不覚ですわ
季節が変わって行き、木々の紅葉も終えた頃。
冬の訪れと共にやって来るのは宮廷での音楽と宴の声。
本格的な社交界の季節の到来ですわ。
他の時期に無いわけでもありませんが伝統的な社交の場が一番多く予定されているのが冬場となります。国によっては春の訪れに合わせたりと様々ですが、我が国では農閑期を迎えた時期になると領地を持つ貴族が王都へと集まった事からこうした風習になったのだとか。
そして今年の冬は私達の舞踏会へのデビューですの。
私とした事が……
数日、いえ出来れば数ヶ月前に戻って言ってやりたいですわ、レイチェル様達とのデビュタントに浮かれすぎて、まさかの失態、パートナー選びを失念していたなんて。
選りにも、というか選ぶ事すらなく、お兄様にエスコートして頂くと思い込み、まさかお母様が王妃様と策謀している可能性に気がつけなかったなんて、不覚。
不覚ですわ!
お兄様が無理でしたら、親友の方々にお願い頂こうかと、それ位に思っておりましたのよ。
ええ、前世では強制的に婚約者でしたもの……
悩んで居なかった事が仇に成りましたわ。
「では舞踏会でのエスコートは任せていただきましょう」
なんて微笑みを浮かべるのでしたらもっと確りして頂きたいのですがっ!
こ、公爵家であるからには……ええ、今の現状で選べるとすれば確かに、王太子殿下かバートレットが適任ですし、他の王太子のお友達……ええ私の知り合い程度には思っていてくださる方々でギリギリ家格の問題もあるかどうかと言うところ……
なんて事でしょうか。
初めから選択肢がありませんでしたわっ。
「宜しくお願いいたしますわ、王太子殿下」
「この栄誉、戴けた事こそが喜びですよ」
「フフ、殿下もお上手になられましたわ……」
お世辞なんて結構ですのよ。溜息を吐いている場合では御座いませんわ。
こうなれば、私を犠牲に、一人でもまともなデビュタントの相手を!
死なば諸共なんて真似は致しませんの。
「お兄様!」
「なんだいヒルデ?」
お兄様、顔は笑顔ですが不機嫌でしょうか?
なんとなく怒りの波動のようなものが……
ですがお兄様には大役をお任せしなくてはなりませんの!
「お兄様にはレイチェル様のお相手をお願いしたいですのよ」
「……王女殿下のかい? 私よりも同年代でい「お兄様、宜しくお願いします」判ったよ」
「ええ、私とは姉妹の契りを交わしてますもの、お兄様が付いていて下さいましたら安心ですし、一緒にいれますわね」
「ハッ!? 任せろヒルデよ、フフフ、フッフッフ、この兄が常にいれば安心だぞ」
ホホホホ、これでレイチェル様に悪い虫が付きようが御座いませんわ。
鉄壁の防御体制ですわよ。翌日の学校で残りは確保ですわ!
目標発見ですわ!
地面を滑るように接近し逃しませんわよ。
「デイヴィッド様!」
「ヒルデ嬢?」
「フフフ、見つけましたわ!」
「え? え?」
「貴方の情報網なら今度のデビュタントについて情報はもう得ているのでしょう?」
「ええ、王太子殿下が貴女をエスコートする件ですね」
「そうですの、これは仕方がないからお引き受け下さったのでしょうが……私の件はさて置き、貴女に私の親友をお任せしたいのだけど受けて下さいませんか?」
ええ、デイヴィッドは外見でもジャンヌの横に立って張り合える逸材ですもの、逃がしませんわよ!
気品や振る舞いと言った点でそそっかしいジャンヌには詩文と音楽の才能だけでなく優雅で女性への配慮を一時も忘れずに接する事ができるデイヴィッドが相応しいのです。
近衛系の方ですとそのまま舞踏会ではなくて訓練場へと赴きそうですもの。
「……ジャンヌ様ですね?」
「そうですの、お引き受け下さいませんか、私の親友ですからこそ信頼できる方にお任せしたいのですわ」
「……ヒルデガルド嬢の頼みとあればこのデイヴィッド断る事など御座いません、ましてや、ジャンヌ嬢のエスコートを任せていただく事はこの上なき名誉。喜んでお引き受けさせて頂きます」
礼すらも絵になりますわね。
これで一つ心配が減りましてよ!
少々じゃじゃ馬でしょうけどもデイヴィッドなら上手く扱ってくれますでしょう。
さて、エーリカは子爵家……
知り合いの中では家格の釣り合いを取るのが難しい方ばかりなのですが……
私の弟など次男ですから良かったですが、年齢的に無理ですし。
ん?
次男といえば、そうですわね!
「クリストフ様!」
「え、ヒルデガルド嬢、あわわわ」
「ごきげんよう、クリストフ様」
「ええ、ごきげんよう、珍しいですね……と言うよりもデイヴィッドと同じ用件でございますね?」
情報が早い上に飲み込みが早くて素晴らしい成長振りですわね。
クリストフならば周りとの駆け引きや調整も効きますし、まだ貴族社会に慣れていないエーリカ嬢をお任せ出来ますでしょう。
「お話が早くて助かります。引き受けて下さいますの?」
「ええ、このクリストフで宜しければ是非お受けしましょう。貴女の親友のエスコートの大任を断る事などありえましょうか、それにあのエーリカ嬢ならば話していて中々に楽しいですからね」
「宜しくお願いしますね、ああ、これで安心できますわー」
「フフ、随分とアルフレッドも浮か、失礼。フフフ、ヒルデガルド嬢の心配はご友人の事だけのようですね」
勿論ですわ、全員でお揃いの髪飾りを身に付けるのですもの。
フフ、恋は出来なくとも新たな友情の物語はありますのよ。
その日の夕刻、帰寮致しましたら何やら騒ぎがあったとか。女子寮ではなく男子寮での出来事らしいのですが、駄目ですわね、騒ぎを起こすだなんて低俗ですわよ。
事前に摘み取るのが肝要ですわ、今回の私の手配のように……
ええ、殿下はちょっと迷いましたが、今回エスコートを頼んだ方には私から髪飾りの対になるカフスを送りましたの。ちょっとした御礼でしてよ。
翌日に王太子殿下がお願いだからと言われて更に二つ用意する事になりましたが、仲が宜しいのですね……
まあ一緒の舞踏会には参加するのですから男子も浮かれますのね、オホホホホ。
ちょっと可愛いですわね。