媚びませんわ
公爵令嬢として既に普通の恋愛など諦めていますが……ええ、ラブロマンスなど前世でも考える事も出来ませんでした。あれらは物語だけの出来事なのでしょう。そういった意味で言えばお母様とお父様のような恋愛は羨ましいですわね。
二度目の人生においても私にロマンスなど……
憧れは御座いますわ、私も一人の女性ですもの。お父様やお兄様のような、素敵な男性に愛を囁いて頂けたならばと思った事も御座います。
多少残念な方だったとはいえ、第一王子を婚約者にして下さったのも、全ては私の幸せを考えての下さった故であると判っております。あの王妃様の息子だった事で私自身も期待もしておりましたとも。いつの日かは分かりませんが必ずや立派な王になられるだろうと……それだけに失望感が拭えませんでしたわ。
出来るなら……
恋と云うのも……してみたいですわね。
予定通りというか、私の思いなど無視するかの様に登城する日取りまで決定してしまいました。
基本的な行動指針は変えておりません。目標は第一王子、並びに取り巻き連中の更生ですわ。
傲岸不遜しか取り柄が無い前世のようには、私がさせません事よ!
あの取り巻きと化してしまった、『顔と能力だけが取り柄』の性根の残念な殿方達も更生、いえ、育て上げる覚悟で御座います。
その為に最近書き込んでいるのが秘密のノート。
秘密と言っても、実際には前世での関係など暈して書いているだけです。人物評を書いてみると不思議ですが、まだ何とかできる部分や、今後の対策を考える事が可能になりますのね。
アルフレッド・ジュエル・エルドガルド・ローゼン
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――この『秘密のノート』とヒルデガルド呼称し書き記したノートには『主要人物について人物評価表や考察』が詳細になされている。
ゲームプレイヤーが読めば『これがあればハーレムルートなんて選択肢がなくてもお腹いっぱい』と叫んだだろうに。若しくは『最高の攻略本』や『ファンブックか!』と歓喜した事だろう。ノートの中身が『裏設定と思われる克明な人物設定』と同じだったからだ。
そんな危険物を読みながらもヒルデガルドの感想は冷めたものだった……
何故なら、一国の王子でさえ簡潔に欠点が書き込まれているからである。
第一王子であり前世の婚約者。
大事に育てられ過ぎて傲岸不遜。
王妃が亡くなられてから悪化。
勉強はそこそこ出来るが、運動は苦手。
権力で何でも出来ると思い込んでいる。
自分を肯定してくれると靡く。
恐らく母親である王妃が好きすぎた。
等々、普通の乙女であれば容姿について考察するだろうところを見事に省いていた。此れで歓喜できるのは腐っていなければ不可能である――
それにしても、前世の考察結果とは言えど、読み返すと恐ろしいですわね。まだ、この様な残念王子達には成長されておられませんが、改めて危険と判断いたしますわ。王家、公爵家、侯爵家と……しかも我が家を除く色家を網羅。普通に考えればこんな方々のままで次代のこの国は確実に潰れます。
更には国外のパエオニア皇国の皇太子殿下までともなれば……
戦争が起こったらどうするというのでしょうか。
こうして私の人生が巻き戻っているからには、二度とあのような事にはさせません。万が一の事があっても前世と同じく私の兄や一族の総力を挙げて食い止めるとは思っていても、その結果を知らない私からすれば失敗は許されませんわね。
こうして本日登城するのを考慮しても、歴史の大きな流れとして私の行動によって周囲を変革しなくては、最終的な結果が変化するとは考えられませんわ!
それに、自分だけでは駄目ですから他の方々のお力ももっとお借りしませんといけませんわね。反省ですわ。そうですわね、お姉さまにもご相談しませんと……
こうして決意を新たにしたことですし、気合を入れて参りますわ。
庭園に配置されたテーブルに座り、皆様と優雅にお茶を頂いております。
茶会の形式とされていても、子供がじっとしているなど通常では難しいものです。私は前世でも厳しく教育を受けておりましたから、勝手に席を立ち行方不明になったりするような騒ぎは起こしませんでした。
ええ、今現在多くの宮殿の方々が大慌てなのは、あの方が退屈を嫌って逃げ出しているからですわね。
そして、そうこうやって突然現れて……
同じ手は通用しませんことよ!
その泥団子、花を捧げる行為ならまだしも、子供だからと女性に投げつけるなど言語道断ですことよ、反撃させて頂きましてよ。
バシャ!
オーッホッホッホッホ、眼を点にして驚いて居られますわね、熱くないだけ容赦してますのよ?
前世の恨み晴らしたり、前世の刺客の事は『王家の対応として仕方ない』にしても『泥団子の恨み』は忘れていません事よ。
ずぶ濡れで顔が真っ赤でしてよ、フフフフ。
「貴様、無礼であるぞ!」
『泥団子を振りかぶって投げようとした所』に紅茶を浴びせられているのに、全く懲りておられない様子ですわね。
「その手に持った物を投げつけようとされたから対処したまでの事。それと私は招かれてここに参りました、ヒルデガルド・ルビー・スカーレット、ですが貴方は何方なのですか? 名前すら存じませんけれど不審者ですから名前もないのでしょうか、失礼しましたわ」
ええ、分かっておりますわ、貴方が誰なのかという事ぐらい。
ですが、私言いましたわよ『招かれて』と、つまり王妃様の主催する茶会の『客』であると、それは子供であろうが変わりません。
名前すら名乗っていない状態では王子と名乗れず、泥団子を持って投げつけようとした事実から不審者扱いされても仕方ないですわよと伝えたのですが。
プルプルと震えながらも泥団子を地面に叩きつけて悔しがって……やめて頂けないかしら、思わず笑い飛ばしそうになりましてよ?
「余は第一王子であるぞ!」
子供ですから堪え性も無いのは致し方ありませんが、乳母や侍従は何を教育しているのでしょう、呆れますわね。
先程の問いかけに対し、自ら名乗るだなんて……愚かですわ。
「では、貴方は『時間も守らず』『女子を待たせ』尚且つ『泥団子を投げつけようとする不届き者』が第一王子だと自分で宣言されると?」
「無礼な! この者を罰せよ罰するの「お黙りなさい!」!?」
アルフレッド殿下の言葉を遮ったのは、私の記憶の中では後年にお亡くなりになられる王妃様でございました。