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憎し、今は愛しき者たちを。  作者:
雪の軍事大国 ルシアナ
34/82

3 六道軍戯

 それは昼過ぎの事だった。アミヴァはいつも朝と夜二回、食事を持って来て半刻程嫌味を言って帰っていく。だから東屋の外で物音が聞こえたイリスは、寝台から跳び起きて東屋の中心へと立った。帷帳が掛かる出入り口は四つ、何処から何が姿を現すかと構えた時だ。

「おい、いるか」

帷帳の向こうから掛かられたのは、聞き覚えのある低い声だった。


「……ユシリア?」

「ああ。入っても良いか」

彼の言葉は平坦で、顔を見なければ怒っているのかと思ってしまう程につっけんどんだ。だからイリスも僅かに緊張しながら帷帳を開いて顔を出した。

「どうした、何かあったのか」

「いや、特に何もないが。迷惑か」

そう言ってユシリアは、右手に持った籠を掲げて見せた。なるほど、この前イリスが引き止めた事で、彼なりに心を砕いてくれたらしい。

「迷惑など。入ってくれ」

 そう言って帷帳を大きく開けてユシリアを促すと、長身の彼は身体を屈めながらそれをくぐった。そして手にある籠を机の上に置く。どん、と重そうな音がして、中に何か大きな物が入っているらしいと分かった。

「それは何だ? 差し入れか」

「本を読むのが嫌いなお前には、これくらいのものが暇潰しになるだろう」

向かいに腰掛けたユシリアはそう言って籠を開けた。出てきたのは、大きく分厚いガラスの板と麻布の巾着袋二つだった。ガラスの板には短い脚が付いており、小さな文机のようになっている。巾着には中に石の様なものが入っていた。

「ゲームか、何かか?」

「知らないのか。アスランで生まれた『六道軍戯』というものだ。盤上で行う戦術ゲームだな」

そう言ってユシリアは、巾着の一つを開けて中身を出した。机の上にじゃらじゃらと音を立てて、コインサイズの半球体のガラスが散らばる。一つを手にとって見てみると、それには何やら文字が書いてあった。

「弓兵……?」

「ああ、今説明する」


 ユシリアは半球体の駒らしきものを六つ机に並べた。そのガラス駒にはそれぞれ『騎兵』『槍兵』『弓兵』『砲兵』『特殊兵』『幻術兵』と書かれている。

「これが駒だ。これを戦場に見立てたこのガラス盤に並べて戦わせる訳だ」

「ふむふむ」

「だがそれぞれ強弱の相対関係があってな、騎兵は槍兵に強いが弓兵には弱い。弓兵は騎兵には強いが砲兵に弱く、砲兵は弓兵に強いが槍兵に弱い」

「ふむ……?」

「特殊兵と幻術兵は特殊でな。幻術兵は騎兵、槍兵、弓兵、砲兵全てに強いが、特殊兵にだけは弱い。特殊兵は逆に幻術兵にだけ強くその他すべてに弱い」

「え? 何だって?」

「で、盤の方だが、縦に四つ横に十の枠があるだろう。これの縦半分が自分の陣地な訳だ。これに自由に駒を配置する」

「ち、ちょっと待て、理解が追いつかない」

「縦二つの枠が、前衛と後衛を示している。槍兵、騎兵は前衛出なければ強さを発揮出来ない。弓兵、砲兵、幻術兵は後衛でなければ働けない。勿論逆でも設置は出来るがその場合、それは捨て駒になる。だから配置も考えなくてはいけない。特殊兵のみどこでも働くがな」

「話を聞かない奴だな。最後まで説明する気か」

「十ある横の枠のうち、どこに何を置いても良いが、一つの枠に置ける駒は一つだけだ。つまり一列の対戦で攻撃出来るのは前衛、後衛の二回までとなる。それを横十列分戦わせて多く勝った方の勝ちとなる」

「……」

「走って説明したが分かったか?」

満足気に顔を上げたユシリアに、イリスは精一杯の情け無い顔をして首を横に振った。大分早い段階で降参宣言していた筈だが、彼の耳には届いていなかったらしい。

「私は頭を使うのが苦手だと何度も言っただろう」

「まぁこういったものは習うより慣れよだ。やりながら説明する」


 そう言ってユシリアは、ガラスの駒の入った巾着をイリスに渡してきた。槍兵、騎兵、弓兵、砲兵の駒が各二つずつと、幻術兵、特殊兵の駒が一つずつ、計十個の駒が入っている。

「これを並べるのか……。でも見えるだろう?」

そう言ってガラスの駒を光に透かす。透明のそれはどう見ても明け透けで、戦術云々の問題にはならなさそうだ。

「いや。お前、これを見てみろ」

ユシリアはガラスの軍盤の自分の陣地に駒を一つ置くと、イリスの顔を見た。その顔は落ち着いた雰囲気の彼には珍しく、少し悪戯っぽいものだ。イリスは首を傾げながら彼の置いた駒を覗き込み、そして次の瞬間には目を瞬いた。

「え? 見えない……」

「そうだ、自分側からは見えるが相手からは見えない。特殊なガラスを使用している」

「へえ! 不思議なものだな」

「ああ。だが置く方向には気を付けろよ」

「だが……見えないのであればどうやって戦わせる?」

「あとで説明する。まずは置け」

ユシリアはぶっきら棒に言うと、自分の盤に目を落とした。


 暫く沈黙してガラス駒をガラス盤に配置していく。時たまルールを確認すると、ユシリアは上の空ながらもきちんと答えてくれていた。そうした少しの時間の後だ。

「で、出来た……多分」

「そうか、ならばやってみるか」

イリスが配置し終わるのを待っていたのだろう、側に積まれていた本をぺらぺらとめくっていた彼は、顔を上げて軍盤を覗き込んだ。どのようにしてそれを戦わせるのか、イリスは固唾を飲んでガラスの軍盤を見つめていた。

「ランタンを借りるぞ」

そう言って卓上にあったランプを持ち上げたユシリアは、それを机の形をしているガラスの盤の下に置いた。すると、だ。


「う、わ……」

「見事なものだろう」

「……凄いな」

盤の下に置いたランプの光をガラスの盤が通して、その上のガラス駒の文字をぼんやりと浮かび上がらせる。文字だけが宙を浮いている様で、それは酷く幻想的だった。

「ふ。粋だな」

「気に入ったなら持って来た甲斐があったな」

ユシリアは笑って軍盤を指した。そこにはユシリアの置いた砲兵の文字とイリスの置いた弓兵の文字が浮かんでいる。

「ここは俺の勝ちだ」

ユシリアは戦い終わった列の駒をひっくり返して置く。勝った駒はそうして置くらしい。半球の部分を下にした駒は、暫くの間ゆらゆらと揺れていた。


 そうしてすべての列を戦わせた結果。

「二対六、二分か……」

「俺が置かなかった列の分と、まぐれ当りの特殊兵での分の二勝だな」

「うるさいな」

初心者にしては、とも言えない微妙な結果だ。目の前でにたりと笑うユシリアが憎らしくなる。イリスは変な所で負けず嫌いなのだ。

「貴方はこれが得意なのか」

「いや、俺は。どうやら顔に出てしまうらしい」

「だろうな。分かる気がする」

そうして考える。

 ルールの大体は把握した。あとはコツさえ掴めば何とかなるかも知れない。

「次貴方が来る時までには強くなっておく」

大して考えずに口に出すと、ユシリアは目を瞬いてイリスを見た。何か意外な事を言われたというように。

「何だ、おかしな事を言ったか」

「いや。俺がまた来る事は決定なのか」

「来ないのか? 折角良い暇潰しを持って来てくれたのに」

そう言うと、ユシリアは目を伏せて薄く笑う。何か気になる事があるのだろうか、イリスは首を傾げながら口を開いた。

「どうした? 何かあったか」

尋ねると、ユシリアはイリスに目を向けた。いや、正確にはイリスの紅い髪を見たのだ。そして僅かな躊躇いの後、口を開いた。


 聞こえたのは、小さな悔恨の声。それは掠れて、酷く苦しそうに聞こえた。だがそれよりも告げられた言葉の方がイリスには衝撃だった。ユシリアは言ったのだ。

「7年前、お前と同じ紅鼠の女を連れて来た事があった。俺は命令でその女の護衛をしていた」

と。

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