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憎し、今は愛しき者たちを。  作者:
砂漠の王国 バルク
3/82

2 謁見

 女兵士の軍入りは難しい事の筈だ。だがイリスが呆気なく感じる程に、簡単になってしまった。若武者の言葉によれば、それはシェコーが国王にイリスの事を話していた為だという。

 だが養父は、イリスが入隊するその日になっても表情を晴らしはしなかった。


 こうしてイリスは正式にバルク王国軍に配属された。

 その切っ掛けをくれた彼の若武者は、実は軍事司令補佐であったらしい。若いながらも一見して身分あると分かったのはその為か、とイリスは納得したものだ。その軍事司令補佐は非常にイリスを気に入ったらしく、彼たっての希望でイリスは彼直属の部隊に配属となった。

 新任の挨拶に、イリスが軍事司令補佐の私室へと出向いた時だった。


「そんな惚けた顔をしないでくれないかな」

 イリスがポカンと口を開けたのを見て、上官である軍事司令補佐、セスタは苦笑した。初めて会った日と違い、上官となった彼は、砕けた口調のなかなか人当たりの良い人物だった。

「ですが……今何と仰いましたか?」

「うん。大切な事だからもう一度言うよ。国王様が、君と一度会ってみたいと仰っている」

「……はぁ」

「はぁって何かな。アルヴァ様直々のご指名だ」

「いえいえ、どうして国王様がただの一兵卒とお会いになるのでしょう」

 そうだ、アルヴァ・バル様とはこのバルク王国の君主。まだ戦果も上げていない小娘に会う訳がない、何かの間違いだ。

「ただの一兵卒ではないだろう。王室付き薬師の娘御で、武の才を見留められた才女。国王様も興味をお示しになる筈だ」

「一体何故そんな大事に」

「いや実は、私が君を直属の部下にしたいと申し出たので、更にご興味を煽った様だ」

「それではセスタ殿の所為ではないですか」

 イリスが詰め寄ると、セスタはまぁまぁと彼女を宥めるように両手を突き出した。その様子にイリスの上がっていた肩がすとんと下がる。

「元々国の中枢に女性が入る事など皆無だ。この王城にだって女性は王女様付きの女官くらいなものだ。それが軍部なら尚更珍しい。興味を持って当然だろう」

「なる程、理解しました」

「心配しなくても、アルヴァ様は理解のある方だよ。生まれてこの方平民暮らしだった所為か、世の君主像とは似付かない程穏やかだ」

「平民暮らし……?」

「ほら、旧バルク王国が倒れてから新バルク王国が建国するまで、バル王家は隠棲なさっていただろう。その所為かアルヴァ様は非常にお優しくあらせられる」

「一兵卒に気をかけられる程にですか」

「そうだね。会ってみれば、私の言葉が分かる筈だ。

 では今から良いかな。共に謁見の間へと行ってもらうよ」

そう言って上官の顔をしたセスタに、イリスは敬礼して後ろに付き従った。


 セスタが言うには、君主アルヴァとは非常に仁徳ある方らしい。とはいえ先日まで城下町で細々と暮らしてきた自分がまさか国王と対する事になるとは、イリスは今更ながら自分が選んだ道が大層なものであったと実感していた。


 だがすぐにその実感は消えてしまっていた。玉座に国王が、いない。しかも隣のセスタはまたなのか、と呟きながら溜め息を吐くだけだ。

 何故皆こんなにも平然としているのだ。そんなイリスの驚きは、国王が謁見の間に入って来た姿を見て最高潮に達した。


「全く貴方様は、どうしていつもそんな事をなさっているのですか」

 呆れたような溜め息と共にぶつぶつと言って、政務補佐官であるサミーアが引っ張っている国王の格好といったら。

 どこをどう見ても庭師だ。何故か庭師の格好をした国王が政務官に引っ張られて玉座に座らせられているのだ。しかも隣のセスタは案の定驚かずに苦笑している。唖然として敬礼も忘れていたイリスと隣で苦笑するセスタに、玉座に座る庭師国王はにっこりと笑いかけた。

「全く、サミーアときたら。煩い政務補佐を持つと敵わん」

「何を仰いますか。私の方こそ申し上げたいですよ。王らしからぬ君主を持つと敵いません」

「聞いたかセスタ。仮にも国王にむかってこの言い草はないであろう」

「恐れながら陛下、仮では困るのですが」

「これはこれは、セスタに一本取られたな」

呵呵と笑って、国王はイリスに目を向けた。白髪交じりの髪と笑い皺を湛えて、穏やかに微笑む。

「すまないな、イリスよ。私が呼びつけておったのに」

「いえ滅相もございません」

「楽にしてくれて良い。堅苦しいのは嫌いなのだ。

まずは礼を言わせて欲しい。良くぞ軍に入る決意をしてくれた。歓迎するぞ。女の身空でその決断に至るには様々な思いがあったであろう。私もお前のその決断に恥じない良き国王となれる様に精進致す所存だ。だからどうか安心して励んで欲しい」

 アルヴァの言葉を聞きながら、イリスは自然と跪いていた。

 セスタはアルヴァを平民暮らしが長かった所為、と何度も言った。だがどうして、アルヴァは庭師の格好をしていても王たる風格があった。王であるべき者とはこういう者なのだ、とイリスは感じたのだ。


「顔を上げてくれ、イリス」

「はっ」

「セスタの厳しい眼鏡にかなったお前だ。期待しているぞ」

 そう言って、アルヴァは庭師の格好のままサミーアを伴って謁見の間を出て行った。残されたのは、跪き続けるイリスとセスタだけだった。


 セスタの言っていた意味が分かった。会ってみれば分かる、と言った意味が。百の賛辞を聞かされるよりもずっと、アルヴァの言に風格を強く感じた。

 ただ強くありたいと思って入った王国軍であったが、アルヴァ・バル国王に仕えられる事を有り難いと思ったのだ。

「私が言っていた意味が分かって貰えたみたいだ」

膝をついたまま顔だけこちらを向いて笑うセスタに、イリスは小さく頷いて返したのだった。


 謁見を終え、陛下の御前を辞して暫く、イリスはセスタの私室で業務等諸々の説明を受けていた。

 兵士は王城すぐ側の訓練棟で寮生活を送っているのだが、さすがに一人の女兵士の為に女部屋など用意できよう筈がない。別に大部屋でも構わないと一応は言ってみたが、セスタに笑って一蹴された。

「まぁ暫くの間はシェコー殿の私室に間借りさせて頂いてくれるかな。手立てを考えておくよ。あとは勤務の話だが……」

そう言ってセスタは、笑みを引っ込め酷く真面目な顔をした。倣ってイリスも姿勢を正す。

「大陸の歴史だが、どの程度の知識があるかな」

「全くもって。今三竦みが崩れかけている、としか」

 イリスが肩をすくめると、セスタは小さく息を吐き出した。失望させたかと彼を見遣るが、彼は表情を変えずに話し出した。


「この大陸は、我がバルク王国、南東に位置するアスラン連邦、そして北東にあるルシアナ帝国が三分している。それは分かるかい」

「はい。三国の国力故に拮抗を保っている、と」

「その通り。バルクはかつて大陸のほぼ全土を治めていた旧バルク王家の血筋を汲む国。ルシアナ帝国は圧倒的軍事力を有する国。そしてアスラン連邦は旧バルクを討ってから、新バルクとルシアナが独立するまで大陸の殆どを統治していた国。それぞれに強味があって拮抗していた。

 ここで今の大局の話になるが、最近ルシアナ帝国に不穏な動きがある。国境付近、とりわけバルクとのそれに大掛かりな軍整備を行っているんだ」

「とうとう、戦になるのですか」

「そうだね、バルク王国、アスラン連邦、ルシアナ帝国の三竦みは7年だ。持った方じゃないかな」

「そうですね。小競り合いの様なものはあった様ですが」

「バルクは建国してまだ7年、戦においては素人だ。対するルシアナは非常に好戦的で、建国の際も一つ国を潰し、瞬く間にその領土を広げた。前身が、旧バルクを討ち大陸を長らく治めていたアスラン連邦の軍部であるから、その軍事力は想像に難くない」

「厳しい戦になるのですね」

「そこで近いうち、私が小隊を率いて関所に配置につく事になっている。恐らくそれが君の初陣になると思う。しっかり準備をしておいてくれ」


 鋭い口調で言ってセスタが差し出したのは軍服だった。受け取りながら、腰に差した双鞭を無意識にぎゅっと握った。

「私の目は曇っていないと、期待している」

 出会った日と同じ、セスタの固い口調。イリスは顔を引き締めて姿勢を正し、胸に手を当てて敬意を表した。


 国王と会い、こうして初陣が決まり、ひしひしと充実感を噛み締めながら、イリスは感じていた。

 強く強く覚えた焦燥感が昇華し、代わって使命感が強くなるのを。愛国心があつい訳でも、出世欲がある訳でもないが、ただ強くあると実感したかった。そのためには戦で負けたり、逃げたりしてはならない。

 近く迫る初陣の日を、イリスは激しい瞳で待つのだった。

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