1-15.空を飛ぶ
ドネクスに呼び止められた英莉奈はドネクスのもとに戻った。
『昼飯にするんだろ? 俺と狩りに行かないか?』
「えっ?」
朝はドネクスだけで行ったが、今回は自分も連れていくらしい。英莉奈は返答に困った。
「朝も言ったけど、私は人間だよ? 狩りなんて……」
『俺に乗って見てれば良い』
ドネクスは英莉奈の前まで来ると身体を伏せた。英莉奈は考えた結果ドネクスに乗ろうとしたが、そうすると家を空けてしまうことに気付いた。
「家が留守になっちゃうから残るよ」
『そんなことか』
ドネクスは家のドアに近づくと、ドアを丸ごと凍らせた。荒業ではあるが、確かにこれならばドアは開かないし、今は冬なので溶けることもないだろう。
英莉奈は一瞬でドアを凍らせるほど竜が高い魔力を持っていることに驚いた。
『これなら大丈夫だろ?』
「竜ってやっぱり凄いね……」
『そ、そうか? まあ、早く乗りなよ』
思わず呟いた英莉奈の言葉にドネクスは必死に照れ隠しをしていた。やはりドネクスは照れ屋のようだ。竜が照れ隠しをするというギャップが面白く、再びこみ上げてくる笑いを英莉奈は抑えきれない。
笑っていることをごまかしながら英莉奈はドネクスの背に付けられている鞍に跨がった。
『翼には触るなよ。しっかり掴まっていてな』
英莉奈を乗せたドネクスはゆっくりと飛び立った。だんだんと地面が離れていく。バランスを崩したらまっ逆さまという危険な状況だが、英莉奈は不思議と怖さを感じなかった。
ある程度まで高度が上がるとドネクスは英莉奈の方をちらっと見た。
『大丈夫か?』
「ゆっくり飛んでくれてるから大丈夫。飛行機と違って風が直接当たるから気持ち良いね」
『飛行機?』
ドネクスは前を向きながら首をかしげた。英莉奈はここには飛行機がないと分かった。空を飛べる竜がいるのでわざわざ造る必要がないのだろう。
「私がいた場所にあった、空を飛べる大きな乗り物のことだよ」
『そんなものがあったら俺達には邪魔で仕方ないな』
「確かにそうだね」
ドネクスは驚きながらも不満を漏らす。英莉奈はその通りだと思い頷いた。
しばらく飛ぶと、建物はほとんど見えなくなり、眼下には草原が広がっていた。よく見ると動物がいるのが分かる。
『急降下するぞ。絶対に手を放すなよ』
ドネクスはそう言うなり、牛らしき動物を目掛けて急降下を始めた。英莉奈は振り落とされないように必死に掴まる。
次の瞬間、ドネクスは急降下から急上昇に転じ、英莉奈は身体に強い衝撃を受けた。ふと下を見ると、ドネクスの前脚に牛らしき動物がぶら下がっている。一瞬で獲物を仕留めるドネクスの能力に驚くばかりだ。
「凄いねドネクス、気付いたらもう狩りが終わってたなんて!」
『初めて竜に乗ったにも拘わらず、急降下と急上昇に耐えられるお前の方が凄いと思うがな。お前を拾う準備はしていたんだが、その必要はなかったな』
「偶然だよ、偶然。それより、私が耐えられない前提だったってこと? 全くひどいなあ」
ジェットコースターのようなものだから、と英莉奈は返そうとしたが、こちらには恐らくジェットコースターもないのだろうと思い、やめておいた。
『用は済んだから家に戻るぞ』
ドネクスは方向転換し、ショウの家へと向かった。
家に着くと、ドネクスは掴んでいた動物に爪を刺した。かすかに動いていた動物はその一撃で動かなくなった。
『こいつは人間も食用にしてるから、お前も食べられるはずだ。火を通す必要があるから、少し離れていてくれ』
ドネクスは英莉奈が離れたことを確認すると、牛らしき動物めがけて炎を吐いた。
「うわあ、やっぱりドラゴンって炎が吐けるんだ!」
『……知らなかったのか?』
ドネクスは動物を焼くのを一旦中断して、少し驚きながら答えた。
ドネクスが炎を吐くのをやめると、牛らしき動物は真っ黒になっていた。
これではどうやっても丸焦げになったようにしか見えない。ドネクスはこれを食べさせるつもりなのだろうか。
英莉奈の不安そうな様子に気付いたドネクスは自分の爪で器用に動物を切り分け、英莉奈に差し出した。
『確か人間は牛って呼んでたはず。食べてみな』
ドネクスから渡された肉は表面は焦げていたが、中はちょうど良く火が通っていた。名前や色から判断して地球の牛肉と似た物だと思って良さそうだ。
「いただきます……」
英莉奈は恐る恐る肉にかぶりついた。口の中に広がった味は何度も食べたことがあるもの……、牛肉のそれだった。
「美味しい!」
『だろ? もっと食うか?』
「これくらいで充分かな」
『それじゃ残りは遠慮なくもらうぞ』
ドネクスはすぐに牛にかぶりついた。竜は一度に食べる量も多いのだろう。あっという間に牛は骨だけになった。
英莉奈はそれを見届け、家に入ろうとしたが、ドアを凍らせたことを思い出した。ドネクスに炎を吐いて溶かしてもらい、中に入った。家が火事にならない程度に炎を吐けるドネクスにまた感心した英莉奈だった。
ふと英莉奈が書斎に入ると、天井まで届くほどの本棚にぎっしりと本が並べられていた。その中には竜騎士や魔術についての本も多くある。他人の本を勝手に読むのは気が引けるので、ドネクスを呼んで聞いてみた。
『あいつのことだから気付かないだろ。気付いたとしても勉強のためだと知れば、むしろ積極的に貸すと思うぞ。気兼ねなく読んじゃって良いさ』
「良いのかな……?」
『何かあったら俺が許可したって伝えな。……俺の言葉はお前しか通じないからショウが信じるかは別問題だが。まあ、大丈夫だろう』
英莉奈はドネクスにお礼を言い、書斎へ一直線に向かった。
書斎で英莉奈は興味のある本を片っ端から取り出し、一心不乱に読み進める。これ以上人に頼りたくないので、少しでも多くこちらの世界の知識を蓄えておきたいのだ。
英莉奈が書斎に行ったきり何も反応がないので、ドネクスが何度か様子を見に来たが、英莉奈はそれに気付くことなく読書に没頭していた。
英莉奈がふと外を見た時には、既に日が沈んでいた。ショウと恭介が帰ってこないことに気付いたのは、それからさらに時間が経った後だった。