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憎し、今は愛しき者たちを。  作者:
雪の軍事大国 ルシアナ
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7 元凶への対面

「寒くはないか」

 東屋に入るなり開口一番にそう尋ねてきたアミヴァに、イリスはキョトンと目を瞬かせた。そして自分の格好を確認する。それ程寒そうな服装をしているつもりなどないのだが。

 そんなイリスの一連の行動を見て溜め息を吐いたアミヴァは、違うと言いたげに首を振った。

「もう野外で寝起きをするのは無理だと思っただけだ」

「気遣われているのか。なら是非ともバルクに帰してくれ。すれば寒さなど気にならない」

「ふむ。折角王城に部屋を用意しようかと思ったのだが……」

「は……え?」

 今のは、幻聴だろうか。イリスを王城に移すという。東屋を鳥籠として早二月、やっと状況が動くのだ。

「本当か! 是非とも!」

イリスは飛び上がった。大袈裟でなく、文字通り飛び上がったのだ。驚くアミヴァに走り寄り、ぎゅっと、両の手を握る。

「やっと部屋に入れてもらえるのだな、有難う!」

自分を捕らえている相手に、有難う、はおかしいと分かってはいる。だがそんな事は些細な事だ。


 ──ようやっと、事態が動く。策謀に動ける。

 内心不穏な事を考えていても、イリスの表情は今いつになく喜色満面だ。それを見たアミヴァは、がしりと両手を掴まれながら、

「これ程度で喜ぶのだな」

と、眉を下げて笑った。


 充てがわれたのは、王城の外れの塔の一室だった。不便な場所である事は変わりはないが、それでも王城の中に入れた事は大きな変化だ。

 ただ、アミヴァがただでその様な便宜を図る訳がなかったのだ。

「良いか、部屋の外へ出る時は必ず共を付けるのだ。それを怠れば再び東屋に戻ってもらう、いくら凍えようとな」

「まあ、そうだろうな」

「それと、一度父に会ってもらう」

「……何だと」

 イリスの声が低くなった事で、アミヴァもぎゅっと眉を寄せた。仕方ないのだ、とでも言うように。

「王城に入れるには、いくらなんでも父に許しを頂かねば。今までは騙し騙し来たが、ここらが潮時だ」

「私に、ニキアに会えと、そう言うのだな」

「聞き分けてくれ、頼む」

「その場でニキアに斬りかかっても良いのかな」

「良い訳あるか。大人しくしていろ、自分の為だ」

 まるで懇願する様に、アミヴァは言った。気遣わしげに向けられる視線に気付かぬイリスではない。アミヴァはただひとえに、イリスの為を言っているのだ。だが、全ての元凶を前に冷静でいられる自信もなかった。

「会いたくないと、弱音を吐きたいくらいだ」

わざとおどけてそう零すと、アミヴァはイリスの頭にぽん、と手を乗せた。彼の細い指が、イリスの紅い髪を撫でる。それが微かに震えるのが分かって、イリスは、はたとアミヴァを見た。


 眉根を寄せ、苦しげにイリスを見遣るアミヴァ。その表情は彼の心境を明確に表していた。

「怖いのか」

イリスはアミヴァを見ながら問うた。何故自分が彼を気遣うのか、そうは思っても、無視できぬ程にアミヴァは震えていた。常に湛えている酷薄な笑みも、今はない。

「怖い、な。再びお前が、奪われるかと」

 絶対君主だという、彼の父。万が一将軍がイリスを望めば、アミヴァには抗えない。それを彼は恐れているのだろう。

 つ、とイリスの紅い髪を一束撫でてすくったアミヴァは、それにゆっくりと唇を寄せた。彼の薄い唇が、微かに震えながらイリスの髪に触れている。驚いてアミヴァを見ると、彼は瞳を細めてイリスを見ている。

 そうして初めてイリスは。彼に愛されているのだ、と感じたのだった。


 アミヴァに連れられて玉座の前まで来た時、イリスは酷く自分が落ち着いているのに驚いた。会うなり斬りかかってしまうかも知れない、と自分を危惧したが、その心配もなさそうだ。

 玉座に座すニキア将軍は、精悍で小綺麗な印象だった。細い眉や神経質に細められた目はアミヴァに似ていなくもない。ただ彼と決定的に違うものは、自信に満ち溢れた笑い方だった。

「父上、これが私の妻とする女性です」

と、アミヴァがイリスを紹介する。予めそう予告されていたので、イリスは驚く事もなく頷いた。それがイリスを守るためだときつく言い聞かせられた所為でもある。


 だが玉座の隣に秘書の様に控える彼の姿を見つけた時、イリスはしまったと内心舌打ちをした。ユシリアには未だ、自分を連れて来たのがアミヴァであると正していなかったのだ。酷く驚いた表情のユシリアを横目に、イリスは静々と頭を下げた。頭頂部ででも、ニキアの、ねとりとした粘り気のある視線を感じた。

「アリスの娘、だな。どこで見つけて来たのやら」

「偶然、戦場で相対しました。それで連れ帰った次第です」

「そうか。しかし、アリスによく似ておる。まるで生き写しよ」

その言葉に、アミヴァの喉がこくりと動くのが分かった。ふるふると小さく彼の指先が震えるのが見えて、イリスはアミヴァの側に寄り添う様に立った。

 決して、彼を哀れんだ訳ではない。あえて言うならば、ニキアを拒絶する為だろうか。まるで妻の様な振る舞いに、アミヴァは目を丸くしてイリスを見ていた。

「ふ、仲良きことよ」

さして面白くも無い事だ、と言うようにニキアは言い捨てた。それが血の繋がった息子に向けるものとは到底思えぬ程の、温度。僅かな嫌悪感にイリスの眉が寄る、それを見遣ってようやく、ニキアは笑った。

「ははは、やはり良く似ている」

有難くもないその言葉に頭を下げて、イリスは唇を噛んだ。何でもない言葉が、酷くイリスを苛立たせる。元凶の存在が母を語るな、そんな拒絶感の所為かも知れなかった。


「父上、お許し頂けますか」

 恐る恐る、だった。アミヴァは、父の顔を窺う様にして結婚の許可を請うたのだ。そしてニキアも、まるで政の話をするかの様に淡々と、

「好きにするが良い」

と言ったのだった。

 ほ、と。隣に立つアミヴァの身体から力が抜けたのが分かった。酷く緊張していたのだろう、彼の髪の隙間からつ、と汗が垂れているのが見える。その近さに驚いて、そっとアミヴァの側から離れて顔をあげると、はたと目が合った。


 ユシリアだ。始めは驚きに唖然としていた彼も、今では無表情で玉座の側で立っている。無口で無愛想に見える彼が無表情になれば、それはとても不機嫌そうであった。ただでさえ細く鋭い彼の瞳が、今はイリスを責めているようだと感じた。いや、事実そうなのかも知れない。イリスは彼の勘違いを利用していたのだから。彼の人の良さを、利用していたのだから。

 ふ、とイリスは目を逸らした。そうして玉座の間を出るまで二度と、ユシリアに目を向けなかった。

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