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憎し、今は愛しき者たちを。  作者:
砂漠の王国 バルク
21/82

20 記憶

「な……にがあった⁉︎」

 そうビルディアは声を絞り出した。剣を握り締めながら震え続けるイリスは、もの言わぬ骸にも斬りかかりそうな程錯乱している様だった。そんなイリスなど、ビルディアは見たことが無かった。だから二の句が告げず、じっとイリスを見つめるだけだった。

 ゆっくりと近寄ると、その動きに合わせてイリスの色のない瞳が向けられる。だがその焦点は、合っていない。

「何があった。どうしたんだ?」

 ビルディアは努めて優しい声を出した。気に食わない女であっても、こんな状況で心無い言葉をかける気にもならなかった。

「私がやった……」

「だから何故! 殺さぬ筈じゃなかったのか?」

「殺さんでおけるものか……!」

イリスの瞳に再び憤怒の火が浮かぶのを見て、ビルディアはすかさず彼女の手の中の剣を奪い取った。

 全く状況が解らない。イリスは平静を失っていて、詳細を窺えない。すると巡回を担っていた兵が怖ず怖ずとビルディアへと進み出でた。

「私がご説明いたします」

その兵は、言いにくそうに静かに話し出した。


「我々がこちらに駆け付けた時、賊が女性に襲い掛かっていました。イリス殿が怒りに震えるのを見て、私は彼女の武器を取って行動を防いだつもりでした。ですがイリス殿は賊の武器を奪って、そのまま賊たちを……ひと突きに……」

「イリスがそれで我を失ったと……? こんな状態になるまでか?」

「はい。恐らくは」


 ビルディアはイリスを見た。イリスは色の亡くした瞳のまま、そこに呆然と立っている。話を聞こうにも、ビルディアはイリスの事を何も知らない。だから彼女がこの様な状態になった事も理解できないし、この場で彼女の過失を叱咤するのは憚られた。

「セスタが来るまで待つしかないか」

ぽつりと呟いた言葉に、イリスの肩が震えた気がした。ビルディアは今まで見た中で極めて弱々しい姿のイリスの背を支えながら、セスタが駆け付けるのを待ったのだった。


□□□□


 賊を何とか追い返した後、伝令によって事態のあらましを伝えられたセスタは、信じられない思いで伝えられた家屋へと向かった。そこにある光景は伝令によって伝えられた通りのもので、セスタは暫く言葉をなくしていた。

「セスタ……」

 声をかけられてそちらに目を移すと、神妙な表情をしたビルディアがイリスを支えて立っていた。

「ビルディア、私はいまいち状況が掴めていないのだが」

「俺だってそうだ。だが当のイリスがこれでは……」

そう言ってイリスに目を移す。彼女は何時もからは考えられない程、動揺していた。だからといって狼狽している訳ではない。だが解るのだ、彼女の瞳が色を亡くしている事。

「イリス? 大丈夫かい?」

 セスタは極めて優しく、イリスに声をかける。イリスは微かに肩を震わせると、少しだけ冷静さを取り戻した瞳をセスタへと向けた。

「……申し訳ありません。務めを……果たせなかった」

「そんな事は今は気にしなくて良い。何があったのか……聞かせてくれるね?」

 イリスは頷き、動揺した瞳からは考えられない程凛とした声で話し出した。

「私が大通りから少し離れた所で賊を迎え撃っている時に悲鳴が聞こえました。駆け付けた所、侵入していた別の賊が女性に襲い掛かっていたのです。その光景を見た途端、私憤が抑え切れず……。弁解の余地もありません……」

 ビルディアとセスタは顔を見合わせた。二人が尋ねたのは、イリスが何故我を失う程憤ったのかという事だ。だが彼女はそれについては語ろうとはしない。た易く触れられぬ事象である為に、二人は閉口するしかなかった。


「私は……咎めを受けるべきです」

 ぼそりとイリスが呟いたのを聞いて、セスタは僅かに眉を顰めた。少しだけ強い口調で、だが優しくイリスの肩に手を置く。

「そうならない為に、詳しく聞かせて欲しい。冷静な君がこうなる程何かあったんじゃないか?」

「‥‥‥記憶が」

「え?」

「賊に、蹂躙されている女性を見て、思い出した事が」

そう言ってぽろりと、一筋涙を流した。どうやら記憶の断片を思い出した事で狼狽しているらしかった。

「……申し訳ありません」

「もう良いよ。ありがとう、話してくれて」

 セスタはイリスの背を撫でた。真っ青な顔の彼女は、気分が悪いのかしゃがみ込んで空嘔吐えずいている。一切記憶が無かったのに、思い出した最初の記憶は凄惨なものなのだろう。ひどく混乱している様だった。

 だが。イリスだけを気にかけている訳にもいかないのだ。折り重なっている、賊の亡骸を見遣る。取り敢えず、これからの身の振り方を政務官に伺わなくては。覚悟はしていたものの、余りにも悪い方向へと進んでいく事に、セスタは些か不安を感じるのだった。

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