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1-2.崩れる日常

異世界に入りました。

 英莉奈が意識を取り戻し、目を開けると、意識を手放す直前に見た、雲に覆われた空が見えた。

 こんなに早く雲ができるのだろうか、と不思議に思いながら、英莉奈は起き上がろうと手を地面に付けると、予想していたよりも冷たかった。

 

「冷たっ……。えっ……、雪……?」

 

 それもそのはず、地面は一面雪に覆われていた。しかし、英莉奈が違和感を覚えたのはそれだけではなかった。

 

「自転車がない……。それに、道もなくなってる……」

 

 倒れた時にそばにあったはずの自転車がなくなり、狭いながらも確実に存在していた道路も同様に消えていた。周囲には、ほとんど手が付けられていないような林が広がっているだけである。

 

「携帯は……? あった、えっ、圏外……?」

 

 カバンは残っていたのでそこから携帯を出し、連絡をしようとしたが、圏外と表示されていた。

 しかし、英莉奈は諦めずに、携帯のGPS機能を呼び出した。

 

「ダメだ……、測位不能って出てる……」

 

 希望も虚しく、携帯に測位不能と表示されてしまった。

 英莉奈は、目覚めてからずっと思っていたことを口にした。

 

「ここ……、どこなの……?」

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 その頃、英莉奈の家は大騒ぎになっていた。

 

「英莉奈、昼過ぎに帰ってくるって言ってたのに、もう夕方だよ。どうしたんだろう……」

「携帯に電話したのか?」

「電波が届かないって。友達に連絡したら、駅まではいたらしいから、駅まで行ってみたんだけど、見当たらなかったし……」

「……とりあえず警察に届け出をするべきだろう。あの馬鹿何やってんだ」

「それは酷いでしょ!? 事故とか事件に巻き込まれたのかもしれないじゃない! あなたじゃ役に立たない、私が行ってくる!」

 

 優莉は慌てて家を飛び出していった。

 

「……どうしたの?」

 

 英莉奈の弟、優太ゆうたがやってきた。

 

「英莉奈が行方不明だと。優莉が警察に行ってる。どこをほっつき歩いてんだか」

「姉ちゃんはそんなことしない。さっき母さんが言ってたみたいに、事件に遭ったんじゃないかな。早く見つかればいいけど……」

 

 優太は、窓から青空を見上げた。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 英莉奈はしばらくの間呆然としていたが、このままここにいても何も変わらないと思い、歩き始めた。

 しばらく歩くと、林を抜けることができ、道路に出た。

 

「やった、道だ。……でも舗装されてないのかな?」

 

 道路も雪に覆われていたが、轍になっているところは土が表面に出ていた。

 英莉奈は道に沿って歩き始めた。

 さらにしばらく歩くと街のようなものが見え、英莉奈は嬉しくなって走り始めた。

 

 

 街に着いたは良いものの、英莉奈は困惑していた。

 

「……やっぱり、何か違う」

 

 街はそれなりの規模があったが、自動車が走っていなければ、電線もない。それに、通行人が皆外人のような顔だ。

 英莉奈は通行人の女性に話し掛けてみた。

 

「あの……。ここってどこですか? 道に迷ってしまって……」

「ここはオロタガンさ。それにしても、見かけない格好してるね。どこから来たんだい? もしかして日本かい?」

「ええ、そうですけど……」

「あら、それは災難だったね。この道を真っ直ぐ行ったところに、ギルドっていう大きな建物があるから、そこへ行けば良いよ。日本から来たってことを申告すれば、色々教えてくれるはずさ」

「ありがとうございます」

 

 英莉奈はお礼を言って女性と別れた後、現状を整理した。

 今までに見たものや聞いたことから考えると、一つの結論に辿り着いた。非現実的ではあるが、これしか考えられない。

 ──ここは日本ではない。それどころか、地球ですらない可能性が高い。

 英莉奈は絶望的な状況に打ちひしがれそうになったが、なんとか自分を励まし、ギルドを目指して歩き始めた。

 

 

 それほど経たないうちに、「オロタガン・ギルド」と書かれた看板のある、大きな建物の前に着いた。英莉奈はギルドと聞いて、ゲームに登場するようなものを想像していたが、ここはどちらかといえば市役所のようだった。

 ギルドの脇には大きな空間があった。駐車場でもないのに何だろう、と英莉奈が近づいてみると、「ここに竜をお繋ぎください」と書かれた看板が立っていた。

 英莉奈はここには竜がいるということに驚いた。

 ギルドの中に入り、受付の人に日本から来たのだがどうすれば良いのか、と聞くと、受付の人は奥の部屋に案内した。

 

「ギルド長、日本から来たという人がいます。お時間は大丈夫ですか」

「大丈夫だ。通してくれ」

 

 受付の人がドアをノックした後に言うと、部屋の中からそう返ってきた。

 

「では、私はこれで」

「ありがとうございました」

 

 受付の人が去っていこうとしたので、英莉奈はお礼を言った。

 

「失礼します……」

 

 ギルド長とはどんな人なのか、そもそもいきなりギルド長に会って良いのか、などと思いながら、英莉奈は恐る恐る部屋の中に入った。中は大きな机があり、その奥にまだ若そうな男性が座っていた。

 

「よく来たな。そこの椅子に座りなよ」

 

 英莉奈はその言葉に従い、机の手前にあった椅子に腰掛けた。

 

「いきなり訳の分からないところに放り出されて、大変だったろう」

「は、はい……」

「そんな緊張するなって」

 

 英莉奈の想像と違い、ギルド長はかなり気さくなようだった。

 

「……自己紹介しなきゃ打ち解けられないか。俺は新井恭介あらいきょうすけ。一応、ここのギルド長だ。宜しくな」

「清水英莉奈です。宜しくお願いします」

「その見た目、清水は高校生か?」

「そうですけど……」

「そりゃあ余計に災難だったな。……訳の分からない顔をしてるな。じゃ本題に入るか。……これから言うことは全て事実だから、衝撃を受けるかもしれないけどな。……まず、ここは地球ではない。レーハットという惑星だ」

「やっぱり……。じゃあここって、ゲームとかでいうところの、異世界ってことですか?」

 

 英莉奈は半ば吹っ切れたようで、ふと思ったことを聞いた。

 

「そんなとこだな。魔術もあるし、竜もいる。詳しい説明は後でするよ。……ところで、何故ここの人である俺が地球だの高校生だのって言葉を知ってるか、不思議に思わないのか?」

 

 確かにそうだと思い、英莉奈は頷いた。

 

「やっぱり気になるよな。……理由は簡単、俺も日本から来た」

「なるほど、だから……、って、ええっ!?」

 

 英莉奈はその事実に思わず大声を上げた。


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