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憎し、今は愛しき者たちを。  作者:
砂漠の王国 バルク
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24 邂逅

 それから二日、ルシアナの陣容が出来上がっていくのが分かり、こちらも着陣を余儀なくされた。未だ本隊到着の連絡は入っていない。

 だがこちらにとって僥倖な事もあった。丘の上に布陣してみると、丘の上から臨む景色は良く、ルシアナの陣が見渡せた。それ程に丘は高く、さながら崖である。この様子ではルシアナの陣からこちらの様子はなかなか窺えまい。サミーアなどは、この崖は他にも策が練れそうですね、とほくそ笑んでいた。


 そして丘の下はというと。連携などを考えて、向かって右側にビルディアとイリス、左側に司令の布陣となっていた。

「ついに……ついに……」

 ビルディアは馬上で身体をわななかせながら、ぶつぶつと何やら呟いている。それを横目にイリスは双鞭を地面に打ち付けながら立っていた。

「ビルディア大丈夫か……?」

「何がだ。お前に心配される事はない」

「なら良いが……。貴方と連携を組むのは初めてだからな。こんな事なら鍛練等も共にするべきだった」

「そんな事は今更だ。俺はただ……」

「ルシアナを討つのみ……か?」

「お前も気持ちは同じだろう」

 馬上からちらりと鋭い視線が投げかけられ、イリスは小さく肩を竦めた。確かに気持ちは同じだ。だが、今イリスがすべき事は冷静に任を遂行する事なのだ。

「私は……二度と同じ過ちを犯せない」

 その言葉にビルディアがイリスを見遣る。そして呆れた様に溜め息を吐いた。

「今はセスタもサミーア殿もいないから言うがな。お前がした事は過ちでも何でもないだろう。俺だってお前の立場なら同じ事をした」

「……そうか」

「つまり何が言いたいかと言うとだ。別に前の事を気にして戦に臨む必要などないだろって事だ」

「そうだな……。だが此度の策は連携が大切だからな、貴方も突出してくれるなよ」

 ビルディアはイリスの呼びかけには答えなかった。視線を遥かに見えるルシアナの陣営に移す。その眼は鋭く深く、見える筈のない仇の姿を捉えている様にみえた。


 もうどのくらい睨み合っているだろうか。砂塵が舞い、太陽が照り付けている。だがどちらの軍も未だ動きは見せなかった。馬上でビルディアがじりじりとしているのが分かった。落ち着かせようと、イリスは隣に立ち、馬の首を優しく撫でた。怪訝そうにビルディアはイリスに目を移す。

「なんだ?」

「じれったいな、と」

「ふん。その通りだが、これもサミーア殿と司令の策が成功している証拠だろう」

そう言いながらビルディアは後ろの丘を見上げた。イリスも倣って見上げると、丘の上にはずらりと騎馬が並んでいるのが見える。

「はったりもここまでくると見事だ」

ビルディアの感嘆に大きく頷いた。


 丘の上に布陣しているのはセスタと視察の兵二十人、それと先駆隊十人だけだ。先駆隊も視察の兵も精鋭たちであるのは確かだが、それでもルシアナが足踏みする程の脅威にはなるまい。

「そうだな、馬だけを並べるなんて」

そうなのだ。丘の上に大陣営があるように見せ掛ける為、大量の馬だけを並べていたのだ。丘の下に布陣するルシアナには、かなりの騎馬軍があるように見えている事だろう。だからこの睨み合いは、その策が成功しているに他ならなかった。

「このままずっとうまくいくとは思えないがな」

ビルディアが敵の陣営を睨みつけながら小さく呟いた。その言葉は直に現実のものとなる。


 どれくらいの時間がたっただろう。焦げ付きそうだった太陽が、今では茜色を帯びて姿を隠さんとしていた。今日はこのまま動くことはなかろう、そんな空気が兵たちの間に流れだした時だった。俄かにルシアナの陣が騒がしくなったのだ。目を凝らすと、砂塵を巻き上げ突撃してくる様子が窺えた。陣中に緊張が走る。


「行くぞ」

 ビルディアの短い言葉が、やけに静かに耳に残った。イリスは静かに頷く。やがてこちらの兵も鬨の声をあげ、足を進めだした。

夕暮れと共に、戦いの火蓋が切って落とされたのである。

 西日が差す中、両陣営が激突せんとしていた。馬に乗るビルディアは一足先を走っていく。丘の上の自軍からは弓が射かけられているのだろう、風の音が聞こえていた。

 白兵戦は熾烈を極めていた。どこか一つでも陣形が崩れれば、この戦は負けに終わる。そんな背水の陣たる状況が、兵力で劣るバルクを強くさせていた。


 イリスは得意の双鞭で敵兵を薙ぎながら、ビルディアの姿を追った。仇敵を前にビルディアがどこまで冷静さを保ってくれるかわからない。そんな危惧を覚えるくらい、ビルディアは逸っていた。故にイリスはビルディアと行動を共にしようとしていたのである。

「はぁぁっ!」

大きな掛け声と共に馬上で大きな銃を撃つ姿を見つけ、イリスは双鞭をたたき付けながらそちらへと足を進めた。

 獅子奮迅の様子のビルディアに背中を預ける様な形で、イリスはルシアナ兵を鞭の棘で搦め捕る。肉を抉る様な感覚と共に、返り血がイリスの顔に飛び散った。そして身体を飛び跳ねるように動かしながら、双鞭で次々と敵兵の行動を奪っていった。そんな中。


「くそぉぉぉっ!」

 怒りをぶつける咆哮の様な声に、ビルディアを見遣ると。銃を構えるビルディアの姿の遥か向こうに、信じられない人物を見つけたのだ。

「何故、先陣ここに…」

 呟きが漏れた。あの煌びやかな白銀の鎧には見覚えがある。ハカム川合戦で対峙した、あの将。そして腰から無数に下がるダガーナイフ。

『君を返せ、と俺に言ってきたんだ』

戦のあとに受けたオーギュストの話が思い起こされた。

「イリスっ!」

ビルディアの呼ぶ声ではたと我に返る。戦場で物思いに耽る愚行を恥じ、イリスは再び双鞭を振るう手に力を入れた。

「くそっ! アミヴァの姿が見えているのに…」

ビルディアが絞り出すように歯噛みするのを聞いて、イリスは大きな声を上げた。

「今は堪えるんだ。後で必ず……討とう」

「くそっ!」

 そう、今はまだ。持ち場を離れる事は出来ないし、そんな余裕もない。兵の多寡は、確実にイリス達にのしかかってきていた。


 いつの間にかイリスとビルディアは、背中を預け合うようにして武器を振るっていた。息も絶え絶えに目に映る敵をただ機械的に消しているのみだ。

 二人は戦が始まってからまだ一度も武器を休めてはいなかった。もう空は朱よりも黒の色が強くなっている。身体は鉛の様に重くなってきていた。そんな折だった。

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