1-17.準備と戦争
翌日、もう一度書類を確認していた英莉奈は重大な事実に気付いた。
竜騎士学校は授業初日に入学式を一緒に行うのだが、集合時間が朝の七時だったのだ。しかも竜騎士学校があるアズニグまではここから列車を使っても二時間はかかる。
もっと学校は近くにあるものだと思っていた英莉奈は焦った。慌てて書類を片っ端から読み始める。
日本では朝早くから列車が運行されているが、書類の中の時刻表を見るとここでは始発が七時らしい。前日に出発しないとどうやっても間に合わない。
一つ気になったことがあったので、英莉奈はダメ元でドネクスに聞いた。
「列車よりも早く行く方法がないか考えてるんだけど、学校までドネクスに乗って行くのはやっぱりまずいよね?」
『逆に大丈夫だと思うのか? これから竜騎士になろうとしている奴が竜に乗って来たら、どうなるか容易に想像できるだろ……』
「そうだよね……」
結局、明日の夜にアズニグに向かい、一泊してから学校に向かうしかなさそうだ。
しかし良く考えてみると、多くの入学者が集まるのだから、英莉奈のように一泊する者も少なくないだろう。確実に宿に泊まれる保証はないので、英莉奈は少し早いが明日の昼過ぎに出発することに決めた。
そうすると思ったよりも時間がない。英莉奈は大急ぎで荷物をまとめ始めた。
夕方に差しかかる頃、英莉奈はパニックに陥っていた。
「どうしよう、荷物がカバンに入り切らない!」
『……どう考えても詰め込み過ぎだろ。もう少し減らせないのか?』
部屋の窓から様子を見ていたドネクスは完全に呆れていた。
必要になるかもしれないから念のため、と言って英莉奈は必要ないものまで大量にカバンに詰めていたのだ。その結果、最低限必要な量の二倍近い荷物をまとめる羽目になった。
「そうは言っても、もしものことを考えるとこれ以上減らせないよ」
『そのもしもが起こる確率が高いならまだしも、低いことまで対策する余裕はない。現に荷物がまとまっていないのだからな』
結局、英莉奈は泣く泣く不要な物をカバンから出して、必要なものだけをカバンに入れた。大幅に荷物が減ったので難なくカバンに収まった。
しかし、余裕ができたので英莉奈はまた不要なものを入れ始めた。
『……懲りないな』
「だって、何かあったら……」
『とりあえずその何かを忘れた方が良い。またさっきと同じようになるぞ』
「……分かった」
英莉奈はドネクスの説得に折れ、やっと荷物を入れるのを諦めた。
ドネクスは心底疲れた顔をしている。竜小屋に戻ろうとしたところ、ふと部屋の隅にもう一つカバンがあるのを見つけて英莉奈を見た。
『まさか、それも持って行くとは言わないよな……』
「これは持って行かないよ。というかむしろ持って行けない」
『どうしてだ?』
「これはに……、いや、あまり見せたくないものが入ってるからね」
英莉奈は日本から来た時に持っていた、と言いかけて慌てて言い直した。ドネクスには日本から来たことを伝えていない。竜の言葉が分かる人は今のところ英莉奈しかいないので伝えても大丈夫だとは思うが、無駄に事を大きくしたくない。
ドネクスは不満そうだったが、それ以上深入りはしなかった。
夜になるまでに無事に荷物をまとめ終えたので、英莉奈は安心して眠りに就いた。
※ ※ ※
英莉奈が恭介からの手紙を読んでいた頃、恭介は竜騎士の一員として南に向かっていた。この国、アマティアスの南にあるホスタイルが攻め込んできたという連絡が来たためだ。
ホスタイルは竜騎士こそこちらの足元にも及ばないが、技術はこちら並みに発達しているため、油断はできない。
しかし、恭介が心配な表情をしている理由は別にあった。
「なんて顔をしてんだよ。そんなに英莉奈を置いてきたのが心配か?」
「そんな訳ない。仕事は仕事で割り切ってるつもりだ」
恭介の隣を飛んでいる、スイフトに乗ったショウが恭介をからかった。恭介はそれに素っ気なく答えると、ペレグリンを急加速させた。
「ちょっと待てよ、いくらスイフトでも飛行速度はペレグリンに勝てないって。それに列が崩れるだろう」
恭介はしぶしぶショウの飛ぶ速度に合わせる。ショウは向かっている先を見据えた。
「さっさと終わらせて帰るか。俺が蹴散らしてやるよ。そのためにも恭介、偵察よろしくな」
恭介はショウの言葉に頷き、目的地に向かって速度を上げた。
国境付近にたどり着いた一行は見通しの良い山の頂上に陣を敷き、恭介を含む偵察隊がホスタイルに向かって出撃した。
恭介は単独で敵陣を真上から偵察している。かなり高いところを飛んでいるので攻撃は恭介まで届かない。
敵軍のだいたいの総数を把握し、戻ろうとした時だった。ペレグリンが吼え、前方下を見た。恭介もそこを見ると、巨大な弾丸が迫ってきていた。
「た、大砲か……!?」
恭介は慌ててペレグリンを上昇させ、間一髪で弾丸を躱した。
「これはまずいな……、早く報告に行かないと!」
今までにホスタイルは大砲を使ってきたことはない。報告が遅れると被弾する人が出るかもしれない。恭介は全速力で自陣まで戻った。
本陣に戻った恭介は大急ぎで将軍に状況を報告した。将軍は出撃を見合わせ、遠距離から魔術で攻めることに決めた。
アマティアスとホスタイルが対峙してから初めての夜を迎えた。魔術だと一気に攻められないため、戦況は膠着している。
夜になると視界が極端に悪くなるため、基本的には暗黙の了解で戦争は中断される。今日も全軍が本陣に撤退していた。
「せっかく暴れられると思ったのに、出撃中止とはな……。恭介、どうしてくれるんだ」
出番を奪われたショウは不満そうに恭介に愚痴っている。
「じゃあ、砲撃を食らっても良かったのか? 最悪二度と暴れられなくなるが」
「……それは困る」
「だったら中止で良いだろ」
ショウはしぶしぶ恭介に同意した。
翌日も戦況は変わらず、あっという間に一日が過ぎた。近付こうにも近付けない。雨が降れば大砲が撃てず、竜騎士が攻撃できるのに、とアマティアス軍の誰もが思っていた。