1-14.ドネクスの過去
お久しぶりです、お待たせいたしました。
しばらくはこれくらいの更新頻度になってしまうと思います。
英莉奈はすぐに家の隣の建物に行った。建物の中にはドネクスだけがいた。恭介もペレグリンに乗って出掛けたようだ。
ドネクスは置いていかれたことが不満なようで、つまらなそうにしていた。
「おはよう、ドネクス。……また置いていかれちゃったんだね」
英莉奈はドネクスが可哀想に思え、声を掛けた。
『いつものことだ。……それより、調子は大丈夫なのか? 魔力切れを起こしたと聞いたが……』
「普通に動けるし、多分大丈夫だと思うよ」
『それなら良いが……。普通は魔力切れを起こしても二、三時間で回復することが多いから心配になった』
英莉奈はドネクスの心遣いが嬉しかった。
「心配してくれてありがとう」
ドネクスは英莉奈の言葉を聞くとそっぽを向いた。英莉奈にはその様子が照れ隠しをしているように見えた。
『別にお礼を言ってもらうために心配したんじゃない。腹が減ったから狩りに行ってくる』
ドネクスは早口で言うとあっという間に飛び去ってしまった。英莉奈はあからさまなその態度に笑ってしまう。
ドネクスは意外と照れ屋なのだな、と思いつつ英莉奈は家に戻った。
家に戻ったは良いが、英莉奈はすることがないことに気づいた。朝食を作ろうにも他人の家なので勝手に食材を使えない。また家を留守にすることもできない。
英莉奈は途方に暮れたが、ドネクスがいれば家を空けられると思い、ドネクスが帰ってくるまで時間を潰した。
十四、五分経ったころ、ドネクスが帰ってきた。……鹿のような動物をくわえて。
ドネクスはその動物を地面に下ろした。動物はまだ死んでいないらしく、小刻みに震えている。英莉奈は思わず目を背けた。
『快復祝いで大きな獲物を持ってきた。お前も食うだろ?』
「私は人だからね? こんなもの食べられる訳ないよ」
英莉奈は即座に断った。ドネクスは残念そうに頷くと、動物を食べ始めた。
ドネクスが動物にかぶりつくと同時に英莉奈は再び目を背けた。時々骨が折れるような音が聞こえてくる。竜は主に肉食なのだと再認識した。
音が聞こえなくなり、英莉奈がドネクスの方を向くと、ドネクスのそばには血の付いた骨があるだけだった。既に食べ尽くしてしまったのだろう。ドネクスは満足そうにしていた。
『悪いが水を持ってきてくれないか? 口をすすいでおきたい。お前も血は見たくないだろ?』
口から血を滴らせているドネクスを見て、英莉奈は襲われるかもしれないと思い、慌てて家に飛び込んだ。
『……そんなに俺が恐ろしそうに見えるか?』
残されたドネクスは呆気に取られていた。
「竜騎士になるって決めたんだから、あの程度のものから逃げちゃいけないのに何やってんだろう、私……」
家の中で大きなバケツに水を汲みながら、英莉奈は反省していた。竜騎士になったらもっと凄惨な光景に出会う可能性も多分にある。少しずつで良いから慣れていかなければならない。
水の入ったバケツを持って英莉奈はドネクスのもとに戻った。
ドネクスは英莉奈を見るなり近づいてきた。英莉奈がドネクスの前にバケツを置くと、ドネクスはバケツに頭を突っ込んだ。
『血は洗えたか?』
「綺麗になってるよ。……悪いんだけど、私も朝ご飯買いに行きたいから、ちょっと家を見張っててくれない?」
頭を上げたドネクスに英莉奈が聞くと、ドネクスはすぐに頷いた。英莉奈は早く戻ろうと思い、早足で家を出た。
朝食を買ってショウの家に戻ると、ドネクスが玄関の前で横たわっていた。
「ありがとう、助かったよ。天気も良いしここで食べようかな」
英莉奈が買ってきたパンを取り出すと、横から頭を出したドネクスに食べられてしまった。英莉奈は即座に文句を言う。
「これ私のでしょ、ドネクスはさっき食べたじゃない!」
『一個くらい良いだろ。もう食わないから』
英莉奈はしぶしぶ頷き、残りのパンを食べ始めた。
朝食を済ませた後、英莉奈はドネクスに気になっていたことを聞いた。
「そういえば、どうしてターセルさんは二頭も竜を持ってるの? 普通は一頭だよね?」
『……俺のせいだ』
ドネクスは暗い声で答えた。竜であるドネクスの表情を英莉奈は読めないが、落ち込んでいるのは分かる。
「ごめん、悪いこと聞いちゃった?」
『……いや、お前になら話しても良い。少し長くなるが』
英莉奈は無言で続きを促した。ドネクスはゆっくりと話し始めた。
※ ※ ※
ショウが竜騎士になったばかりの時はドネクスがいるだけだった。それなりに相性も良かったので、どんどん出世していった。……だが、出世していくと同時に厳しい戦場に派遣されることも増えた。
ある時、ショウとドネクスは敵に囲まれて逃げ場をなくした。なんとかその場は突破できたが、既に体力は限界だった。相手が後ろから攻撃してきたため、ショウはドネクスに躱すように指示したが、ドネクスが回避するのが遅れた。
……そのせいでショウは背中から剣で突かれて倒れ込んだ。ショウは気を失ったが、幸いドネクスから落ちなかったため、ドネクスは全速力で逃げて救護隊のもとにショウを届けた。ショウは助かったが、もし救護隊のもとに届けるのが遅かったら命はなかったらしい。
その後ショウはドネクスよりも強い竜を探して仲間にした。それがスイフトだ。
普通、竜を変える時は売り払うか逃がすかするが、ショウはドネクスを見捨てなかった。だが戦争に行く時はスイフトを連れて行くようになった。
鱗の輝きが竜の強さの目安になるのだが、スイフトはドネクスより遥かに輝きがある。だからドネクスは危険の少ない伝達隊の仕事の時だけに使われるようになった。
※ ※ ※
『……少し話は逸れたが、これがショウが竜を二頭連れている理由だ。全ては俺の力不足のせい。ショウのお陰でここにいられるが、普通ならばとっくに捨てられている』
「そんなことが……」
英莉奈はそう返すので精一杯だった。
『だから本当は文句を言える立場じゃない。それは分かっているが、どうしてもまた戦いたいと思ってしまう』
ドネクスはそのまま俯いた。自分が力不足だったことが余程悔しいのだろう。
「ドネクスはターセルさんを救護隊に届けたんだから、それは助けたってことでしょ? それで十分じゃない。後で私がターセルさんにドネクスの気持ちを伝えておくよ」
『……竜が人間に助けられるとはな』
ドネクスは自嘲気味に苦笑いしていた。
『長々と悪かったな。もうすぐ昼だ』
英莉奈が腕時計を見ると、十一時半を過ぎていた。かなり長い間話していたようだ。
英莉奈が昼食を買うために出かけようとすると、ドネクスに呼び止められた。