閑話 最期
少々残酷な描写になります。苦手な方はご遠慮ください。
物語の進行には影響は御座いません。
――彼女は現状を認識する事に注力していた。――
この世界へ転生後、彼女は単純に思った『ファンタジーな世界への転生を果たした』だけだと。
死亡したのは42歳の時。乙女ゲームの続きをやろうとスーパーからの帰宅途中に事故に遭う。
普通に路地を歩いていたのに関わらず、何かを避けて飛び込んできた車。
心残りは色々あったのにも関わらず、最後に浮かんだ思いがゲームを最後までクリアし無かった事。他は帰りの遅い喧嘩ばかりする夫の事とパソコンにある隠しフォルダの処分、それだけだった。
よくある話のように、ファンタジーの世界で生きるならば、魔法は必須だろうと鍛えに鍛えた。都合よく自分には魔力がある事が判ったのだから鍛えない選択肢なんてなかった。
魔法が使えるだけで将来は一財産を稼げる、そう考えたのは転生者の思考だろう。生まれた家が商家だからと言って何時までも裕福とは限らないのだからと。
都合の良い事に、一年後に生まれた弟は自分のいう事を聞かざるを得ない弱みがあった。惰性で生きていた前世よりも、楽しく生きようと心に誓って日々を過ごしていた。
だが突然訪れた訪問者によって彼女の世界は一変した。
顔も知らない父親の実家に引き取られ、その後、貴族としての基礎教育を受け、慌しい日々を過ごした結果の果てに『ダリア・ランドクリフ家』に養子に出されたからだ。
その養子先の名前を聞いて歓喜した。
夫に愛想を尽かしていた主婦業の傍らで、夢の世界のような物語を求めてやりこんだ『ノブレスフィアンセ&ジュエルハート』の世界へ転生したと判ってしまったのだ。
攻略対象は全員が美形で、攻略するには過去に負った心傷を癒す事。
宝石のような心を持ったヒロインによって救われる彼等との出会い。
平民の知識を持つヒロインの優しさが、温かみを失った攻略対象の心を暖めるそんな物語。
――乙女ゲーム&恋愛ゲーム『ノブレスフィアンセ&ジュエルハート』――
学園に巻き起こる貴族と平民の問題。
そこに優しい博愛の心を持ったエーリカとジョセフという庶民派貴族が訪れる。
その振る舞いと優しい心は高貴なる者達の凍えた心の宝石を揺り動かす。
庶民の知恵や知識をもって活躍する主人公を描き、時には喧嘩し、誤解を経て絆は強まっていく。
真実の愛を貫く二人を邪魔する周りを納得させながら主人公達は全員に祝福されて幸せになる。
――ゲームの開始時期に指定されているのが来年の皇太子留学&ジョセフの入学からだからであった――
彼女は弟に命じた。ここがゲームの世界なら私は全てを手に入れると。
90%で完全?
馬鹿な事を言わないで、隠しキャラの皇太子も全て私のハーレム要員にできるのを諦める訳がない!
「私は絶対に幸せになる! 貴方も協力するのよ! それが償いなんだから、貴方にも悪い話じゃないわよ。私は最後までクリアする選択を知ってるんだから」
結果、彼女は見事にエンディングを迎えた。
全てを手に入れた、他人の不幸なんて所詮は決まりきっていた事。
私の幸せは約束されているんだ。
彼女はエンディングロールの中で幸せの絶頂を喜ぶヒロインそのものだった。
それなりの苦労はあった。
同時攻略。
ゲームならば本来クリア後に、最初からスタートしてルートに入る『オマケシナリオ』の『逆ハーレムルート』を、自分の恋を邪魔する悪役令嬢達の様々な妨害を乗り越え達成した。
彼女にとってこの世界はもはやゲームそのものだった。
『攻略対象の情報』もそして『選択肢』も知っているからこその無茶をやり遂げた。
そう、弟の協力を得て。
弟もまた転生者であったが、彼は『ノブレスフィアンセ&ジュエルハート』をプレイした事などない学生だった。友人がプレイしていたので、名前だけは知っていても一切選択肢も知らない青年だった。
だが彼はエーリカに知られてしまった。自分が転生者だと……
赤ん坊なのに挙動不審な態度によって判明した結果が、彼女を事故に巻き込んだのが自分であるという事まで。
それからは常に彼女の指示に従う存在になった。決して悪い話だけと言う訳でもなかった。生きる方法としての知恵、魔法の技術を磨く事、それらは自分の為にもなる筈ならばと頑張った。
死ねと言われないだけましなんだろうと……
そして訪れた転機に告げられた『ハーレムルートを目指すわよ』という宣言。
ハーレムルートをこなせば王女などをモノにできる。それだけでも利益があるならばと従った。
攻略方法なんて知らないのだから、この姉に頼るしかなかった。
途中で同時攻略の弊害なのか恋人の一人には殴られ、王女には泣かれたりしたが、彼はやりきった。完全ではないがハーレムルートは完成した。
最後の隠しキャラも出現させて完全に攻略し祝杯を挙げた。
筈だった。
なのに訪れたのは突然の拘束、そして断罪。
釈明は一切ゆるされなかった。告げられる罪状。
弁護を願った王太子でさえ廃嫡されていた。
己が罪では無いと主張した、公爵令嬢殺害まで罪状に述べられていた……
二人の最後の言葉を理解できる者はいなかった。
「アンタのせいでっ! 対象の攻略を失敗なんてするからよ!」
「俺は無理だって言っただろ同時攻略なんて!」
裁きの綱へと刃は振り下ろされた。
そして意識が途切れ……全てを二人は失った。
閑話です、まだ続きます。