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獣の王

獅子王と獣の王

作者: ろーりんぐ

『深き森の銀色の獣』の続編ではありますが、これ一本でも大丈夫だと思います。

「西に神子が現れたそうだ」


 金に輝く鬣のような髪。人は彼を獅子王と呼ぶ。

 そんな彼が声を掛けた主は、バルコニーから手を伸ばし、鳥と戯れている銀の髪の乙女であった。

 しかしながら、乙女と呼ぶには少々荒々しさを持つ少女。その肩口には、えぐられたような生々しい傷跡が存在する。

 その傷跡を少しも隠そうとする素振りもなく、逆にわざと晒して、その存在を人に知らしめようとしているかのようだった。

 麻で出来た簡素な衣服を着て、その身を飾るのは、その自身の髪と同じ色の銀色の毛皮。

 傷のない肩から腰に巻きつけ、時折愛しそうにその毛並みに指を滑らせる。


「それで……?」


 戯れていた鳥に別れを告げ、振り返ったその瞳は金色。

 真っ直ぐに獅子王を見つめ、物怖じする事無くそれ以上の威厳でもって相対する。

 その姿に見惚れそうになり、獅子王は内心舌打ちをすると共に目の前の少女に苦々しく言った。


「それで、だと? 他の国にも神子が起ったのだ。

 獣の王よ。神子であるお前も他人事ではないのだぞ?」

「確か、東西南北の国にそれぞれ神子が現れ、その神子が戦い勝ち残った神子を囲う国が、次の神子が現れる時まで繁栄を約束される……だったか」

「そうだ。それをお前は、ただ“それで”で済ますのか?」


 憮然とした顔で獅子王は少女を見やる。

 銀の髪の少女は、まるで興味が無いと言うような顔で獅子王を見返した。




 獅子王は少女を獣の王と言った。

 そう、少女はこの世界に現れた神子にして、獣の王でもあった。

 少女はこの世界に来た時、深い森の中で目が覚めた。

 その時目の前に居たのが、その森の王にして獣の王である一匹の獣であった。

 暗き森の中でも尚、輝く銀の毛に覆われた美しい獣。

 少女はその獣の王に「ギン」と名を付けた。その美しくもしなやかで全てを喰らい尽くしそうな圧倒的な強さを前にし、少女はその獣に魅せられたのだ。

 ――この獣になら喰われてもいい――

 そう思うほど……。


 ギンもまた、少女を愛した。

 神子の少女を守る為、その身を少女に捧げるほどに……。


 少女は神子であった。

 そしてこの世界の人間ではなかった。

 この世界に神子が現れる時、世界はその神子に試練を与える為、月の魔力で獣を狂わせる。

 獣が空の月を赤く感じた時、その獣は狂うのだ。人が食いたいと……神子の血を求めるのだ。


 獣の王は代が変わる。

 弱くなれば次の王となる獣が王を殺し、次の王となるのだ。

 ギンは赤い月に狂いそうになる自身を少女に討たせた。

 そうして少女は獣の王となったのだ。

 人の身で獣の王となる事。それは何を意味するのか……。





「その西の神子だが、花のように可憐で可愛らしい少女だそうだ……」


 少女は獅子王に向かい言った。

 怪訝そうに眉を顰めた獅子王。

 少女はそんな彼を静かに見ながら、首を傾ける。


「鳥が教えてくれた。鳥もまた獣。我に従う獣だ」

「神子よ、獣の王は森の王だと言った。森でなくても獣は従うのか?」


 少女は獅子王に近づき、顔を近づける。

 獅子王はその金色の瞳を見つめると、何とも言えない胸の疼きを覚えた。


「本来なら森の王は、森から出てはいけないのだそうだ。しかし、我は人。人の身で森の王となった事で、何かが変わったらしい」

「変わった? 何がだ……」

「さぁ……それはこの世界の神にでも聞いてくれ。獣の王の我でも知らぬ事だ」

「それこそ、人の俺が分かる訳が無い」

「ならば聞くな、人の王よ……」


 そう言いながら少女は、獅子王の髪に指を滑らせた。

 その行為に何やら胸を高鳴らせながら、獅子王は少女を見下ろす。


「さっきから何をしている……」

「気にするな。ただ綺麗な物が好きなだけだ……」

「綺麗、だと……?」

「ああ、獅子王の髪は綺麗だな。少々癖が強いが私は好きだ……」

「………」


 獅子王はこの時、少女が「我」から「私」に変わった事に気付いた。

 これは、少女が獣の王としてではなく、自身の感情を表した時に出てくる事なのではと獅子王は思っていた。

 だとしたら、好きだと言った今の言葉は少女の本心。それが自分の髪の事だという事も忘れ、獅子王は少女の手を取った。


「神子よ、いつになったら獅子王ではなく俺の名を呼ぶ? それにお前の本当の名を……」

「何故名を呼ぶ必要がある? お前には獅子王という立派な呼び名があろう。それで十分ではないか。

 それに、我は獣の王。獣は名を持たない」


 獅子王は少女の肩に掛かる銀色の毛皮をチラリと見て、憮然とした顔をした。


「あの獣の事はギンと呼んでいたであろう……?」


 僅かに唇を尖らせながら、言外に少女に対して非難する。

 普段の彼を知る者からしたら大分子供っぽい仕草であったが、少女は気付いてないのか、はたまた気にしていないのか、少しばかり一瞥しただけですぐさま視線を外してしまった。

 そして毛皮をそっと撫でる。


「ギンは私に許してくれたんだ。特別だった……」

「なら、俺は特別にはならんか?」


 その言葉を聞いて、少女は獅子王をじっと見つめる。

 この時獅子王の目には、少女が今にも泣きそうに映った。思わず手を離してしまう。


「私は、貴方の特別にはなれない……」


 いつもは猛々しくある少女が、今は消え入りそうに儚げに見えた。


「……それがお前の本当の姿か……?」


 獅子王が呟くが、次の瞬間にはいつもの王の威厳を持つ少女に代わっていた。


「何を言っている? 我は我だ。本当も嘘も無い」

「………」


 獅子王は、この獣の王の少女の本当の姿を見たいと思った。

 今のこの姿は、獣の王としての人格を持った姿だ。本当の少女はそう、さっきのように小さく儚げなのかもしれない。

 そう思ったら、それを暴いてこの胸に抱いて守りたいと思った。

 しかし、それは少女を傷つけてしまうかもしれない。

 だから獅子王は、何も言いはしなかった。

 暫く少女はそんな獅子王の事を怪訝そうに見つめると、フッと外に目を移した。


「獣とはか斯くも美しいものだ。日々、生を全うし無駄が無い。

 そしていざ死に直面しても、人ほど無駄に足掻きはしない。潔く受け入れるのだ」


 遠くを見、目を細める姿は、今まさに生の美をかいま見ているかの如く恍惚としたものであった。

 しかし、その中に獅子王は何処か羨望のようなものがある事に気付いた。


「……獣の王よ、お前は……」

「我は獣の王にして森の王。だが、この身は人だ」


 獅子王の言葉を遮り少女は語る。


「我の内にある獣の記憶は、私に生の美を見せるが、本来ならばそこに美を感じず、当たり前とするだろう。

 だから私は人なのだ……」


 少女は自身を「私」と言った。

 これは先程のような無意識ではなく、意図して言ったようである。


 『だから私は人』


 まるで自分は人だから美しくないと言っているようだった。


「美しいギンに喰われれば私も美しくなれると思った。

 だが私は、ギンに喰われる所か浅ましくもギンを殺め、代わりに獣の王となった。

 人の身の分際で……。

 人とは生き汚いものだ。かつての森の王達も皆思っていた事だ。

 我は獣の王であるが、私は醜い……」


 淡々と語る少女。

 最後には自分は醜いと締めくくる彼女に、獅子王は胸が締め付けられる思いがした。

 先程の、「特別にはなれない」という言葉の意味が分かった気がした。


 きっと彼女は、人の中でも獣の中でも交わる事はなく、孤独であり続けるだろう。

 それでも少女は、凛と前を向いて大地を踏みしめるのだ。


 獅子王は、人と獣の中で一人、銀色の髪と毛皮を靡かせ、前を見据えている姿を幻視した。

 そして、その姿を美しいと思った。


 彼女の隣に立ちたい。


 獅子王は今、それを心より切望した。


「獣の王にして森の王よ……」


 獅子王は呼びかける。

 その声に真剣さを感じ、少女は振り返った。二人の視線が交差する。


 銀色の髪。

 日に焼けた肌。

 金色の瞳。

 そして肩にある傷さえも、獅子王には美しく写る。

 その言葉が出たのはごく自然な事だった。


「お前は美しいな」


 一瞬呆気にとられた少女は、しかし次には彼を睨み否定する。


「先程の言葉、聞き取れなかったか? 私は醜いと」

「そうだな、しっかりと聞いた。が、俺にはお前が美しく見える。

 人の身で獣の王となった、お前のそのあり方が……」

「……っ」


 少女は言葉を失った。

 そして獅子王のその眼差しに捕らわれる。


「俺は今、そんなお前の隣に立ち、同じ物を見たいと心から願う」

「しかし私は獣の王で……」

「ならば俺は、人の王にして獅子王と呼ばれる男だ。

 獅子は百獣の王とも呼ばれる。獣の王には相応しい筈だ!」


 反論する少女に獅子王はニヤリと笑い、胸を張って言い放った。

 その自信に満ち溢れた様子に、暫し呆然としていた少女であったが、次第に笑いが込み上げ肩を震わせ始めた。


「はははっ! 成る程百獣の王か!」


 弾けるように笑うその姿は、今までのような威厳など感じぬ年相応の無邪気さがあった。

 そんな笑顔を見せつけられた獅子王の心臓は、勝手に高鳴る。そして同時に歓喜に打ち震えた。

 自分がこの笑顔を引き出したのだと誇らしくなる。


「フン、笑っていられるのも今の内だぞ、獣の王よ。見ていろ、すぐに認めさせてやる。

 俺に隣に立ちたいと思わせたのだ。覚悟しているがいい」


 不適に笑う獅子王に、未だ笑い続ける少女は気づかない。

 獅子王の言葉は、少女の心を少なからず軽くした。

 この中途半端な自分のままでいいと思うことが出来たのだ。

 獣は笑わないのだと聞いた。だから獣の王となった限り、自分も笑ってはいけないのだと思っていた。

 でも人の身でいいと、そう許された気がした少女は、素直に笑う事が出来たのだ。


 いつか少女は、獅子王の言葉の真の意味に気付くだろう。

 その時少女はどんな答えを出すのか……。

 だがそれは、まだ先の未来のこと。今は語るべき時ではない。

 直にこの世界に神子が集う。

 少女はそこで思わぬ出会いをするかもしれない。

 悲しい別れをするかもしれない。

 掛け替えのない人と出会うかもしれない。

 しかし、きっとどんな事があったとしても、獅子王が幻視した通り、少女は前を向き立ち続ける事だろう。




 【獅子王と獣の王・終】


前回と比べて、恋愛色を強めてみた。

ある意味、獅子王の片思い編と呼べるのでは。


ちょっと不憫な獅子王さん。彼女は手強いから頑張ってと言ってあげたい。

獣の王の神子ちゃんには、獅子王さんの気持ちに気づいてあげて、と言いたい。



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