悪役上等ですわ
「「お久しぶりです、ヒルデガルド嬢」」
それは優雅な振る舞いで一人は貴族の礼に乗っ取った挨拶を。
そしてもうお一方は騎士風の礼をもって挨拶をされましたが……
ええ、お見事ですが、誰ですか貴方達!?
中身が別人の様でしてよ。
ですが、それぐらいでは私固まりませんの。
「ご無沙汰しております、王太子殿下、騎士様」
カーティシーをもって返せばこちらを見つめておられますが、私の礼法でなにかご不満でしょうか?
不敬にならない程度のご挨拶は致しますが、睨みつければ目を逸らされますのね、オホホホ不甲斐無いですこと。
「それでは、友人が待っておりますので失礼致しますわ」
さっさとジャンヌ達の所へ向かわないと変なのに絡まれている可能性もございますからね。「「アッ……」」背後で同時になにか言いたげでしたが、仲が宜しいですわね、先ほども同時にご挨拶下さいましたし、理想の主従に出来上がっておりますわ。
この学校の入学式ともなれば警備は万全です、国の将来のエリート候補が集まる場所でもありますし、生徒の9割が貴族の子息や一族からの者。
しかし、兄であるアルフレッド様と同学年になってしまうレイチェル様、若干背の低いのは元々でもありますが、大よそ一年の差があるとやはり幼く見えるのか放って置くと変な虫が沸いてきますわ。ジャンヌが見事に睨みをきかせておりますから問題はありませんが、時折、生徒同士だからと勘違いして接してくる者や、利益を見込んで寄り付く愚弄な者が居る事は前回の経験でわかっておりますからね。
理念は素晴らしい事を言っている様に聞こえますわね。
明らかな身分差が社会に存在するのにも関わらず『生徒の扱いに身分の上下が無い』と規則とするのは誤解を与えかねないので危険なのですが……
校風としてなら問題はないのですが、ここで勘違いされるのは『身分の上下を使って生徒同士の争いを禁じる』という事が転じて『生徒同士でも身分の差は関係ない』と思われてしまう事。間違えた解釈が一般化してしまってきている事も問題ですわ。
軍や官僚として一代貴族の位を得て活躍する予定の人達との交流も大事ではありますが、我が国が王族を頂点とした制度である事が理解できてない人が時折でてしまうのです。
過去に実力のある民間人を無能な貴族が排除しかけた事がこの規則の成り立ちであるらしいのですが、規則に縛られなくては正しい行いが出来ない貴族など処罰すれば宜しいのです。
その結果がこれですもの……
「お嬢さん、ご挨拶をさせて頂いても?」
貴族令嬢を捕まえて自分から挨拶をするなど!
そして明らかにレイチェル様と一緒にいるからと声を掛けて来るとはっ!
「ねえ、聞こえてるんでしょ、おいったら」
ガシッとその無礼者の手を掴み払って下さったのはお兄様でした。
残念ですこと、私でしたらそのまま捻りあげて脱臼ぐらいはさせますのに。
「あら、お兄様」
「やあ、ヒルデ大変似合っているよ」
「有難う御座います。お兄様、私の友人を紹介いたしますわ」
腕を掴まれて投げ捨てられた男子生徒はそのまま最上級生に連れられていきました、最適な教育がされる事を望みますわ。
お兄様は昨年卒業されて既に軍の魔導師部隊に配属されておりますが、今の最高学年はお兄様の事を知っておられるのでしょうね。お手並みが見事でしたもの。
「こちらがレイチェル様、そしてジャンヌ様ですわ」
「いつも妹がお世話になっております、ヒルデの兄でマティアスと申します」
「はじめまして、ヒルデお姉様にはお世話になっております、レイチェルと申しますの」
「私はジャンウと申しますです!」
判りますよ、お兄様のオーラですもの、初見で慣れなさいとは言いませんが慣れてくださいませ。これから会うこともあるでしょうから、今みたいに緊張してると持ちませんわよ、まあジャンヌの理想像其のままですから致し方ありませんでしょうか。
「「マティアス様」」とか黄色い声が周囲から聞こえますが無視ですわ。
国王陛下が娘を溺愛してなければお兄様と婚姻していただろうとも、私が居なければ確実に婚姻していたとも言われていましたからね。現在この年齢で高位貴族と言われるなかで婚約のこの字が出てないといえば筆頭は私とレイチェル様ですからね。
とは言えどレイチェル様には隣国の皇太子殿下とのお話があるなどと噂され、実際その可能性も高い程。
私の様に王子の為に王妃様から狙われているなんて事は御座いませんわね。
「新入生挨拶、ヒルデガルド・ルビー・スカーレット」
「はい」
そう、こういう意味で上下の扱いが無い。実力主義こそが魔法を司る者の宿命。貴族だけの学校ならば色々と配慮がなされて私が代表の挨拶をする事など無いのでしょう。その点は素晴らしいですわね。
「多くの方々に見守られ、教えを受けた結果として私達一同が、伝統ある国立軍事魔法学校に入学でき感激しております……そして私から個人的に一言述べさせて頂きたい」
響くのは当然、挨拶に続いて個人的な一言など述べる新入生など居なかったでしょう。でも私にはそんな物は関係御座いませんのよ。
「この学校において『生徒の扱いについて身分の上下はない』とされておりますわ、ですが、それは学校側、指導者の皆様からの扱いにおいての規則であり、決して『生徒同士で身分の差がなく平等である』という意味では無いのです。
学業においては同列であり同じく学ぶ立場です。ですが『身分の差を弁えず礼儀を守らない生徒』も罰せられるのは当然です。謙る必要は御座いませんが最低限、今後貴族との付き合いをされるのであれば礼儀は必要であると先に述べさせて頂きましょう。
これからこの学校を卒業した時に正式な礼儀作法さえ身についていなければ、笑われるのは自分自身でしてよ、学生時代は違ったなどと寝言を言える事は決してありえないのです。
現に式典の前にも、令嬢である私の肩に触れようとしながら初対面の男性が声をかけながら近づいて来たという事がございましたが、もし公の場であればどうなるか考えて頂きたいですの。幸いにして私が手を下すまでもなく上級生の方々が取り押さえて下さいましたが、勘違いは致して欲しく御座いません、二度目は無いとお思いなさって下さいませ。
そして貴族である方々は貴族らしく人々の見本足るべく努力しなければいけない事を忘れてはいけないのです。無能である貴族など貴族である必要は無いでしょう。貴族は貴族足り得る資質と行いによってこそ人の上に立つ事を許されておりますの。それが出来ないのであれば貴族をおやめなさい、この私が引導を渡しましょう。以上を新入生代表ヒルデガルド・ルビー・スカーレットの挨拶とさせて頂きます」
これぐらい脅しておけば下手に行動する者もいないでしょう。
実際相応しくない貴族でも居ましたら処断致しますしね。
「じゃあどうすれば」「こえー」「お姉さま!」「素敵です」「生意気な、でもそれがいい」等々全く、「静粛に!」という声が聞こえても静かにする事すら出来ませんのかしら、そして……ゾワっとする事を言わないで頂きたいですわ。
こうして騒ぐ程には元気があるのです、地獄の日々が楽しみですわね。
ええ、これで私が恐怖されるのは計算済みですわ。
前世で出来なかった事は全てやりますわ。例え悪役と言われましても結構。
貴族令嬢として厳しく行かせて頂きますわよ!