を幻想的にしていた。一時は寝所にしていた例の東屋も時を遡ったかの如く変わらず立っている。

 足を止めそうになって、イリスは一度だけ自分の頬を叩いた。決して過去を偲ぶ為に来た訳ではないのだ。

 此処が城の裏手にあたると知る者は数少ないだろう。それ程にこの東屋は忘れられた場所だった。此処から城に入れば敵の裏をかける、イリスは確信していた。

 東屋のある庭園を突っ切り、イリスらの個隊は城の内部へと到達した。上階へ向かって回廊を走れば、正面ほどの迎撃ではないもののルシアナ兵が武器を構えて立ちはだかる。だがどれも、イリスたちの足を止められはしなかった。イリスは容赦なく、俊敏に敵兵に鉄鞭を絡ませていったのだ。


 死する覚悟を決め、武人として果てる事を望む彼らに情けをかける事は、彼らの覚悟を冒涜する事に等しい。それはイリスの勝手な思想ではあるが、イリスも武人である以上曲げる気はなかった。

 イリスは鞭を振るう。記憶の片隅に蘇ったあの凄惨な戦に似た、凄惨な今の状況を生み出すのが自分と分かっていても。幸いイリスの身体に大きな傷はないが、何処か違う部分がじくじくと痛み出していた。


 やがてニキアの居室に続く大階段の前に辿り着き、イリスは向かいから走って来た一団を見て眼を見張る。城の内部を一番深く知るアミヴァだ。そしてその隣にはアミヴァの補佐兼護衛に付くセスタの姿もあった。

 彼らもまた何処ぞの裏道を通って来たのだろう、正面は未だ突破出来ていない筈だ。


「父は部屋にいるだろう。覚悟は出来たか」

 本当に今更アミヴァは尋ねる。何の覚悟か、など聞く必要はない。まして当たり前の返答をするつもりもない。

 イリスは返事の代わりに、先頭を切って階段を駆け上がる。遅れてイリスに付く個隊が、そしてアミヴァとセスタの一団が続いた。

 階段が終わり廊下に顔を出したところで、ぴたりとイリスは急に駆けるのを止めた。今までどんな敵と対しようと足を止めなかったイリスが。

 ニキアの居室に続く廊下、煌びやかに飾り付けられた回廊に立ちはだかるのは、懐かしい灰の髪、そして変わらず無表情のニキア将軍の腹心ユシリアだった。

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