プロローグ
「…………これで、終業式を終わります。起立、気を付け、礼。……解散してください」
一人の少女がこの言葉を聞いた途端に大あくびをした。余程この集会がつまらなかったのだろうか。
少女はその場で何度か伸びをし、体育館の出口に向かっていった。
「英莉奈、今日は寒くない? 体育館だから暖房もないし、凍えちゃうよ。あまりにも寒すぎて、居眠りできなかったもん」
気だるそうに歩く少女に、別の少女、大澤千穂が話しかけてきた。英莉奈と呼ばれた少女はそれに返す。
「眠ろうとすることが間違ってるでしょ……。確かにこれっぽっちも面白くなかったけどさぁ」
「だったらいっそのこと寝ちゃった方が効率的に時間を使えるじゃん」
「そういう問題じゃないでしょ……」
「そういう問題だって。……そういや、英莉奈は冬休みどうするの?」
「千穂こそどうするの? 私は部活があるからなぁ……」
千穂はその話を聞くと、英莉奈を見てにやっとした。
「さては、弓道部に良い人がいたな?」
「そんな訳ないじゃない。ただ真面目に取り組んでるだけだよ」
英莉奈は即座に否定した。それでも千穂はにやつくのを止めない。
「そう言って、実は気になっている人がいることを隠すつもりでしょ?」
「しつこいな全く、ただ練習してるだけだってば。これでも私レギュラーメンバーに入ってるんだからね。ほら教室着いたよ、この話は終わり」
英莉奈は教室に着くと、さっさと自分の席に座った。それを見た千穂もしぶしぶ着席した。
「席に着いてー、ホームルーム始めるぞー」
英莉奈の所属する一年一組の担任、鈴木亮太が教室に入ってきた。
「ええと、連絡事項から。年明けの登校日、つまり始業式の日は……」
亮太が話し始めると、生徒は静かにはなったが、落ち着かない様子だった。
「……連絡は以上。質問がある人はいる? いないね、それじゃあ、皆さんお待ちかねの通知表を渡します。順番に前に来てください」
亮太がそう言うと、一気に教室の中が騒がしくなった。
しばらくして、全員に渡し終えると、教室内も幾分か静かになった。
「冬休みの間、お正月を楽しむのも良いが、勉強も忘れないように。事故にも気を付けるんだぞ。それではみんな、良いお年を。号令よろしく」
亮太は教室内を見回した後、そう言い、ホームルームを終わらせた。
ホームルーム終了後、英莉奈は通知表とにらめっこしていた。
「うーん……、やっぱりダメだったかぁ……」
英莉奈はそう呟いた後、ガックリと項垂れた。
英莉奈は英語が大得意であるが、数学は全然出来が良くない。成績も英語が十段階評価で十を取ったのに対し、数学は三で赤点寸前である。
そんな英莉奈の様子を見ていた、桑原美咲が話し掛けてきた。
「清水さん、どうしたの? ちょっと考えにくいけど、成績が良くなかったとか?」
「美咲かぁ……。数学が三だったから落ち込んでるんだよ。いいよね優等生は、苦手科目がなくて……」
「英語では一度も清水さんに勝ったことがないよ? 帰国子女でもないのに、よくそこまで出来るよね」
「逆に言えばそれしか取り柄がないんだよね……」
「一つでも得意なものがあるのは良いことだよ。じゃあね、良いお年を」
「良いお年を……」
美咲は英莉奈を励ますと、帰っていった。
「まあ、頑張るしかないよね……」
英莉奈はそう呟いた後、通知表をカバンにしまい、学校を後にした。今日は終業式なので、部活はない。
学校から駅までは少し距離があり、徒歩で二十分かかる。特に話をしたい人もいなかったので、英莉奈は一人で帰っていった。
駅は同じ学校の生徒でごった返していた。ここから家の最寄り駅までは三十分かかるが、そこから家までは近く、自転車ならば十分かからない。
ホームで千穂を見つけた英莉奈は千穂に話し掛けた。
「千穂、結局冬休みはどうするの?」
「ええと……、部活やって宿題やってテレビ見て、かな」
「この時期って、やっぱり書道部は忙しいの? 書き初めとかやりそうだし」
「そうでもないよ。展覧会とか文化祭とかの前の方がよっぽど忙しいよ」
「へぇ、意外」
そんな会話を交わしているうちに、列車が到着した。
列車に乗った後も英莉奈と千穂は話し続けた。
「英莉奈は冬休みはどうするの? 私にも聞いたんだから答えてよね」
「千穂と同じようなものかな……。部活は千穂より多いけど」
「弓道部ってそんなに忙しいの?」
「いや、ほとんど自主練だよ。私はほとんど出てるけど。ほら、私も選手だからさ。団体戦もあるし、先輩には迷惑かけられないからね」
「一年生で選手って凄いの? 書道部はみんな出展するから基準が分かんないんだよね」
「まあまあってとこかな」
「そうなんだ、それじゃもう降りなきゃだからじゃあね。良いお年を」
「良いお年を」
千穂は最寄り駅に着いたので列車から降りた。英莉奈はそれを見送った後、携帯を操作し始めた。英莉奈の最寄り駅まではあと三駅なので、それほどかからない。
家に帰り、英莉奈は母親の優莉に通知表を見せた。数学の成績が悲惨だったので、怒られるかと思って不安だった。
しかし、優莉はそれほど叱らなかった。
「確かに、数学はもっと頑張らないとマズイと思うけど、英語は凄いじゃない。得意不得意がはっきりしてる方が対策しやすいでしょ」
「そうなんだけどさ……。どうすれば良いんだろう」
「そのための冬休みでしょう。復習すればなんとかなるはずよ」
優莉の言葉に英莉奈はホッとしたが、父親に見せることを考えると気分が沈んだ。
夜になって、帰ってきた父親の正史に通知表を見せたが、英莉奈の思っていた通り叱られた。
長々と説教された後、成績はなんとでもなると英莉奈は気を取り直し、冬休みは何をしようか、と考えた。部活も数日しかないので、自由時間も多いのだ。
英莉奈はその後も想像を膨らませ、弾んだ気持ちで眠りに就いた。