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憎し、今は愛しき者たちを。  作者:
砂漠の王国 バルク
27/82

26 有難

 撤退したアミヴァの姿を見失ってから、イリスとビルディアはとぼとぼと味方の陣へと足を運んでいた。重苦しい沈黙が二人を包み、どちらも目を合わせなかった。


「二人とも、何処に行っていたんだ?」

バルクの陣に帰り着くと、いの一番に渋い表情をしたセスタが駆け寄ってきた。司令とサミーア殿には私から上手く言っておいたが……と前置きして二人を問い質す。

「申し訳ありませんセスタ殿。ビルディアが厄介な敵を相手にしていたから助太刀に向かっておりました」

「厄介な相手……?」

「討つ事は叶わなかったが……」

そうイリスが呟くと、ビルディアは苦しげに表情を歪めた。

 それを見て、セスタは概ねを理解したらしい、薄く息を吐いて二人の肩を柔らかく叩いた。

「まぁ、二人ともご苦労様だ。もう夜も更けた、今日はゆっくり休むんだ。いいね」

「軍議は? 明日の予定はどうなっている?」

「軍議は明日だ。君たちと同じ様に、司令も疲労困憊の様子だった。大変な戦だったんだ、気にせず休むといい」

 そう言って、セスタは一番大きな天幕へと入って行った。まだ恐らく、戦の報告等が続いているであろうが、ビルディアもイリスもそれに参加出来る程の体力も気力も残っていなかった。


「ビルディア、お疲れ様。私はもう休む」

 そう言ってふらふらと足を進めようとしたイリスの肩を、ビルディアが掴む。驚いて彼の顔を見ると、その表情は口惜しそうに歪んでいた。

「お前に合わせる顔がなかった……」

「……何故だ?」

「お前に死ぬような思いをさせてまで、あいつを討ちに行ったのに……。俺は」

「私の事なら気にするな。貴方が言ったんだろう、私の仇討ちの手助けはするつもりがない、と」

そう言って柔らかく笑う。ビルディアは面食らった様に目を瞬かせていた。

「次に延びただけだ。そうだろう? 一生涯機会がない訳ではない」

 そう強く言う。まるで自分に言い聞かせている様に。ビルディアは苦しげな表情を尚一層深くして言葉を紡いだ。

「すまない……な」

「ビルディアが私に、謝った!」

茶化す様なイリスの声にビルディアはむっとたらしい。睨むような視線に、彼女はおどけた表情をして、それからにっこりと笑った。


 ビルディアが何を告げたいのか、イリスには分かっていた。立場が似ているだけ感じ入るものがあるのかも知れない。もしそれが思い上がりでないのなら、今はきっとビルディアは自分を認めてくれている気がしたのだ。

「謝る必要はない。貴方は私に何もしていないだろう」

「だが……約束しただろ。俺が討つ間、お前が俺の穴を埋める。お前はやり遂げたろう」

「だが私は生きている。貴方が負い目に感じる必要はない」

激励したつもりが、何故かビルディアは肩を落としてしまった。それ程まで彼に背負い込ませたくなくて、イリスは何かおどけようかと口を開きかけた。その時。

「あ、りがとう……」

ビルディアは小さく、呟いた。小さな感謝の言葉──今度はイリスが目を見張る番だった。

「やめてくれ、慣れないから気持ち悪いじゃないか」

「き、気持ち悪いとは何だ! 俺は……!」

「お前も、嫌いな相手に感謝してるな。それとも、私の事を少しは認めてくれたか?」

 その言葉にビルディアは、はっとイリスの顔を見た。したり顔でビルディアを見遣るイリスに、ははと笑い声を漏らす。


『嫌いな相手にありがとうとは言えない』


 それは彼がイリスに言った言葉だ。お互い嫌われていると思っていた。だから態度を湾曲して捉えたり、突っかかった事もあったのだ。だが初めて背中を預けて戦ってみれば、そんな事は些細な事だった。

 だから、

「そうだな、認めて……る」

そうぶっきら棒にビルディアが言った事にも、イリスは驚かなかった。今やっと同僚となれた、そんな気分だった。だが僅かな気恥ずかしさを感じておどけた様に肩をすくめる。そんな感情すら、ビルディアも同じだったらしい。

「本当に変な感じだぞ。ビルディアらしくない」

「ははは、そうだな。傷心の所為だと思っておけ」

「更にビルディアらしくない。傷心で気弱になるような男でもないくせに」

 イリスが笑う。ビルディアも笑った。戦終わりでぼろぼろの風体のまま、おかしくもない事で二人は笑っていたのだ。同じすっきりとした表情で。

「疲れた、な。俺ももう休む」

「そうだな。私もだ」

 どちらともなく、二人は自分の天幕へと足を向けた。だが疲れて重々しい筈の足取りは、心なしか軽く感じられたのだった。

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