茄子が空から落ちてきた
なんもかんも茄子が悪い。
茄子が空から落ちてきた。
一昔前の人類であれば、その言葉を聞くと怪訝な表情を浮かべるだろう。あるいは誰かが投げた茄子が重力に引かれて放物線を描く姿を想像する事だろう。タイフーンが発生する地域の者達はタイフーンに巻きあげられたものが落ちて来たと思うだろう。
しかし、現代人にとっては違う。
西暦20xx年、元旦であった。
除夜の鐘が鳴り止むと共に皆が皆、新年が明けた事を祝いながら、その日見る夢には茄子が出れば良いと思いながら寝入った頃。明け方の事である。
そんな皆の願いを叶えるように、それは突然落ちて来た。
ぼた、ぼた、ぼた。
鈍い音とアスファルトにぶつかり潰れるソレは茄子であった。
その時、丁度空を見ていたイングランド在住のロックギタリストは後にこう言った。雲が茄子紺であった、と。その直後、ソレが落ち始めたと彼は言う。天から、雲間から落ちてくる茄子達の織り成す音に、彼は産まれて初めて神の存在を感じた。そしてその音に聞き入った。それが元になって、彼は後に有名なロックバンドの一員として活躍する事になった。彼の産み出した斬新で新しい音楽を聞いた者達は言う。『まるで重い茄子が落ちてるような音だぜ!』と。ヘビィメタル信者との大戦争が勃発した瞬間でもあった。
全世界で発生したその現象。
それはヘビィエッグプラント派とヘビィメタル派での戦争を勃発させたりもしたが、一方で好意的に捉えられた所もあった。飢餓と貧困が問題視されていた国である。降り注ぐ茄子。瑞々しい茄子。天からの恵みに彼らは泣いて喜んだ。これで飢える事なく過ごす事が出来る、と。その結果、何ができたかと言えば、エッグプラント教である。主神は当然、茄子である。瑞々しく、艶やかで黒く太い茄子。これを崇めた。
アフリカのとある都市、飢餓と貧困が問題視されていた都市の市長が茄子教の初代教祖となった。自分達を助けてくれた茄子を崇めるためと言って直径100mの巨大な茄子の銅像―――見た者達はこぞってこう言う『魔羅とどちらが大きいか』と―――を作り上げた事は有名な話である。社会科の教科書を開けば『世界最大の宗教:エッグプラント教』と記載されている程である。高校受験には必須科目であり、中学生達は皆が皆、日ごろ空から落ちて来る茄子を何でそこまで崇めるのだと悩みながらも覚えて行くのである。
「今日は茄子日和だねぇ」
そんな高校受験を無事終えた一人の少女が鉄傘を差しながらそう言った。
年齢は今年四月に16になったばかり。1日程早ければ上の学年になるはずだった少女である。名を東雲四月一日という。自分の名前が名字っぽい事&『私、実は4月2日産まれ』に悩む女子高生である。他の同級生より産まれてからの時間が長い所為か、成長著しく背は同級生に比べて高い。ショートカットにされた髪は申し訳程度に茶色く染まっていた。髪の量が多いので少しでも少なく見せたいとかいうそんな乙女心であった。が、周囲からの評価は乙女心(笑)である。鋭い眼光、すらっとした鼻梁、薄紅色の唇。確かに美少女ではあるのだが、一見すると美少年のようでもあった。幸薄そうな胸元辺りがそれを余計に助長させるのだろう。それへの反抗か、少し短くした制服のスカートから伸びる足は乙女心に包まれている。
そんな彼女の持つ水玉模様が施された鉄傘にがつん、がつん、がつがつがつがつがつと茄子が落ちて来る。
「そろそろ梅茄子の時期だからねぇ」
その隣に立つ少女はほんわかとしたゆるふわカールの背の低い幸豊かそうな胸元の少女。といっても平均身長ぐらいはある!と豪語している。が、まぁプラマイ5cmを誤差としたらだな、とワタヌキは隣に立つ少女を見ながら思う。
同じくがつん、がつんと鉄傘で降って来る茄子から身を守っていた。
そう身を守る、である。
比較的形の良い瑞々しい茄子が振って来るのである。ニュートンの法則に従い重力加速度×質量で攻撃されるのである。昔の傘であれば即座に破け、頭が茄子塗れとなってしまう。茄子が空から落ち始めて一年もしないうちに鉄傘がブームとなり、今となっては過去の傘達はその存在を消した。
自然に打ち勝つために人類は、技術は進化する。故に、鉄傘を如何に軽く、強度を保ったまま作るか?と言う事に世間の技術者は興味津々である。先日も政府の特別補正予算として茄子に関する予算が組まれた。現代世界において一番の研究項目はこの自然の恵みを如何に使うかという事である。科学研究費もかなり割り当てられている。ちなみに日本で開発した『茄子から水を取り出す技術』はノーベル平和賞確定と言われる程の成果であった。水不足に悩む土地、国がこの技術により解決したのである。それによって紛争や戦争は世界からかなり減って来ていた。それに対する評価である。今後の課題は『茄子からエネルギを取り出す技術』である。茄子の持つ運動エネルギを用いた発電を行いたいというのが政府の10カ年計画として打ち出されている。
ともあれ、茄子飽食時代が到来して早云十年。遠く離れた異国の地ではこれを崇める者達もいるし、各国挙って技術を磨いているし、世間の団地妻達はその茄子の黒さと太さに喜ぶという噂もあるが、その半分ぐらいの年齢である所の二人にとっては降って来る茄子もただただ鬱陶しいだけである。
特に梅茄子の時期は彼女らにとって鬱陶しいを通り越して辟易するものであった。毎日のように重たい鉄傘を持ち運ばなければならないのである―――とはいえ、最近の子供達は子供の頃から鉄傘を持ち歩いているので筋力が上昇している―――。
特にワタヌキにとっては、この鉄傘がどうにも彼女の感性からすると乙女らしくないのであまり使いたいものではないのである。
「あーあ。ただの水が降って来るなんて昔の人達は羨ましいよねぇ」
「うんうん。水が空から降って来るなんて信じられないよね!」
茄子が降り始めた代わりに雨が降らなくなった。川にはもはや茄子か、茄子から染み出た茄子汁しか流れていない。海も深いところまで潜れば綺麗な塩水だが、近海の水面付近は茄子と茄子汁塗れである。御蔭で海水浴など行う人達も今は殆どいない。商売あがったりだ!と嘆く人達も勿論いたのである。
とはいえ、そんな諸事情、また、彼女達には関係ない話である。
「あぁもう。もう傘と靴が茄子汁塗れだよ……」
「ワタちゃん、ぼやかないぼやかない」
「ぼやきたくもなるよ、五月」
ゆるふわ系少女がまぁ、そうだよねぇと片手を顎にあてながら小さく頷く。
「そういえば、昨日、昔の映画みたんだけど」
そんなメイの表情に笑みを零しながら、こんな話ばかりしていると気分が滅入ってくる、とワタヌキは話を逸らす。
「どんなやつ?」
「なんか田舎の高校生が青春している話。野晒のバス停で待っている時に雨が降って来て、二人で木の下で雨が過ぎるのを待つ話」
「ファンタジーだね」
「うん。ファンタジーだよ」
彼女達にとって昔の映画は軒並みファンタジーであった。
ともあれ、その映画を、雨の表現はさておいて、多感な女子高生である所のワタヌキは頬を紅潮させながら見ていたのであった。ベッドの上で枕を抱えながら、きゃーきゃー言いながら見ていたのである。その姿をメイには見せられないな、と思いながらワタヌキは視線をメイの唇へと向ける。
柔らかそうな唇だった。
「ワタちゃん?私の顔、なんかついてる?」
「あっ……な、なんでもないよ」
慌てるように視線を逸らしながら昨晩見た映画の内容を思い出す。雨が降り注ぐ夕暮れのバス停。バスを待つ二人、何度も何度も同じような時を過ごし、ふたりともいつしか態と傘を忘れるようになり、その事をお互い知ってしまった二人は、最後には大樹の下で口づけを交わす。世間的な評価はB級にも満たないというものであったが、ワタヌキにとっては乙女心を擽るナイスファンタジーであった。そんな映画をロマンチックだったな、と思い出しながら、彼女は視線を再びメイの方へと向けていた。
「ワタちゃん?何?何なの?私そんな可笑しい感じ?」
「ご、ごめん。もう見ない」
「えー?それもどうなの……私悲しいよ!こんな茄子しか見られない通学路でワタちゃんだけが私の心の支えなのに!」
いい様、茄子ぶつけんぞこらぁ!と喚き、しゃがんで形の良さそうな茄子を手に取るメイに慌ててワタヌキは謝った。もはや投げる寸前まで行っていたメイは、その言葉に、えへへとえくぼを作った。その表情にまたぞろワタヌキは……そのワタヌキに向かって茄子を投げようとするメイ。そして謝る。そんな繰り返しをしながら彼女達は学校へと向かった。
社会科の授業はどうしてこうもつまらないのだろう。実感が分からないからだろうか、いや、そうじゃない、この教師が苦手なのだな、とそんな事にワタヌキは考えていた。ワタヌキは毎回のように昔は良かった、雨の良さを君達は知らないと語る社会科の教師が嫌いであった。茄子の降っている日に多いのではないだろうか。いや、統計を取るまでも無く、そうであった。
そんなつまらない授業を終えて昼。ワタヌキは学食でマーボー茄子定食を食べた。また茄子か、と彼女も思っていたが、現代は茄子飽食時代である。過剰供給である以上、食べないと駄目なのである。どこを見ても茄子、何をみても茄子。何とも釈然としない思いを浮かべながら午後の授業を終えて放課後。
ワタヌキは玄関隅でひっそりとメイを待っていた。
どうでも良いが、戸籍には名前の読みは書かれない。親御さん達が付けたのが実は本当は五月という読み、というのをメイは知らない、という事をメイの親御さんたちに会った時にワタヌキは聞いていた。そんな碌でもない事を教えるなーという思いと、子の名前を適当に付ける親はどこにでもいるのだな、とある意味安心したワタヌキであった。さて、そんなワタヌキであるが、玄関でメイを待ちながら、下駄箱に入っていた何だか妙に茄子臭のする……というか微妙に茄子汁がついている封筒を手にしていた。可愛らしいハートマークも茄子汁塗れでは可愛らしさが半減どころか全減である。良くこれで出そうと思ったな、と思いながらワタヌキはその封筒を下駄箱に入れた人の姿を想像する。
「こけたのかな。今日は茄子が多かったし」
茄子が多いと道路が寸断される。今日も今日とて方々で寸断されている。御蔭で現代の自動車は茄子が降ると除雪車のような装甲が出て来る。標準機能である。『わが社の車は茄子を効率的に排除します!』とか『茄子を排除しつつ水分を取りこみ、そこから水素を取り出してエンジンを動かす最新機能搭載!雨の日の燃費は晴天時の3倍強!これはまぎれもなくエコです!』とかいう宣伝文句が良く見える昨今である。
「……茄子汁塗れのラブレター」
ぼそぼそと呟いた後、自分で言った台詞がツボに入ったのかワタヌキは笑いながらそのラブレターを開け、誰にも見えないように内容を読む。
読み進めるワタヌキの表情は次第、次第にげんなりとしていった。『貴女と一緒に夜空を見たい』とか『沈む夕陽と共に降る茄子を一緒に眺めたい』とか書いてあったのである。読み終わり、微妙な感情と表情を浮かべながら、ワタヌキは再び昨晩見たファンタジー映画を思い出す。
ファンタジーではあるけれど、雨ならまぁ一緒に見ても良いかなぁ、あれは綺麗だったなぁ、と脳裏に浮かべた。
夕焼け、紅色に染まる空。そこにしとしとと降り注ぐ色の無い雨。素敵だと思った。そんな素敵な風景を一緒に見られるのがメイだったら良いのに―――
自然とそんな想像をしてしまった瞬間、ハッとしてワタヌキは周囲を見渡す。
「ほっ……」
薄い胸を撫で下ろし、ほっと一息吐いた瞬間、
「わっ!」
っと後ろからメイの声が響き、きゃぁぁぁぁとワタヌキは叫んだ。
乙女心の発動であった。
「いくら驚かしたからって、あんなに驚かなくても良くない?」
「いや、その……私が悪かった……のかなぁ」
茄子はあがり、茄子紺の雲が浮かぶ空の隙間から青空が見えていた。
二人、鞄と鉄傘を持ちながら帰り道を行く。
同級生達がやはり同じ様なセットを持って帰って行く姿を眺めながら、ワタヌキは、私は悪くないんじゃなかろうか、と先程の事を思い出す。驚いた拍子に手紙がぽ~んと放物線を描いてどこかに飛んでいき、あらあらあらーとメイが犬のように追い掛けて、結果として中身を見られてしまった。見た瞬間、あちゃーというしまった顔を浮かべるメイ。他人が必死に想いを込めて書いたものを見てしまったのが申し訳ないと思ったのだろう。相変わらず優しい子である、と口角をあげながらメイを向けば、にひひという顔を浮かべていた。
「しかし、相変わらずもてるねぇ、ワタちゃん」
「全部女の子だけどね……」
一つ言えば、彼女たちの通っている学校は男女共学である。男女比は6:4の健全な共学校である。彼女らの周りを見ても男の方が多いのが良く分かる。
そんな男子達が鉄傘でちゃんばらごっこをしながら帰っていくのを見て、子供だなぁという思いとあぶねぇなぁあいつらという思いを浮かべる。なんせ鉄である。それこそゼロスターイル!!とかやると怪我ではすまないのである。なのだが、年頃の男子達と言うのはそう言うのが好きなので年に数人、怪我をして運ばれているのであった。茄子からエネルギを抽出するよりも先に馬鹿に付ける薬を作った方が良いのではないだろうか、そんな事を思うワタヌキであった。
「ラブレター、男の子なら良かった?」
「いや、そういうわけ……あ!」
男子達の方向を見ていた所為だろう。何を言われたか分からず、反射的についつい口走った口をワタヌキは慌てて押さえた。
「やっぱ女の子がいいんだね!さっすが王子様!」
「いや、その……とりあえず、やめてよ、それ。……凹むから」
胸ではない。これ以上凹む物もないがと自虐的な事を自分に言い聞かせながらワタヌキは学校の女子達からそんな風に自分が言われている事を思い出す。プリンスわた、とか。眉間を歪めながらワタヌキはぷりんは美味しいよね、と更なる現実逃避をしつつ、適当な話をしながら帰り道を歩く。今朝方降った茄子が道路の端っこに寄せられていた。それをカラス達がつんつん突いているのは少し愛らしい。
「バス停はっけーん」
そんな折、メイがそんな事を言った。
「そりゃあるよ」
日に日に少しづつ、少しづつどこかの方向―――近所の人だろう―――に移動させられているバス停ではあるが、いつもあるのだから無くなるはずもない。しいていえば、今日は元の位置に戻っていた。バス会社の人が直したのだろう。御苦労様な話である。
さておき。
そんなバス停に二人が差しかかった時である。
茄子が空から落ちて来た。
ボタボタ
からはじまって、
急激に
ボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタ
となった。
「げ、ゲリラ茄子だーっ!」
はしゃいでいるのか、慌てているのか頭に一つ、二つ茄子がぶつかった瞬間、メイが慌てて鉄傘をさした。同じく、ワタヌキも急いで鉄傘をさしたが、既に何発も喰らっていた。
髪が茄子汁に塗れていた。
服も茄子汁。
スカートも茄子汁。
乙女心も茄子汁。
そして、鉄傘は――――ぼきり、と折れた。
「あ……」
「うひゃっ!?」
時間茄子量60000個。
一分間に1000個の茄子が力=質量×重力加速度で降って来るのである。いくら鉄傘とはいえ、茄子の強襲に耐えられるはずもなかった。
取っ手の部分が折れ、二人の鉄傘は地面に落ち、次の瞬間には茄子に覆い隠された。
愕然とした面持ちのまま、しかし、二人は慌てて隠れられる場所を探す。
「あ、あの木!」
「急ごうっ」
慌てて走る二人。既に全身茄子塗れである。最近暑くなって来た所為で既に夏服である。茄子汁で服が透け、その下が見え始めていた。
それから一分後。
1000個の茄子に蹂躙された二人は、小さな木の下で茄子を避けていた。
はぁ、はぁと荒い息を吐きつつ、ハンケチで顔についた茄子汁や髪についた汁を拭う。けれど、そんなものでどうにかなるはずもない。帰ったら即シャワーをして洗濯をするしかない、と二人は誓った。
「なによもう、ゲリラ茄子とか聞いてないんだけど!」
ぷんぷんと頬を膨らませて憤るメイ。
「いや、だからゲリラなんだって」
一方、疲れた、とばかりに肩を落とすワタヌキ。
どどどどどどどと降り注ぐ茄子の光景。ラブレターには一緒に見たいと書いてあったが、これを見ても恐怖しか沸かないという話である。どうみてもロマンチックではない。
ワタヌキがそんな事を考えていれば、自然と想像中で一緒に見たいと願ったメイに視線が向いた。
メイは相変わらず頬を膨らませていた。
鼻の所に微妙に茄子汁を残したまま。
「そんな所は子供っぽいよね、メイって」
苦笑を浮かべ、ハンケチの汚れていない部分を掴んでメイへと近づく。慣れたようにメイは拭いて拭いてと目を閉じてんー!と顔をワタヌキの方へと向けていた。
犬のようだとワタヌキは感じた。愛らしい子犬がぱたぱたと尻尾を振っているようにも思えた。
そんな仕草に、自然と、ワタヌキは映画の1シーンを思い出す。キスシーンである。ヒロインが目を閉じて、今まさにメイがしているような姿で男に向かっていた。
あぁ、今ならプリンスでも良いかも。
なんて思いながら首を横にふる。何を考えているのだ、と。
まだかな、まだかなとそわそわしているメイを見て、ワタヌキは頭を抱えたくなった。あぁ、どうして私は男に産まれてこなかったのか。態々女の子に産まれてプリンスなんて呼ばれるぐらいだったら最初から男の子に産まれていればこんな辛い思いをしなくても良かったのに。こんなにも愛らしく可愛らしいメイを前にして、添え膳を―――
などと考えているワタヌキに、主神茄子の愛が降り注いだ。
風に乗って、大粒の茄子がワタヌキの頭に落ちて来た。
がつん、という後頭部に走る衝撃と共に唇には柔らかい感触。
全身を通るあまずっぱい……いや、これ茄子味だ。
「うひゃぁぁあぁ!?」
ファーストキスは茄子の味。
檸檬味だったのは昔の事なのだろう。
呆然としながら考えるワタヌキとは対照的に、メイは顔を真っ赤にして慌てていた。鼻についていた茄子汁などどうでも良いとばかりに吃驚仰天して目をぱちくりぱちくりさせていた。
「わ、ワタちゃん!?な、何をっ」
「ご、ごめん……茄子が」
言い様、ワタヌキが後頭部を触れば茄子汁べっとりであった。下手人である大粒の茄子はやりきったとばかりに地面に転がっていた。
微妙に腫れているのでたんこぶが出来たかもしれない。などと冷静になる一方でワタヌキは内心相当に焦っていた。
まさかのコンタクトである。
これこそ映画である。
どうしよう、どうしようと内心思いながら、何故かもじもじとし始めたメイを見て、ワタヌキはどきり、とした。愛らしかったのである。可愛かったのである。
「茄子…の所為にするんだ……偶然だってことにするんだ……」
ぼそぼそ、と語るメイ。
「いや、だって……その」
「……私……嫌じゃなかったよ……でも、ワタちゃんは茄子の所為にするんだ……」
「わ、私だって!その偶然だったけど、そのメイの事はかわいいっていつもおもってたし、出来たら一緒にずっといられたらとおもったりもしたりするし―――」
1000個の茄子が降る間中、ワタヌキの口はぺらぺらと言い訳するようにメイの可愛さをアピール&自分の気持ちをぺらぺらと口にしていた。
慌てて何をいってるんだろう自分、と思いながらもワタヌキは、喋れば喋るほどに墓穴を掘っている気がして、相変わらずどうしよう、どうしようと困っていた。
でも、嬉しいと思う気持ちがあるのは確かだった。
メイとのコンタクトが嬉しくないわけがない。
何通ものラブレターを貰ってもワタヌキがそれに応えなかったのは、きっとそういう事なのだろう。
だったら。そう。だったら、王子様だなんて呼ばれている私の方から―――
「じゃあ……これも茄子が悪いんだよね」
そう思ってワタヌキが口を開こうと思った瞬間、その口が……いや、ブラウスを強引に引っ張られ、ボタンが外れ、その内にひそむ麗しい鎖骨が露わにされ……
急速に迫る彼女の顔。
急速に迫る彼女の唇。
あぁ、瑞々しい。
またその瑞々しい唇とコンタクトできるなら、主神茄子を信じても良いかもしれない。
でも……今この時だけは、茄子が悪い事にしよう。
ワタヌキはそう思った。
二人を祝福するように―――
そう。茄子が悪いのだ。
茄子が全て悪いのだ。
―――茄子が空から落ちて来た。
了