極めますわ
オーッホッホッホッホ!
突然ですが、お一人様が地面に横たわっておりますのよ。
無様ですわー。
私を転ばそうなんて10年修行してからいらっしゃいませ。
エルリッヒ・グリーン・トレフォリウム、貴方が廊下で待ち受けていた時から此方は既に応戦体制でしたのよ。殿下と違ってこんな場所で御会いするとは思っておりませんでしたが、流石元祖取り巻きですわね。貴方の肘と手首の関節を背中に回して極めていますから外れませんわよ。
廊下に口付けなさっていなさい。
決まり具合は完璧ですもの。お姉さまも微笑まれておりますわ。
数分前。
お化粧室をお借りする為に宮殿内にお邪魔した訳ですが、王妃様がいらっしゃらない所を狙うだけの知恵はあったのですね、この年の割りに意外でした。
ですが、まだまだですわね。足を引っ掛けて転ばそうだなんてするから思わず蹴飛ばしてしまいました。
「あら何か廊下に落ちてましたかしら」
「こいつ! 殿下への無礼だけでなく俺も侮辱する気かっ」
簡単な挑発にのって殴りかかるだなんて……
本当にこの子にしても殿下にしても教育をきちんと受けているのかしら?
唯でさえ品の無い行為なのにそれが女子に対する態度だとでも思っていらっしゃいますのかしら。
しかも殿下の名を使うとは馬鹿過ぎて困りますわね。これも教育が必要ですわ。
忠義と盲信は違いますのよ。
ええ、飽くまでも教育ですわよ、習った体術を試したいだなんてこれぐらいしか御座いませんわ。流石に調度品などを壊す訳にもいきませんからね、投げ飛ばすのは勘弁して差し上げましてよ。
本当ならセオイからキメナゲをやってみたかったのですが。
「イデデデデデ、は、放せよ!」
あら、懲りていらっしゃいませんわね、もう少し手首をこうぐりっと裏向きに。
「グアアアアア」
騒がしい子供ですわ。
これぐらい初歩ですのよ、耐えなさいな、情けない。
「どうかなさいましたか」
あら騎士の方々がいらっしゃいましたわ。助けじゃなくて残念でしたわね、エルリッヒ様。
「ええ、何方か存じませんが突然殴りかかられましたので取り押さえましてよ」
そんなに唖然となさらないで下さいませ。
まあ、王宮でしかも少女が男の子を取り押さえているのは確かに不思議な光景に見えますでしょうが。
現実ですわよ?
「はあ? ですが……まっ!? いや、この方も貴族のご子息なのでは」
あら、宮廷の騎士ともなれば気が付いていらっしゃっても上手に誤魔化されますこと。
子息とは言えど辺境伯であり武門を率いる事で有名で幾人もの近衛騎士団長を輩出しているだけあります、良かったですわね立派な騎士様にも顔を覚えられておられますわよエルリッヒ様。
「あら、そうなんですの? 貴族のご子息とは随分なご教育がなされておられますのですね。幸い此方に被害は御座いませんが貴族たるものの教育についてご報告なさっておいて下さいませ『婦女子に足をかけようとし』『抵抗されて逆上した挙句』に『乱暴を働こうとする』上に『無様な醜態を晒して』おられますから」
此方の身分もお分かりのようですし問題は無いでしょう。
目を見開いた後にニヤリと一瞬ですが悪戯するような微笑まで……
中々素敵なお方です。
「ハッ、では私はしかと役目を果たさせて頂きます。素敵なレディと語らう時間がないのは残念ですが、これにて失礼」
エルリッヒを小脇に抱えた騎士様は見事な礼をされ、それはもう見事に去っていかれました。あのような騎士様になって頂きたいものですわね。それなりに素質はあるのですから。
「はーなーせー……なーせー……」
なんだかものの哀れを誘いますわね。
フフフフ、あの目だけで人を殺せそうな(失神はする)トレフォリウム辺境伯の御当主様と言えば、現役の辺境伯軍を指揮なさる方、そして大叔父である方が確か近衛騎士団長で、その大喝は城中で聞こえるとか……
どちらも騎士の鑑とされる方。軍を取り仕切る我が家とはなにかとご縁もありますしね。これで性根を鍛えなおして下さいますでしょう。
まるで売られる子山羊の様に哀れでしてよ。
お城を退出する際に聞こえてきた「カァーッ」と言う地響きにも似た大声は心地よかったですわ。