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憎し、今は愛しき者たちを。  作者:
水の連邦国家 アスラン
55/82

4 息子

 アスランは自然豊かな国、これは前訪れた時にも強く思った事だ。だがこれのお陰でアスランは強国でいられるのだと、イリスは内部に入って初めて分かった。

 軍部が弱くても、議会が形骸化していても、民は豊かだった。


「んー……っ」

 花に囲まれた庭園の地に腰をおろして、イリスはくぐもった声を上げた。訓練で固まった身体を伸ばして、大きく息を吐く。深呼吸をすれば、甘い樹々の香りが鼻をくすぐった。

 花が繁る庭園は、今やイリスのお気に入りの場所となっていた。以前アスランを訪れた時にオーギュストに間者かと詰問された、あの場所だ。あの時は夜でその豊かさを見る事は叶わなかったが、こうして日の元で見れば大変アスランらしく美しかった。

 彼女は訓練が終わる度に足繁く庭園に通い、穏やかな一時を過ごしていた。その一因として、監視が解かれたというのもあったかも知れないが。

「んー……」

今一度深呼吸して、イリスが腰を上げた、その時だった。


「お疲れ」

 額に光る汗を首に掛けた布で拭いながら、声をかけて来たのはオーギュストだった。

「貴方もお疲れ」

「やっぱりイリスは強いな。体術だったら俺敵わないんじゃない」

「まさか。若くして軍事司令の貴方だ、肩書きは伊達じゃないだろう」

「いやいやそんなそんな」

「そこで照れるのか」

へらへらと笑っておどけているオーギュストを見遣って、イリスは小さく笑った。彼は第一印象もそうだったが、人当たりが良い。イリスの周りには彼の様な質はいなかったから、彼と接する事はとても新鮮で楽しい事だった。


 だが急にオーギュストは真剣な表情になり、声を潜めた。

「前に、アスランとバルクの同盟、って言っていたけどさ」

「言った。忘れてくれて良いのだが」

「忘れられないよ。それなんだけど」

一旦言葉を切って、オーギュストは周りを窺った。広い庭園には、二人以外の姿はない。だが彼は更に警戒する様に声量を落として言う。

「どうやって。何か案があるの?」

「ない」

きっぱりと言い切るイリスに、オーギュストはぱたぱたと目をしばたたかせた。

「そんな、はっきり……」

「だが今の所ない。ドルキカ様に会わせても貰えないのだ」

「それは……そうだろうな」

「だから今の所案はない。とりあえず今は信頼を得ることに努めるよ」

そう言って笑うイリスに、オーギュストは困った様に頰を掻いた。

「本当にルシアナを倒せると、思っているんだ?」

「ああ。絶対君主さえ倒せばあの国は瓦解する、筈だ。何故、と問われればわからない。だがそう思う」

「そう、か」

オーギュストは笑う。甘い事を言っている、と嘲る様なものではない。ただ少しだけ、寂しそうに笑ったのだ。

「ニール殿の様な人が同盟を企めば、それはきっと難しい事ではないのだろう。だが私は決して頭が回る者ではない」

「だから、今は動かないのか?」

「私が示せるのは誠意だけだ。人を思いの儘に動かす術など知らないから。だから今はまだ」

「本気、なのか。途方もない話なのに」

「本気だよ。救うと約束したからな」


 ──一方的な約束であったが、イリスは彼に誓ったのだ。父の支配下で喘ぐ彼に。必ず救うのだ、と。

 イリスの顔を見て、そうか、と小さく言うオーギュストだったが。彼の表情はやはり、少しだけ寂しげなものだった。


「どうしたんだ、オーギュスト。何だか暗い雰囲気だなあ」

 至近距離の背後で聞き知らぬ声が聞こえ、イリスは咄嗟に身を翻してしまった。声の主は彼女の行動に酷く驚いたらしい。

「うわぁっ! 何だよ?」

「すみません、アーリィ様!」

「……アーリィ様……?」

 オーギュストの言葉に、イリスは冷静になった。彼が敬称で呼ぶ程の人物ならば、失礼があってはいけないだろう。

「申し訳ありません。酷く驚いたもので」

 頭を深く下げながら、目の前の男を窺う。年の頃は三十足らずか。背の高い男だが、軍人のものとは違いとても派手な格好だ。煌びやかなアクセサリーをじゃらじゃらと身につけている。政務官とも雰囲気か違う、どちらかと言えば。

「王族の方……?」

 イリスがぽつりと呟いたのを聞いて、気怠そうにしていた目の前の男は大きく声を上げて笑った。

「王族、だって? この国に王族なんていないだろう」

「イリス。この方はドルキカ様の唯一の御子息、アーリィ様だよ」

 そうだ。この国は王政ではないから、王族はいない。だが首席は世襲だと聞いたから、実質王族には違いないだろう。この目の前の彼も、実質は次期アスラン君主なのだ。


「失礼しました。アーリィ様」

「へえ? 女兵士か。珍しいなあ」

アーリィは物珍しげに、イリスの頭の頂から爪先まで舐め回す様に見て、にやりと笑った。

「いいなぁ。うちの軍部も華やかになるんじゃねえ?」

「そう、ですね」

 何故か、オーギュストの顔が強張っている。愛想笑いであるのがありありと窺えるのだが、そんな事をアーリィは気にしていなかった。

「そうだな、こんな美人さんが居るなら、軍部視察くらいやってやっても良いかもなあ」

「あはは、アーリィ様ったら」

やはりオーギュストは愛想笑いを崩さない。


 先程までは王族──彼らは違うと言うが、それと会えた事で、少しは何かが動くかと期待したのだが。オーギュストの反応を見るに、簡単に事は動かぬのかも知れない。そんなイリスの懸念は、直ぐに現実のものとなった。


「アーリィ様ぁ!」

 聞こえてきたのは、弾んだ様な女性の声。それが聞こえた瞬間、気怠げなアーリィの顔が更に緩むのが分かった。

「ああ。待たせたか? 悪いな」

「とんでもございませんわ。アーリィ様とのお出掛け、楽しみでお迎えにあがっただけですの」

「そうか、仕方ない奴だ」

 うふふ、あはは、と花でも飛びそうな雰囲気で、アーリィは女性と連れ立って行ってしまった。後に残された二人、特にイリスは唖然とするばかりだった。


 アーリィの姿が見えなくなって、オーギュストがちらりとイリスを窺う。

「びっくりした?」

「びっくりした。まさかドルキカ様の御子息とは」

「うん。だよな」

 そう言えばアーリィは君主の息子、次期君主であるのに、同盟の時に一度も姿を見た事がなかった。本来ならば祝宴の席くらいには居るべきではないのか。その答えの片鱗を今、見た気がした。

「彼は、優秀なのか?」

答えは分かっているが、わざとそう尋ねる。オーギュストが困った様に眉を寄せるのを見て、イリスは僅かな期待を打ち砕かれたと溜め息を吐くのだった。

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