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1-3.辛い現実

 

「に、日本から……? どうして……?」

 

 英莉奈は驚きながら恭介に聞いた。

 

「それはこっちが聞きたいよ。清水はここに来る時、何が起きたか覚えてるか?」

「学校帰りに、急に目眩に襲われて動けなくなって、気が付いたら見たことのない林で倒れてました」

「そうか、貴重な情報ありがとう。俺は何故この世界に来てしまうのか研究してるんだよ。……俺が来た時は、普通に寝て目が覚めたらここにいたんだよなぁ。あの時はマジで焦った」

「そうだったんですか……」

「まあな……。清水、この世界について説明した方が良いだろ? 少し長くなるが……」

「お願いします」

 

 英莉奈はすぐに答えた。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 ここはレーハットという惑星で、大きさは地球と同程度。三つの大陸があるらしいが、完全には解明されていない。今いるオロタガンは、アマティアスという国に属する。

 それ以外の国は地球でいう中世から近世レベルだが、アマティアスに限っては、約五十年前から日本人が来るようになり、急激に文化レベルが上がった。外国人のような見た目でも日本語を話すのはそのためだ。

 ここには魔術というものがあり、魔力を消費して様々なことを起こすことが出来る。全てのものが多かれ少なかれ魔力を持っているので、誰でも魔術を使うことが可能だ。消費した魔力は時間と共に回復する。

 また竜も存在する。竜に乗って戦う者を竜騎士と呼ぶが、竜騎士でさえ竜について完全に理解できている訳ではない。竜は知能が高いとされているが、詳細は不明のまま。

 前述の通り、他国の文化レベルは低いので、頻繁に戦争が起こる。アマティアスにもよく攻めてくるが、アマティアスの竜騎士隊は屈指の強さを誇り、魔術の研究も進んでいるので、最近はほとんど負けない。ただしアマティアスから攻撃を仕掛けることはない。あくまでも攻撃された時に返り討ちにするだけである。これは政府が戦争以外の有益なことに予算や労力を費やす方針を打ち出しているためだ。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「ざっとこんなものかな……。俺はここに来て三年になるけど、まだまだ知らないことが多いんだよね」

「いえ、わざわざありがとうございました」

「同じ日本人同士、助けてやらないとな。……この後、清水の手続きをしなきゃならないんだが、もう夕方だし、明日でも大丈夫か?」

「大丈夫です。……あっ、でも……」

「どうした?」

 

 英莉奈は泊まる場所がないことを伝えるべきか迷ったが、他にどうしようもないので伝えることにした。

 

「今日、ここに来たばかりなので、泊まる場所がないんですが……」

「ああ、それだったら、俺の家に泊まれば良いよ。ここは日本とは通貨が違うから、宿屋に泊まるお金もないんだろう?」

「いいんですか? ありがとうございます!」

 

 英莉奈は嬉しくなり、頭を下げた。

 

「いいってことよ。……悪いが仕事が終わるまで、どこかで暇を潰してもらえるか?」

 

 英莉奈はその言葉に頷き、そろそろ部屋を出るべきかな、と思った。

 

「ありがとうございました、失礼します」

 

 英莉奈はそう言って部屋を後にした。

 

 

 受付のあるホールに戻った英莉奈は、ギルド内に何があるのか見て回ることにした。

 初めに情報板とある場所を見た。どうやらニュースをここに掲示するようだ。明日の天気も掲示してあり、晴れだった。

 次に依頼板を見た。ゲームのような魔物の討伐依頼で一杯なのかと思ったが、幾つかある程度で、仲間募集と書かれた求人広告が多かった。

 他にも色々なものを見たが、小説やゲームにありがちなものではなく、現代に近いものばかりだった。

 

「なんだか微妙だな……。でも、ここが日本に近い分だけラッキーだったかな」

 

 英莉奈がそう呟いていると、恭介がやってきた。

 

「お待たせ。じゃあ行こうか」

「本当にお邪魔しちゃって良いんですか?」

「大丈夫だって言ったろ? ……それじゃ、ナンシー、後はよろしく」

「ギルド長、お疲れ様でした」

 

 恭介は受付係に言うと、英莉奈を連れてギルドから出た。

 

「普通の人は、見た目通り外国人みたいな名前なんですね」

 

 英莉奈は先程の会話で思ったことを聞いた。

 

「まあな、ここでは俺達が変わってるからな。……日が沈んできたな。暗くならないうちに帰ろう。ちょっと急ぐぞ、大丈夫か?」

 

 英莉奈は頷き、早足で恭介の後を追った。

 

 

 しばらくすると、恭介は一軒の家の前で立ち止まった。

 

「ここが俺の家。ここで一人暮らししてる。なんとか日没より早く着けたな」

 

 恭介はそう言い、玄関の扉の鍵を開け、中に入った。英莉奈もそれに続いた。

 

「靴はそこで脱いでな。家もなんとなく日本のものに似てるだろ? 畳とかはないけどさ」

「そうですね」

 

 恭介は部屋に入ると、壁に付いているスイッチのようなものに触れた。すると、部屋の明かりが点いた。

 

「ここも電気があるんですね」

「違うんだなぁ。あれは魔力石の一種で、魔力を流すと光る。壁のこれは魔力を貯める装置。一定以上貯めれば魔力石と回路が繋がり、天井の石が光るんだ。ちなみに消したい時はもう一度触れば、中の回路が切れて消える仕組み。貯めた魔力はなくならないから、しばらくの間は魔力を流さずに済む。電気のスイッチとほぼ変わらないな」

「へぇ……、やっぱり地球じゃないんですね」

 

 なんとも空想的な仕組みに英莉奈は感嘆した。それと同時に、地球離れしたものを見たことで、一つの不安がよぎった。

 

「そういえば……、地球に戻る方法ってないんですか?」

「俺も来たばかりの頃はそればかり考えてた。それで色々な文献を漁ったら、異なる世界とこの世界を繋ぐ魔術があり、成功例もあることが分かった」

「それじゃ、その魔術を発動させれば……」

「いや、そう簡単にはいかなかった。発動させるためには途方もない魔力が必要だった。人間にはまず不可能な量がね」

「でも成功したんじゃ……」

「当時有名だった魔術師を百人近く集めて、ようやく成功したんだ。しかも、魔術師のほとんどは術の反動で死んだそうだ」

「つまり、多くの犠牲者を出さなければ、帰れないってこと……?」

「残念だがそうなる。実際俺も帰れていないしな」

「そんな……」

 

 英莉奈の不安は的中してしまい、僅かな希望も消えてしまった。自分一人のために何人も殺すなど、できるはずがなかった。

 今にも泣きそうな顔をしている英莉奈を見て、恭介は言った。

 

「辛いことを言ってしまってすまない。清水……、いや、英莉奈、泣きたいなら泣けばいい。ここはお前の他には、俺しかいないからな。俺が受け止めてやる」

 

 恭介の言葉に触発され、英莉奈は一気に泣き出した。

 

「うわああぁぁぁん、お母さん、お父さん、みんなぁぁぁ……」

 

 恭介は英莉奈の頭を撫でながら、泣き止むのを待った。

 英莉奈は今までの疲れが出たのか、泣き止むとすぐに眠ってしまった。

 

「……子どもみたいだな。高校生はまだ子どもか」

 

 英莉奈をベッドに寝かせながら、恭介は苦笑していた。


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