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憎し、今は愛しき者たちを。  作者:
そして大陸大戦へ
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1 合同軍議

 バルク国内でも、来る大戦に向けて軍備を整えていた。バルクとアスランの軍師らが一堂に会し、話し合う。その場にはニールやリヴがいた。

 其処にイリスも呼ばれている。遂にあの件に話が及ぶのだと、イリスは固唾を呑んでいた。


「以前言っていたルシアナ内部の内応の件ですが。どの様にするのですか」

 机の上に広げられた大陸の地図を見ながら、サミーアがゆっくりとイリスに問いかける。いつもは表面的な笑みを貼り付けている彼だが、今この時だけは鋭い目をしていた。

 それだけルシアナ内部の内応が重要なものなのだ。だがイリスは、首を横に振るしかない。

「残念ながら、私が直接会わねば話にならぬでしょう。ですが今は無理です。アミヴァ・ルシアナはアスラン軍に属していなかったのでパイプがありません」

「では、如何するつもりですか? 真面にぶつかる事になれば、ただいたずらに兵を失うだけですよ」

「何処かにルシアナをおびき寄せられませんか。小さな前哨戦を行うのです」

 イリスは地図を指差す。記されているのはルシアナの城、関所、軍事施設の詳細である。それらは全て、かつてルシアナで軍師をしていたリヴが明かしたものだった。


「リヴ!」

 イリスが名を呼べば、彼は小さい肩をびくんと震わせてイリスを見た。彼にならば分かるはずだ、と期待を込めて尋ねる。

「何処か、少数で戦える様な場所はないか。出来れば国境線付近が良い」

「は、はい! でしたら……この関所が良いかと。山間に位置していますので、其処まで大きい場所ではないです。戦うには余り向きませんが……」

「それで良い。彼奴ならばそれくらい考え至るだろう」

 何故強大な兵力を持ちながら、そんな戦をするのか。アミヴァなら疑問に思わぬ筈がない。そうして考え付く筈だ。戦う以外に何か意図があるのだ、と。

「必ず、アミヴァは出て来る。戦場で対する事が出来れば、ニキア将軍に知られる事なく交渉が可能だ」

「本当に上手くいくのか」

 そう訝しげな声を上げたのはニールだった。いつもは強気な彼もまた、緊張した面持ちで地図を睨み付けている。

 それに答えたのはリヴだった。

「恐らく、大丈夫です。例えアミヴァ将軍が来なくても、此処で戦う分には大きなものにはなり得ません。ただ……」

「どうした。何かあるのか」

「この辺りはルシアナでも有数の豪雪地帯です。まだ早春、雪に慣れないバルクやアスランの兵には厳しいやも」

「そうか……」

 しん、と部屋の空気が沈む。土壌が慣れぬものとなれば、兵力が拮抗した場合に不利だ。ましてやバルクの兵は、暑さに強くとも寒さにはからきしだった。

 だが危惧はあっても、この立地は捨て難いものだ。だからこそ、リヴもこの関所を挙げたのだろう。


「私に一個小隊を、預けて下さいませんか」

 イリスは手を挙げて、そう上申する。彼女はかつて北の小国にいた。雪に弱い筈がない、そして。

「セスタ司令補佐の副将、ビルディアとその小隊を。中立地区出身の彼らであれば、ルシアナ程でなくても雪に慣れていた筈です」

 中立地区は海に面した四季のある国だった。万年夏のバルクや、年中過ごしやすいアスランに比べれば、雪に接しているといえた。

 それに彼らが扱う武器は銃だ。雪の中でそれはとても有用なものであるのだ。

「この小隊を率いて、先陣を務めます」

 イリスはきっぱりと言い切る。彼女には絶対の自信があった。自分が先陣で戦えば、早々にアミヴァは姿を現わす筈だと。

 何故かと聞かれれば答えられない。それはもしかしたら、信頼の為であるかも知れない。

 敵として接した一年だったが、それを断言出来るくらいには、イリスは彼を信じていた。友となる、と言った事は決して嘘偽りではないのだ。

 アミヴァと対する事さえ出来れば、土壌が慣れぬなど問題にもならない。だからこそイリスは自信を持って言うのだ。この戦は任せろ、と。


 サミーアが呆れた様に息を吐いた。そして厳しかった表情を僅かに緩め、口を開く。

「分かりました。元はと言えば、アミヴァ将軍の内応は貴女が言い出した事。それに関しては貴女に従いましょう」

「だが……」

「良いではないですか、ニール殿。例えこの戦が失敗に終わっても、大した痛手にはならぬのです。ならば一計の価値はあるでしょう」

 サミーアが許可した事で、部屋の雰囲気は一気にイリスの進言に乗るものとなった。

 唯一ニールだけは渋い顔をしていたが、不安感からの表情であるのだろう。反論はしなかった。


 サミーアがゆたりとイリスに歩み寄る。そして笑って言うのだ。

「死んではいけませんよ。貴女が死んでしまっては、内応は成らぬのです。そしてそれが成らぬは即ち大陸大戦の劇化です」

「重々承知しております」

 静かに言ってイリスは頭を下げた。言葉は冷たいが、これがサミーアなりの激励なのだと分かっている。

 イリスは部屋を後にする。重要な役目だ、彼女の背に滾るのは使命感それのみだった。


□□□□


 正式な命令こそ受けていないが先ず話だけはしておこうと、イリスはビルディアを探した。

 執務嫌いのビルディアはあまり大人しく部屋にいないのだと聞く。だから回廊を歩く彼を見掛けたイリスは、幸運と声をかけて駆け寄った。


「何だ。俺は忙しいんだ。アスラン併合で執務が馬鹿みたいに増えた」

「何を言っているんだ。どうせ未だにシルヴィアに押し付けているんだろう」

「あ、そうだ。それもお前の所為だからな。お前が居なかった所為で、セスタの監視の目が一身に俺に向かっていた。これじゃ怠けようにも怠けられん」

「成る程、そういう事か」

 どうやら彼も上官であるセスタには敵わないらしい。真面目に取り組んでいると聞き、微笑ましい気持ちになって薄く笑うと、ビルディアは不機嫌そうに口を尖らせた。

「で、何だ。用があったんだろう」

「そうだった。悪いが次の戦、貴方には私の指揮下に入ってもらう」

「お前の指揮下、だと?」

 ぴくり、とビルディアの眉が上がる。同僚の指揮下とは、プライドの高い彼は嫌がるかも知れない。そう危惧したのだが。

「分かった。俺の小隊ごとお前の指揮下に入る、だな?」

「あ、ああ……」

「何だ? 何かおかしいか」

「いや。まさかあっさり承諾するとは思わなくて」

目を瞬かせながらビルディアを見遣ると、彼は何を、と小さく呟いて目を逸らした。

 離れていた一年の間で、彼もまた少し変わったのかも知れない。少なくとも昔はいつも向けられていた嫌悪の感情が、今彼の目には窺えなかった。


「よろしくお願いする。ビルディア」

「ああ、任せろ」

 同僚同士が交わす取り留めのない言葉。だが何故か、イリスには今の遣り取りがとても感慨深いものに思えたのだった。

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